第6話 囲う、という宣言
影喰いの残り香が、床の黒い染みとして残った。
レオンハルトは倒れた扉の木片を剣の柄で押しやり、外の闇を一瞥する。静かすぎる。森が息を止めている。
「……今夜はここで寝る」
彼はそう言って、セレナを抱えたまま椅子へ戻った。降ろさない。さっきから一度も足を地面につけさせてくれない。
「わたし、歩けるわ」
「歩かせない」
「過保護じゃない?」
「過保護で足りない。次はもっと速い」
淡々とした声に、逃げ道のない確信が混じる。守られているはずなのに、どこか“管理”されている感覚がして、セレナは毛布の端を握りしめた。
「……明日には出ていくつもりだったの」
その瞬間、小屋の空気がきゅっと締まった。暖炉は燃えているのに、温度が一段下がった気がする。
レオンハルトの指がセレナの顎に触れた。持ち上げるでも押さえつけるでもないのに、視線を逸らせなくなる。
「出ていく?」
「居座るわけにもいかないし……あなたに不幸が」
「違う。お前がいないと、俺が壊れる」
言葉が、重かった。冗談の入り込む隙がない。
セレナは息を詰める。自分は“捨てられる側”だと思っていたのに、この人は逆のことを言う。
「……鎖が緩んだ」
レオンハルトは自分の胸へ手を当て、低く続けた。
「欲しいと思うたびに呪いが暴れた。だから欲しがらないようにしてきた。
だが、お前は触れた。ほどいた。俺の境界を越えた」
境界。近づくなと引いてきた線。
セレナはうっかり、越えてしまったのだ。最後の気まぐれで。
「だから」
耳元に熱が落ちる。
「囲う」
「……かこ、う?」
「危険から守る。逃げ道を減らす。俺の理性が追いつくまで、お前を視界から消さない」
守護の言葉なのに、響きは独占に寄っている。
セレナは乾いた笑いを漏らした。
「それ、監禁みたい」
「監禁ではない」
「違いは?」
レオンハルトは一拍置き、真顔で言った。
「……鍵をつけるだけだ」
「鍵つけるの!?」
「冗談だ。俺は冗談が下手だ」
そのぎこちなさに、少しだけ肩の力が抜ける。最強でも、呪われても、この人は人間だ。
レオンハルトはセレナの指先を確かめるように撫でた。血は止まっているのに、触れ方だけがやたら慎重だ。
「セレナ。お前は死にたいと言ったな」
胸がひゅっと鳴る。
「……言った」
「今はどうだ」
「分からない」
正直に答えると、レオンハルトは怒らなかった。ただ静かに頷く。
「分からないなら、それでいい。決めるな。……俺が決める」
「勝手!」
「勝手だ」
認めるのか、と呆れるのに、その“勝手さ”が不思議と怖くない。
レオンハルトは小さく息を吐いて言った。
「お前が生きる理由を見つけるまで、俺は壊さない」
そしてセレナを抱え直し、寝台へ運ぶ。寝台はひとつしかない。
当たり前のようにセレナを壁側へ寝かせ、自分は外側へ横になった。腕が回り、逃げ道を塞ぐように抱き寄せられる。
「……本当に鍵、いらないの?」
小声で言うと、耳元で囁きが落ちた。
「要らない。俺が鍵だからな」
冗談のはずなのに、冗談に聞こえない。
セレナは目を閉じる。暖炉の火が静かに揺れ、森の闇が遠くで鳴いた。
その腕の中で、セレナは初めて思ってしまった。
――明日も、生きてしまうかもしれない。
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