第13話 たった一人、国を追い出しただけなのに(王妃が去った国
「この私がこんなに待たされるとは、不快な!」
国賓として招かれたはずの隣国の代表達ですら馬車で立ち往生している。
「去年まではこのような不手際、アイリーン妃ならばあり得ぬ事なのに!」
「王よ、小耳に挟んだ事なのですが……」
「なにぃ?! アイリーン妃が離婚?! して、彼女は? 急いで足取りを……」
「それがいち早くマルグ国王が」
「なぁにぃ~~! し、しかしシュマイゼル殿は熱心に彼女を口説いておったし……あの頑なさは我らも舌を巻くところであったしな……かの王ならば……致し方ないか」
北に位置する国の王はハァとため息を付き、情報をもたらした自国の騎士に声をかける。
「御者に行き先が変わったと伝えよ」
「建国祭は宜しいので?」
一応の確認なのか騎士は聞き返すが隣に座っていた王妃までも
「アイリーン様がおらぬこの国に何の価値が? 我らはこのままシュマイゼル様のマルグ国へ行き、アイリーン様にお祝いのご挨拶をしますわ。その方がこの国の建国祭に出席するより何十倍も我が国の為になります」
「妃の言う通りじゃ。魔道トンネルならばすぐであるしの。馬首を巡らせよ、こんな場所はうんざりじゃ。もう二度と来る事もあるまいよ」
「御意にて」
この馬車が目の前の王城から離れて行くのを皮切りに次々と馬車は走り去ってゆく。
「アイリーン殿がいらっしゃらない?」
「シュマイゼル殿が上手くやりおうた!」
「ここの阿呆よりシュマイゼル殿の方がマシという物だ」
「行き先を変えよ、有頂天のシュマイゼル王を冷やかしに行くとしよう!」
各国の大きな家紋と旗印が入った馬車達が次々と馬首を廻らせ、走り去るのを止める事は誰も出来なかったし、止める者もいなかった。
「お、王よ! ご指示を、ご指示をお願いします!!」
侍従が青息吐息でまだ寝室で眠っていたエルファードを叩き起こす。
「貴様、無礼だぞ!!」
「きゃっ?! なんなの貴方!」
ベッドで二人は仲良く寝ていたが侍従に言わせればとんでもない話だ。侍従達は昨日からやる事が山積みで一睡もしていないのに、何でこいつらはダラダラと眠りこけているんだ、と怒りが湧き上がる。
「何をしておられるのです! 城の中も外も大混乱だと言うのに!! 建国祭にこんな時間まで眠っている人がいますか!! 皆、不眠不休で働いているのに!!」
「何を馬鹿な。毎年何の混乱も起こらぬではないか。私は毎年ゆっくり眠り英気をやしなっているのだぞ」
何を馬鹿な事を言っているんだ? という顔で薄ら笑いを浮かべるエルファードに侍従は我慢の限界を迎えた。
ツカツカと窓まで寄って行くと、バッとカーテンを開け、窓も開く。
外からは騒ぎ声がけたたましく聞こえ続ける。むしろこの騒音の中で良くあれだけ眠れるものだ、耳がおかしいのか? と。
「さあ! 何とかしてください!」
「は……? 何とかとは、何だ?」
「この国の王は貴方です! 貴方が何とかせねば誰も何も出来ません!!」
侍従は当たり前の事を言う。しかしエルファードは意味が分からなかった。
「誰かが何とかすべきだろう?」
「誰か? 誰かとは誰ですか!!」
「え……」
エルファードはその「誰か」を咄嗟に答える。
「アイリーンに任せて……あ……」
毎年アイリーン妃にやらせていた。そう、エルファードの毎年の仕事はアイリーンに丸投げする事なのだ。それが仕事と言えるのかどうかは置いておいても、エルファードはそれしかしていない。
その丸投げする相手を今年は昨日切って捨て、マルグ国王にくれてやってしまったのを寝ぼけた頭でやっと思い出していた。
「え、えーと。そ、そうだ、ネリーニ。なんとかするんだ今日から君が正妃なのだから君がやるんだ。アイリーン如きが行っていた仕事だ。それくらい簡単で訳ない、といつも言っていたではないか?」
エルファードは自分の横で呆然とするネリーニをにこやかに見た。そうだ、口癖のようにネリーニは言っている。
「あんな女に出来る事ならば、私ならばもっと上手にこなせますわ!」
と。エルファードも心からそう思って同意している。とにかくこの難題を投げつける相手を見つけたのだ。
「え? あ、はぁ? 突然……何を。え? そ、そうですわね、私ならばあのアイリーンより何事も上手くこなせますわ、当然です。だって私は公爵家の娘ですもの。教育もあの女より高度で洗練された物を受けて……」
「分かっているからこの混乱を何とかするんだ!」
「はあ、分かりましたわ」
ネリーニは小さくため息をついて、ベッドの側に置いてあったベルを鳴らす。チリンチリンと涼やかな音が鳴り
「お呼びてございますか、王妃殿下」
彼女の腰巾着のような侍女やメイド達が頭を下げて部屋に集まる。
「では朝の支度を始めますので、殿方は出て行っていただけますか?」
「は? 朝の支度とは? この1分1秒でも忙しい時に……」
実際彼女達以外の城の使用人は目の下を睡眠不足で変色させながら今も走り回っている。
「女性の支度に時間がかかるのは当然の事。しかも今日の様な晴れ日ならば更にお時間はかかります。さあ、湯浴みの支度を」
「馬鹿な!!」
さしものエルファードも声を荒げた。
「今すぐこの混乱を鎮めよと言っておるのだ。風呂など入る暇がある訳がない!」
しかしネリーニ付きの侍女は恭しく頭を下げながら譲りはしなかった。
「しかし我らの姫様に粗末な格好をさせる訳には参りません。ネリーニ様は公爵家の娘。バタバタと朝から地味なドレスで走り回る醜い女とは訳が違う高貴な女性なのですから」
「う、うむ……そうか?」
侍女は自信満々に言うし、ネリーニも「当然です」と言った顔なので、エルファードは頷く。
「馬鹿じゃないですか?! どうするんですか、もうかなりの各国代表が怒ってお帰りになっていますよ! 建国祭所の話ではありません、我が国の危機なんです!」
「は? お、お前! 何とかしろ!」
「私ごときではなんとも出来る訳がございません!!」
「はあ、お風呂はまだかしら?」
たった一人、国を去らせたはずだったのに愚か者達はまだ事の重大さに気がついてはいなかった。




