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自分いじめって、やっぱ得るもんないっすね。
超激辛ラーメン食べてみた!みたいな、確実に面白くなるチャレンジならまだいいとして、これは「面白くなる方法をなくす」っていう根本からおかしい縛りですからね。
というわけで、打ち切りです。
あれですね。この縛りは足枷にしかなりませんね。
小学生の頃とはわけが違うんです。当時は、いくら拙い作品だって「これが俺様の作品でい!」と胸を張ることができた。当時はその作り方しか知らなかったわけで、やればやるほど誇らしげになる年頃だったから、それで満足できた。
だけど、今、僕がやっていることは、それとは違う。
縛りプレイを自称するということは、明確に、欠陥品として打ち出してるんです。何も考えず連載をする作家などいない。わざと自らの作品を改悪して、その上、愛着までほとんど持てない作りにしている。主人公のことも、ヒロインのこともよく分からずに、ストーリーも何一つ予想できず、小手先だけのお色気シーンで繋いでいる作品。
小学生の僕だって、わざと技力を封じて小説を書いたら苦しくなるでしょう。彼が、今の僕から見ればボロボロな小説を、しかしそれでも気持ちよく書けていたのは、自分の持てる技量をフル活用して全力で取り組んでいたからなんです。制限をして下手になっていたわけじゃない。
今の僕だって、技量をフル活用して、拙い作品を最大限まで面白くしようと頑張るべきなんです。それが、なんですか。「長考は1分まで。ストップウォッチで測定」「1話4000文字前後を1時間以内に書ききる」「二文以上先の展開は考えてはならない」「二文以上前の展開を修正してはならない」これ、侮辱ですよ。ねえ。侮辱ですよねえ? よく考えたら、なんで自分で自分の首を絞めてるんですか? 創作じゃなくて、創作者を無力化する訓練だろ。意味わかんないですよ! ねえ! 助けてよ! どうしてこんなことしなくちゃいけないんだよ! 怖いんだよ! もういいよ!
この縛りは挑戦などではなく、不自由な人間を嘲笑うかのような底意地の悪い行為。考えたやつはどうかしている。「創作はパンツを脱ぐことである」なんて言うけれど、我々が目指した縛りプレイとは、こんな屈辱だったのか。もっと嬉しく、気持ちよく、楽しい、心からの露出行為をするべきじゃないのか。このような見世物小屋は、即刻中止すべきである。そのことに、たった4話、丸1日という短期間で気づけたことだけが、唯一の幸いである。もうこのような無謀を行うことはないだろう。
それが、よくわかりました!!!!!
これからは、自分自身が「面白い」と思ったものをやります。それが最優先。
とてもいい収穫ですね。




