第1話「ハートマティックなカノジョ」
「死、死体……!?」
ミステリの冒頭には死体を転がせ――とは、確かにミステリ小説界の常套句じゃあるが、まさかこんなところでお目にかかるとは思わなかった。
死体。
死体だ。
死んだ体と書いて、文字通りの、死体が転がっている。
「うっ……」
気分が悪い。モノホンは初めて見た。つーか触っちまった。どうしよ。目撃者が死体をベタベタ触ったりなんかしたら、警察の捜査の邪魔になるんじゃねえか。それどころか、この俺が犯人だって疑われるかもしれない。
辺りは、壁。壁。壁。
入り組んだ、迷路のような路地裏、その行き止まり。
ガラスのように美しく、ビニールのように儚い見た目の女性が、そこに転がっていた。道路の中央に投げ捨てられたポリ袋みたいに、無為に、転がっていた。
「だ、誰か倒れてる!?」
その光景が、鮮明に焼き付く。
「あの、大丈夫、ですか――?」
俺はそういって手を伸ばした。
どこにも外傷はないし、顔色も悪くない。ただ眠っているか、気絶しているだけだろう。そう判断したのだ――けど、彼女は、呼吸をしていなかった。
鼻からも、口からも、息をしていない。
首筋に手を当てても、ほんのりと暖かさを感じるだけで、脈や鼓動は感じない。
こんなに奇麗なのに――死んでいる。
「……あれ?」
ふと、どこからともなくそんな声が聞こえた。
ソプラノの、少しお惚けたような音色が、路地裏中に響く。
次の瞬間、ひょっこりと、死体が起き上がった。
「わ、わたし、ここで、何を……」
「あっえっ……ああ?」
困惑する俺を尻目に、彼女は、服に着いた土埃をパンパンと払う。
メイド服――最近じゃ、もはやアニメや漫画でもほとんど見ないような古のサブカル文化となったそれを、彼女は襟を直し、ボタンを付けなおし、丁寧に整えていく。そして、その末に、チラリと、俺の顔を覗いた。
その、青色と赤色、チグハグなオッドアイで、俺の顔を覗いた。
「ぎ」
「はっ?」
表情が、一転した。
「ぎィやああああああああーーーーーーーーーーーーーーーッ!」
可愛くない悲鳴を上げて、突然立ち上がった。
そして、人体の挙動とは思えないくらいの予備動作のない動きで、走り出す。
俺に背を向け、ドタドタと、逃げるようにして走っていく!
「やめて! 来ないでください! 人殺し!」
「人殺し!? 俺が!?」
「警察呼んでーーーッ!」
「こ、こいつ!」
何が何だか分からないが、このままじゃ俺の身分が危ういってことだけはよく分かった。
来ないでと言われようが、追いかける! とっ捕まえて状況を説明してもらう他ない! 沽券に関わるどころか、完全に冤罪ものだ、こりゃ!
「ま、待て! 多分誤解だ! 人違いだってば!」
「来ないでってば!」
こいつ、かなり速い!
俺も小中高と体力測定には自信がある方だけど、まさか、この俺が全力出しても距離が縮まらないだなんて! なんなんだよ、この動く死体は!
「人殺し!」
「ちげえよ! 人なんか殺してねえよ!」
「アクロイド殺し!」
「実は犯人でした、じゃねえよ!」
「ち、ちがっ、噛んだ……」
「逃げてる最中に噛んでんじゃねえよ!」
よく分かんないツッコミをしてしまった。
彼女は曲がり角を折れ、一瞬、俺の前から姿を消す。コーナーで差をつけてやる!――俺は素早く曲がり、そこで、再び彼女の姿を見――ることは、なかった。
「……え?」
いない。ガラクタみたいに無機質な路地裏が続くだけで、そこに人間の姿はなかった。
ふたたび曲がって姿を消した? いや、見たところ、この先数メートルに曲がり角はない。遮蔽物もないから、隠れることはできないはずだ。じゃあ、一体どこにどうやって逃げたって言うんだ?
「動くな」
後ろだ。
後ろから、俺の後頭部に何かを突き付けられている。
「動くな――アンドロイド殺し」
アンドロイド殺し?
アクロイドじゃなくて――人造人間、だって?
俺は両手を上げた。抵抗するつもりはない。後頭部に何を突き付けられているか、という想像をしないようにすれば、この状況は、まさに俺にとって理想的な状況だ。だって、こいつと一対一で話ができるんだからな。
「……あの、さあ」
「喋らないで。喋ると撃ちます」
……ぜんっっっぜん上手くいかねえなあ、もう。
銃じゃん。想像も何も、もう銃じゃねえか、これ。喋る権利もねえし。理想的な状況とか言ったやつでてきやがれ。
「あなたの名前は?」
「祝部肇利、十九歳、三月十日生まれの魚座、好きな食べ物はガパオライス」
「は?」
ぐい、と、冷たい金属を突きつけられる。
マズイ。焦って要らない情報まで喋っちまったか。
「……違います」
彼女は言った。
「名前が、違います。誰が本名を言えと言いましたか。名前を言ってください」
誰が本名を言えと言いましたか。名前を言ってください――その言葉を咀嚼するのに、小学生が入学して卒業するくらいの時間が経った、かに思えた。
「さあ早く! 名前を! 製造名を言ってください!」
「シリアル? コ、ココくんのチョコワ」
「うッ……」
後頭部から、鉄の感触が消える。
気が動転していた俺は、思わず、振り返ってしまう。
「動かないでと言っています!」
再び、今度は真正面から、銃を突きつけられる。
しかし、それは俺の思っていた銃ではなかった。後頭部の感触から想像していたより遥かに小さい銃だった。彼女の、こちらへ真っすぐ伸ばした左腕、その先に生える五本の指があり得ない方向に折れ曲がり、銃口のようなものが光っている。
「フィンガー・バルカン!? おまえ、グフなの!?」
「ううッ……」
彼女はよろけ、壁に手をつき、数秒間、無言で肩を震わせていた。そして、笑いを堪えるようにして、再び俺に銃口を向けてきた。
「切迫した状況だというのに、いちいちふざけたこと言わないでください」
「ふ、ふざけてないって……俺にとっちゃ、マジで、この状況分かんないんだよ!」
「え?」
「なんなんだよ、おまえ! 死体と思えば生き返って、人間ワザじゃねえ動きで走り出すし、急に俺を人殺し扱いしたかと思えば突然消えて、銃口突き付けてくるし、おまけにそれはフィンガーバルカンときたもんだ。名前の下りもよくわかんねえよ――おまえ、人間じゃ、ないのか?」
「…………そう、ですけど」
彼女は、新鮮に驚くような表情を見せる。
呆気にとられた、みたいな感じで。俺の顔を、ぽかんと見つめている。
「あなた……人間、なんですか?」
人間? 俺が、人間?
ああ、そりゃそうだ。俺は産まれてこの方ずーっと人間として暮らしてきた。一秒でもそうじゃなかったこともない。俺の家族だって、友達だって、周りにいるやつらは全員人間で、人間であることが当たり前だったはずだ。
でも、こいつは……まさか、人造人間だとでも言うのか?
「大変なご無礼を働き、申し訳ございません、祝部肇利さま。まさか、人間さまだとは思わず」
彼女は、再びパンパンと土埃を払いのけ、メイド服を正し、僕の顔を見つめてくる。そのオッドアイからは、もうさっきのような攻撃性は感じられなかった。
殺意も、敵意も、感じられない柔らかな顔で――彼女は、にこりと笑った。
そして――
「祝部ご主人様っ!」
と、僕に抱きついてきた。
人間と同じ重さ。人間と同じ暖かさ。人間とはちがうルールで、彼女は、俺の懐に飛び込んできた。
まるで触られたかのように、独りでに動き出したかのように、心が疼きだす。なんなんだろう、この気持ちは。無機質で、不気味で、乱暴で、恐怖そのものとしか思えない彼女が――僕はどこか、懐かしく思えた。
これが、俺、天然人間・祝部肇利と、人造人間・美飾みかさ(製造番号RMH13C)の最初の出会いである。
〈Ep.1 She's a "Heartmatic" is END〉
〈BGM: Lucky Guy / NONA REEVES〉
〈後書き〉
書き溜めはゼロです
「先のことは決めちゃいけない縛り」ですからね
書いて即放出なので、変な時間に投稿するかと思います
あるいは、すぐに投稿しなくなるかもしれません
また、遂行・校正も(よっぽどのことがない限り)しないことにしたので、大目に見てください
はてさて、なんとなく00年代っぽい雰囲気がするこの小説、まさかこんなストーリーだとは思いませんでしたが、一体どうなっちゃうんでしょうね?




