第3.3話 久世ラボの日常点検
翌朝の久世ラボは、軽く“焼け跡の香り”が漂っていた。
昨日の爆発は、どうやら壁と床にちゃんと記録を残している。
そんな惨状の中、白衣姿の久世くららはコーヒーを片手に、淡々とチェックを始めていた。
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久世くらら「さて、今日の予定は……機材チェックと配線の復旧。それから――焦げた床の掃除。」
一ノ瀬遥「最後のだけ完全に私のせいですよね……」
久世くらら「うん。」
一ノ瀬遥「即答……!」
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くららは倒れたラックを起こし、溶けた端子をひょいと摘まむ。
久世くらら「スーツのデータも確認しないとね。昨日の暴走で演算が少しズレたかも。」
一ノ瀬遥「昨日のって……あの“軽め”のやつですか?」
久世くらら「軽めのつもりだったんだけどなぁ。ラボの壁がそうは言ってないね。」
一ノ瀬遥「壁は正直です……」
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くららが端末を操作すると、スーツのログがホログラムで表示される。
久世くらら「うーん……筋力出力がまた上がってる。補正値を書き換えないと。」
一ノ瀬遥「昨日も書き換えてませんでした?」
久世くらら「したよ。三回。」
一ノ瀬遥「三回やってコレなんですか!?」
久世くらら「まあ、あなたが“規格外”ってことだね。」
一ノ瀬遥「そんな、軽く言わないでくださいよ……!」
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と、その時。
研究区画の奥で「ピッ」と電子音が鳴る。
しかし、それはほんの0.2秒で消えた。
一ノ瀬遥「今、なんか光りませんでした?」
久世くらら「んー? あぁ、センサーの誤作動だよ。昨日の爆風で湿度が狂ったんだと思う。」
一ノ瀬遥「湿度で狂うんですか、この研究所……」
久世くらら「うん。よくある。」
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遥は床の焦げ跡を見つめながら、小さく息を吐いた。
一ノ瀬遥「……本当に、こんな私で大丈夫なんでしょうか。
いつか取り返しのつかない事故を起こしそうで……」
くららは、ふっと柔らかい目を向ける。
久世くらら「心配性だねぇ。でも、それは悪いことじゃないよ。」
一ノ瀬遥「……え?」
久世くらら「力よりもね、自分を怖がれることの方がずっと大事。
そういう人は、ちゃんと“止まれる”から。」
遥はしばらく黙っていたが――やがて少しだけ、表情が和らいだ。
一ノ瀬遥「……はい。」
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くららは立ち上がり、コーヒーをすすりながら宣言した。
久世くらら「よし。今日はラボの点検とスーツの調整をやったら、外出テストしよう。」
一ノ瀬遥「そ、外出……ですか?」
久世くらら「うん。ラボの中だけじゃわからないこと、いっぱいあるからね。
私も昔、いっぱい怪我した。」
一ノ瀬遥「……くららちゃんが?」
久世くらら「うん。飛んだり落ちたり燃えたり刺さったり。」
一ノ瀬遥「聞かなきゃよかった……!」
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こうして久世ラボの“日常点検”は、今日も騒がしく幕を開ける。
――外へ出れば、また世界が少しだけ変わる。
次回予告
第1章 第3.4話「外出テストと“人間らしさ”」へ続く。




