第4話「神権政秋葵(シオクラシオクラ)荘の日常」
〈前書き〉
連載も早第4回となってまいりました。
書きたいときに書く方式なので、ハマってる今はいいものの、いつ書かなくなることか。
今回は、とりあえず日常回にしたいですね。ここで心を掴みなおします。読者ではなく、作者の心です。作者もノれてる時とノれてない時がありますので。
〈本文〉
神権政秋葵荘。俺の住む集合住宅。
全八部屋、築五十年を超える老舗アパート。
元々は、「世界一仕送りがしやすいアパート」という名目で、苦学生向けの下宿先として貸し出され、仕送り仕送り荘の名で建てられたらしいが、いつの間にやら神権政秋葵荘へと名が変わってしまった。詳しい経緯は、当時の状況を知るものが全員死没したため闇の中――だとか。
まあ確かに、今、現代じゃ仕送り仕送り荘の名は相応しくない。学生の身で住んでいるのは、106の俺と、その隣、105の裁刃奈さんだけだ。
「かと言って、神権政秋葵荘もどうかと思うけどなあ」
などと言いながら、俺は台車を押し、家の前までたどり着いた。
台車の上には、人間一人が充分隠れられるくらいの段ボール箱、二つ。何やらねちょねちょとした液が漏れ出している。
「コラ! ちょっと! ホーリベ~!」
「げっ、尾尾屋さん!」
見ると、二階から、大家の尾尾屋春蓮見さんがカンカンな顔で俺を睨みつけている。
そうだ。令和の時代に、俺はこのノリをやるのだ。
尾尾屋さんが、怒り心頭で階段を駆け下りてくる。
大家さんだから尾尾屋という苗字、ってわけじゃない。尾尾屋という苗字だから、小さい頃から大家さんになることを志していたらしいのだ。決してご都合主義の名前ではない。実際、彼女の経歴をひとたびググれば、それが本当なのだと知ることになる。
高卒でベンチャー企業を立ち上げ、一発当てて大儲け。
その後、すぐさま事業撤退し、以降、この神権政秋葵荘を含む十五のアパートを買い取って、若干二十二歳で大大大大家さんとなっている。
「なんつー設定だよ、それ」
段ボールの中から、そんな声が聞こえた。
「RMH-4、おめえは黙ってろ! 尾尾屋さんに聞こえちゃうだろうが!」
「何? 一人で何喋ってるのよ、ホーリベ。何よ、その荷物」
あからさまに訝しんでいる。
「ああいや、ちょっとね……あの……アウトドアの道具を」
なぜ咄嗟に出てきた言い訳がアウトドアなのか分からないが……段ボールの中から、美飾の「ううっ……」という笑いを堪える声が聞こえた。
俺は靴の先で段ボールを蹴った。「いっ!」というRMH-4の声が聞こえた。
「ふ~ん。アウトドア? ま、いいけど。それよりホーリべ、あんたに手紙が来てるのよ、ほら」
「え? 手紙?」
いつもみたいに、家賃二ヶ月分滞納していることを責められるのかと思ったら――手紙だって?
え~、なんだろ、手紙って。誰からだろ、マジで。ええ? 何? 手紙? なんだろ手紙って。本当に分からない。心あたりナッシング。分からん。分からん分からん分からん。マジでなんなんだ。まったく思いつかねえ。いや本当に。いきなり手紙とか出てきても。ほんっとうに何も思いつかねえ。
まあいいや。尾尾屋さんに訊こう。
「手紙なんて、今どき珍しいですね……送り先はどこから?」
「え~と……何かしらね。全然分からないわ」
駄目じゃねえか!
思いつかねえ!
「まあ、家帰ったらじっくり読みますよ。ありがとう、尾尾屋さん。それじゃ、僕はこれで」
「待て」
そそくさと去っていこうとする俺の肩を、尾尾屋さんが掴んだ。
その、どちらかと言えば小柄な身体からは想像もつかない怪力で、肩がぶっ壊される。
「ホーリベ、おまえ、家賃は?」
「あ……それは……」
払えるわけ、ねーっつーの。
開き直るのはよくないけど、暴力で脅していいものか!?
三、二、一で――逃げる。
「げ、月末! 月末に払いますからぁ!」
「コラ、逃げるなホーリベ~!」
一目散に、部屋の扉を開け、玄関に台車を突っ込む。激おこな尾尾屋さんに手を振って、扉を閉めた。
「ふう……」
相変わらず、暴力キャラなんだから、尾尾屋さんは。
俺は部屋の電気をつけ、実は背負っていたらしいリュックを壁にかけ、上着を脱ぐ。
さて、どうしたものか。
「なあ、RMH-4、なんちゃら吸着液っつーのは、どうやったら取れるんだ? 世界最高粘度なんだろ。取る方法あんのかよ」
「ある。おまえに頼んで、トラックから取り出してもらったスプレーがあるだろ。これが対抗薬品だ。アーヴィング吸着液を構成する分子の架橋結合構造をブチ壊して、解放できる」
ああ、そういえば持ってきてたな。このなんちゃらスプレー。
このスプレーと、段ボール二つ、それから台車。トラックに都合のいい道具が全部揃ってたのは幸いだった。だけど、トラック自体は、今もあの場所に放置したままだ。バラバラになったロボットの欠片と一緒に。
「今頃、大ニュースかね、あのトラックは」
ぬとぬとの段ボールを廊下に降ろしながら呟いた。
できる限り部屋に上げたくないけど、仕方がない。
箱を開き、中で、体育座りのような形で丸まっている美飾を解放してやる――つもりだった。
「ごっ主人様~~~!」
「う、うわああああああああ!」
美飾が、いきなり、足裏のスラスターを駆使して跳び上がってきた!
身動き一つ取れないはずなのに! 地面についていた足裏だけは無事だったのか!
全裸でぬっちょぬちょのメイドさんが、ロケットのような威力で俺に抱きついてくる! べたべたな体で押し倒され、廊下に張り付いた!
「ご主人様~! もうぬっちょぬちょでぐちょぐちょですよ~! はやく美飾を助けてください~! 身動き取れないんですう~!」
「だあああっ! やめろ美飾! 俺まで動けなくなったらどうするんだよ! ここで三人共倒れか!? そこをどいてくれ! 解放するからあ!」
「はっ! あ、す、すみません!」
美飾が、俺の上から離れようとする――も、
「う、動けませ~ん!」
「馬ッ鹿野郎ーーーーーッ!」
そんなところに。
ガチャ、と、玄関の扉が開く――まずい、鍵を閉めていなかったのか!
「は、肇利くん?」
現れたのは、隣に住む同学年の女子大生、ふわ裂裁刃奈だった。
廊下で、俺と全裸の女子が、ぬっちょぬちょに絡み合っている――言い逃れできる状況ではなかった。
「あ……ご、ごめん、ごめん、肇利くん」
裁刃奈の顔が急激に赤くなる。どんどん眼鏡が曇っていく。
「わ、私、肇利くんの悲鳴が聞こえたからね、もしかしたら、何か悪い人に襲われてるのかと思って心配で、その、勝手に、家の扉開けちゃって、見ちゃったけど、こういうことだったんだね。ごめんね、勝手に見たりして。その、えっと、扉、開いてたから、開けちゃったけど、その……彼女さんと、え、え、エッチなこと、してる、最中だったんだ。わ、私、そういうの見るの初めてで、ちょっと、びっくりしちゃったかもしれないけど、でも、いいよ。踏み込んだ、私が悪いんだし、肇利くんも、もう、大人だからね。そういうことがあっても当然だし、わ、私も、友達として、嫌いになったりしないからね。でも、肇利くん、廊下で、ロ、ロッ、ロ、ローション、プレイは、なかなか、チャレンジングだと思うなだって、肇利くん、服着てるし、しかも、マットがないってことは、床、べちょべちょになっちゃうよ。ローションプレイは、マットがなかったら、やっちゃダメ。待ってて。私、ちょっと、怖いけど、ローションマット、買ってくるから。緊張しちゃうけど、肇利くん、困ってるからね。あんまり、そーゆーお店、行ったことないけど、私、頑張るよ。くれぐれも、はめはずしちゃ、駄目だからね。絶対、絶対だよ。待っててね」
そう言って、裁刃奈は扉を閉め、去っていった。
「……ご主人様、今の、何なんです?」
「ああ~。その~……まあ、見なかったことに」
お互い、素に戻ってしまった。
幸いなことに、まだ右手は動くらしい。スプレーは落とさず握りしめている。俺は、俺たちの身体に向け、スプレーを噴射した。ちょっと吹きかけただけで、片腹、片脚、片腕、片胸、まとわりついていたぬるぬるが、徐々にただの液体と化していく。
すぐさま、俺たちは解放された。
「わーい! やったあ! 動ける! 動けますよご主人様!」
「全裸ではしゃぐな! 目のやり場に困るだろ! 服を着ろ服を!」
「でも、どうしましょう。メイド服は弾け飛んでしまいました!」
「じゃあ俺の服貸すから。クローゼットから好きな服選んで着ろよな」
「はいっ」
美飾は、ウインクしたまま小さく敬礼をし、すたこらと部屋へ入っていった。
〈Ep.4 Shiokurashiokura, Kura Kura Cry... is the END〉
〈後書き〉
00年代というより90年代のノリになってきました。
これ、自分でも先の展開がまったく分からないので、書いているというより読書している感覚です。不思議ですね。自分の作品という感覚が0です。「ありそうな小説を書いている」だけかも。
なんか、今回書いてみて思ったんですけど、絶対に書籍化しない長期連載作品って、ストーリーがあまりまとまってなくてもいいのかもしれませんね。突然路線変更したり、何本もの軸があったり。今までは、「一巻分くらいで最初の話を奇麗にまとめて、二巻目から新章突入して~」みたいな、長編脳で動いてましたけど。固定観念だったのかも。
あと、毎回ラストにBGMとしてノーナ・リーヴスの曲を引用していたのですが、やめました。こんな展開になるとは思っていなかったからです。もっと、ハードでシリアスなSFノベルかと思ったのに!




