第3.2話 暴走と、コーヒーブレイク
久世ラボの朝は、やけに騒がしい。
実験装置が唸り、コーヒーの香りが漂い、そして――何かが爆発する。
⸻
久世くらら「さて、今日は出力試験だ。軽めにね。」
一ノ瀬遥「昨日も“軽め”で机が吹き飛びましたけど?」
久世くらら「学習済み。今日は“もっと軽め”にするから。」
一ノ瀬遥「その言葉、信じていいのかなぁ……」
⸻
制御スーツの光が走る。
遥が拳を構え、床に軽く力を込める――バシュン!
空気が震え、金属ラックがガタガタと揺れた。
久世くらら「ストップストップ! いきなり全力出さないの!」
一ノ瀬遥「い、いや、出してないですって!」
久世くらら「……ふむ。筋力出力比が設定の十五倍。誤差の範囲外だね。」
一ノ瀬遥「それ誤差って言いません!」
⸻
計測モニターが赤く点滅し、くららの端末が高速で数値を吐き出す。
遥は不安そうにくららを見る。
一ノ瀬遥「……私、壊れてるんですか?」
久世くらら「壊れてないよ。ちょっと“調子が良すぎる”だけ。」
一ノ瀬遥「そんなポジティブな言い換えあります?」
久世くらら「ある。研究者は前向きじゃないと死ぬから。」
⸻
次の瞬間、警告灯が点滅。
装置の一部が“ボンッ”と煙を上げ、ラボ中に焦げた匂いが広がる。
久世くらら「あー……またやったね。」
一ノ瀬遥「私のせいですか!?」
久世くらら「うん。でも大丈夫。これくらい日常茶飯事。」
一ノ瀬遥「それが一番怖いんですけど!!」
⸻
くららは煙の中でマグカップを掲げた。
久世くらら「よし、コーヒーブレイク!」
一ノ瀬遥「え、今!?」
久世くらら「“焦げ臭い朝”にはコーヒーがよく合う。」
⸻
二人は爆発跡のそばで座り込み、湯気の立つマグを手にした。
遥は静かに呟く。
一ノ瀬遥「……私、やっぱり怖いです。
体のことも、力のことも、全部。」
くららは少し間を置いてから、穏やかに笑った。
久世くらら「怖いって感じられるなら、まだ人間だよ。」
一ノ瀬遥「……人間。」
久世くらら「そう。科学で作れないもの、それが“心”。」
⸻
沈黙の中、計測器が「ピッ」と一瞬だけ音を立てた。
くららはそちらを見て、首をかしげる。
久世くらら「……ん? またセンサー誤作動か。昨日も光ってたな。」
一ノ瀬遥「壊れてるんですか?」
久世くらら「このラボはね、よく“息してる”の。
まあ、そのうち直すよ。」
⸻
くららはコーヒーをすすり、微笑んだ。
その姿を見て、遥はようやく笑顔を返す。
――久世ラボの朝は、やっぱり今日も爆発とカフェインでできている。
次回予告
翌朝。修理される機材、点検される研究区画。
そして、ラボの片隅で動き出す“声”――。
第1章 第3.3話「久世ラボの日常点検」へ続く。




