第51話 お帰り下さい、ナザール王よ
「婚約パーティの招待状はお持ちか?」
「ナザール国王エルファードだと言えば分かる!」
受付人は職務に誇りを持っていたので怒り出す事は無かったが、この横暴で人の話を聞かない男が他国とはいえ国王だとは信じられなかった。
「確認して参りますのでしばしお待ちを」
「無能が!」
パーティーに招待状なしで入ろうとする方が間違いなのだ。受付人は招待状を持った正式な招待客を的確に案内して行く。
「依頼通りだから通して良い? ふむ、問題はあるが王にはお考えがあるという事か」
「ああ、兵士や騎士は配置されているから、対処できるそうだ」
こくりと頷きあい、受付人達はエルファードを通した。
「まあ噂のカエル王だろ? なんだか顔もカエルっぽいなぁ」
「アイリーン様に失礼な事をしなきゃいいけど」
やれやれとため息をつき、彼らは職務を全うする。
「会場はこちらでございます」
「うむ」
エルファードを案内した侍従は元ナザールの者であったが、エルファードは気が付かなかった。
「呼ばれてもいないカエルが何の用だ」
「騎士様、何かあったらお願いしますね」
「王の事だ、命を懸けてもアイリーン様とレンブラント様は守って下さるだろうが」
「どうも何か依頼と作戦があるらしいよ?」
「まあ、カエルのやる事じゃ大したことないか……」
それでもメイド達はひそひそと小声で話したが、当のエルファードは何も気が付かない。そして今のエルファードの服装も浮いていた。皆、煌びやかに着飾り、めでたい席に相応しい恰好なのに、エルファードだけは楽な平服と大して変わらない。
美しく微笑んでいたアイリーンの事で頭がいっぱいになり、他の事を考えている余裕などなかったのだ。
ドアの前に控える侍従が扉を開けるのを待ちきれなかったのか自ら扉を押し開ける。マナーを知らない様子に当然侍従達はエルファードを見下す。
「アイリーン! お前ッ!」
バッ! そんな音が聞こえるくらい中にいた来賓たちは振り返る。
「え……?」
そんなに人がいるとは思わなかったのだろう。たくさんの視線にさらされて、エルファードは怯んだ。こんなに人々が詰めかけているとは考えていなかったらしい。
「……誰だ?」
「……あれは確か……」
「ナザールの」
「ああ……例の」
「そうそう、あの」
「ああ……ふふふ」
「くすくす……」
驚きはすぐに細波のような笑いに代わった。それがあまり好意的な物でないこともエルファードは気が付いたが、エルファードの頭の中はやはりアイリーンの事でいっぱいだった。
エルファードからは見えなかったが、シュマイゼルは微笑んだらしい。それを見た来客は右へ左へ避け、中央に通路が出来た。
エルファードからシュマイゼルとアイリーン、レンブラントまで一本の道が出来上がってしまった。
「アイリーン、何をしているんだ! こんな所で油を売ってないでさっさと帰ってこい!」
優雅とは程遠い粗野な足取りでエルファードはまっすぐ進んだ。
「……帰るとはどこへですか? ナザール王よ」
アイリーンの冷静だが、自信に満ちた声がエルファードに掛かる。声音さえ、ナザールにいた時より張りがあり美しいと思った。そう思った事すら腹立たしいとエルファードは更に憤慨する。
「我がナザールに決まっておるではないかっ!! お前のような醜い女など仕方がないから連れて帰ってやる」
いくら広いパーティ会場とはいえ、ズカズカと成人男性が早足で歩いて来たならばすぐに中央奥へ到着する。しかし、そんなエルファードとアイリーンの間に立ちはだかる男性がいた。
「お帰り下さい、ナザール王よ。貴方は招待もされていない。それなのに無礼にも入り込み、我が母であり、マルグ国国王シュマイゼル陛下の婚約者であるアイリーン・レイクリフ公爵令嬢を連れ去ろうとはどういう了見でありますか!」
ばっと両手を広げ、まだ小さなレンブラントは血のつながった父親の歩みを阻止した。
「殿下!」
「無茶をなさいますな!」
レンブラントの護衛騎士達が急いで駆けつける。それでもレンブラントは元父親を睨みつけ、一歩も譲ろうとしない。
「どけ、出来損ないの癖に邪魔をするな!」
「いいえ、どきません! それに母上と貴方はもうなんの関係もない、何故母上がナザールへ行かねばならないのですか! 母上の帰る場所はナザールではありません、もう私達はマルグが故郷であり、帰る場所なのです!」
「う、うるさいっ!! どうせお前らなどこの国で必要とされる訳がない! 路頭に迷って困っているだろうから手を差し伸べてやったのに、なんという言い草!」
「路頭に迷ってなどーーーー」
「レン、ありがとう。続きは私が引き継いで良いかな?」
エルファードになおも反論しようとしたレンブラントに後ろから優しくシュマイゼルは声をかけた。
「……勿論です。義父上」
その自信に満ちた笑みをみて、レンブラントはあっさりと引き下がる。この人に任せておけば安心なのを知っているからだ。そしてレンブラントはアイリーンの隣に立ってその手をきゅっと握った。二人は握り合って気が付く。どちらの手も少し震えている事に。絶対に大丈夫、絶対に守ってくれる人がいるけれど、長年あの横暴なエルファードの傍で暮らしてきた二人はやはりアレは心地よい物ではないのだからまだ心が苦しみから解放されないのだ。
しかし、大きくて優しい今では一番信頼できる声が響く。二人ともお互いの緊張が少し緩むのを感じる。
「まず、ナザール王よ。私の婚約発表の場に来てくれてありがとう。来てくれるのならば出した招待状に出席と書いて返事をくれれば良かったのに、ナザールからの返信は否であったぞ?」
「そのような招待状、私は見ておりませんからな!」
見ているはずがないのだ。
「はて? 2ヶ月も前に出したのだがおかしな話だ」




