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久世ラボ ─ 創造と責任の科学 ―AIに心を与えた女科学者―  作者: KuzeLab
第1章 コーヒーと爆発の朝

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4/9

眠気と奇跡の方程式(約110年前)

これは久世くららがまだ「異端の研究者」と呼ばれる前――

一人の少女の命を救う“奇跡の方程式”が誕生する、少し前の物語。


後に“眠気覚まし試作No.4”と呼ばれる禁忌の薬が生まれた夜。

それは、人間を越えた科学の最初の一歩だった。

夜は、またしても明けなかった。


 まだ「久世ラボ」と呼ばれる前の、小さな実験室。

 照明は二本の蛍光灯と、青白く光るモニターだけ。

 白衣を着た――久世くららは、机の上でうつ伏せ。

 いや、寝落ちしかけていた。


「……ねむ……だめ、まだ……計算が……」


 目の下のクマは常設装備。

 コーヒーは冷め、カップの底には沈殿物。

 モニターには《眠気覚まし試作No.3》の結果。

 副作用:胃痛、幻聴、嘔吐。成功率:0%。


「……コーヒー、もう効かない。カフェインも限界……」


 くららは机の上の薬品瓶を見回した。

 体内代謝を活性化する栄養液、神経刺激剤、ナノ調整用溶媒。

 指先が震え、理性が霞む。


「なら……混ぜちゃえばいいか……!」


 徹夜続きで理性はすでに溶けていた。

 ビーカーに薬品を注ぎ、色の変化に目を輝かせる。

 理論も倫理も無視。

 天才と狂気の境界は、いつだって紙一重。


 液体は紫から琥珀、やがて金色へ。

 ビーカーの中で泡が弾け、細やかな光が舞う。


「いいね……きれい……」


 くららはそれをカップに移した。

 《眠気覚まし試作No.4》。

 匂いは甘く、しかしどこか焦げ臭い。


「眠気なんて吹っ飛ばしてやる……私が、人類の夜を明かすんだ……!」


 一息に飲み干す。

 全身に電流が走り、心臓が暴れる。

 視界が白く弾け、次の瞬間――痛みも疲労も、すべてが消えた。


「……あれ? 頭、すっきりした?」


 眠気は、残っていた。

 だが、体は限界を感じない。呼吸も脈も安定。

 むしろ、生命そのものが“再構築”されたかのようだった。


「……眠気は取れないのか。失敗、だね。」


 そう笑った。

 だがこの瞬間こそが、人類初の“不死の誕生”だった。

 彼女はそれに気づくはずもなく、また静かにノートを開く。



 十年後。

 くららは鏡の前で手を止めた。


「……老化が止まってる?」


 記録上は三十八歳。

 だが、鏡に映るのは二十代のままの自分。


 細胞再生率、免疫応答、代謝速度――どれも異常な値。

 そして導き出された結論は、ひとつ。


「私、死なないのか……」



 それからの時が、永遠の孤独を運んできた。

 友人も家族も、誰一人残らない。

 気づけば、彼女の研究だけが存在理由になっていた。


 だが――それでも、くららは不思議と笑っていた。


「不死なんて、呪いじゃない。

 神様が私に“観測者”の役をくれただけ。」



 そして百十年後。

 彼女は今も、同じ白衣で、同じクマを抱え、

 同じようにコーヒーを片手に研究を続けている。


 その日、偶然が“奇跡”へと変わる瞬間を、

 まだ誰も知らなかった。


→ 第1章 第2話「資材調達と、ひとつの偶然」へ続く。

この夜の失敗が、110年後に“奇跡”として再現される。

「眠気覚ましNo.4」――それは生命を救うと同時に、彼女を永遠の時に縛りつける薬だった。


科学は奇跡を起こす。

だが、奇跡を起こした者は、もう二度と普通の人間には戻れない。

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