第4.6話「封印された試作機と、揚げ音の謎」
封印された試作装置が、ラボの隅で沈黙している。
ボディの側面には、くららの手書きでこう書かれていた。
《春巻き保存装置・試作一号(危険) 二度と触るな》
書いた本人が守る気ゼロの字面だ。
一ノ瀬遥「ねぇくららちゃん……ほんとに今日は触らないって約束したよね?」
久世くらら「うん。触らないよ。いまは、ね」
遥「“いまは”って言ったよね!? 未来に触る気満々じゃん!」
くららはコーヒーを啜りながら、封印装置をじーーっと見つめていた。
その目は、獲物を狙う猫科のそれ。
くらら「……遥。聞こえなかった?」
遥「何が?」
くらら「この子が……呼んでる」
遥「呼んでないよ!!」
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■再燃する研究魂
くらら「ねぇ遥。“音”ってすごいんだよ」
遥「いや、話の流れが急すぎる」
くらら「揚げ物ってね、音が教えてくれるんだよ。油の温度、食材の水分、仕上がるタイミング……」
遥「まぁ、プロっぽい人は音で判断するとか聞くけど」
くらら「そう! あの音を完全再現できたら、春巻きは次のステージへ進化する!」
遥「食べ物の進化って何!?」
くらら「名付けて――“揚げ姫プロジェクト”!」
遥「響きは可愛いけど内容は全然可愛くない!!」
くらら「揚げ姫はね、最適な揚げ音を常時流してくれる装置なの! 人類の揚げ物技術の底上げ!」
遥「そんな大義名分いらないよ!!」
⸻
■封印解除(自主)
くららは封印札をペリッと剥がした。
遥「剥がしたーー!! 一瞬だった!!」
くらら「問題なし」
遥「問題しかないよ!!」
カズ(奥の端末から)「主任。封印タグの意味を学習していただけると助かります」
くらら「学習中だよ」
カズ「……何十年目ですか?」
くらら「教えてよ!!」
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■揚げ姫プロトタイプ稼働
くららは装置の内部から、引き出しのような小さなユニットを取り出した。
薄いスピーカーとセンサーが組み込まれた、手のひらサイズのパーツ。
くらら「これが“揚げ姫”試作零号機」
遥「コワッ……名前に“零号”ついてるの絶対危ないやつじゃん」
くらら「揚げ音の“黄金波形”を作るためにはね、油の沸騰音を1000回くらい録らないといけないの」
遥「1000回!? ラボが油臭で死ぬよ!?」
くらら「だから、今日は第一段階。“音の収録”」
遥「結局揚げるんじゃん!!」
くららは油鍋に火を入れた。
パチ……パチ……と小さな音が鳴り、遥は身構える。
くらら「揚げ姫、起動」
ピッ…!
小さなユニットが光り、鍋の横で“耳”のように動き始める。
遥「なんか生きてるみたいで嫌だ……」
くらら「集中……いくよ」
ジュワァァァァァァァッ!!
遥「わぁっ!? 音がでっか!!」
くらら「今日の油は元気だねぇ……いい音……」
遥「感想が変態だよ!?」
カズ「主任、油温が加熱許容値の110%を超えています」
くらら「誤差だよ誤差!」
遥「誤差で鍋が光ってるの見えないの!?」
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■揚げ姫、暴走(小)
揚げ姫零号が突然、機械音声を発した。
揚げ姫「最適揚げ音……解析中……補正……補正……補正――」
遥「ちょ、ちょっと!? なんか光ってるよ!」
くらら「あ、やば」
遥「やばって言ったーーー!!」
揚げ姫「揚げ音、最大化」
ピィィィィィィィィィィィン!!!
鍋の油が共鳴し、ラボ中に“揚げ音だけが超増幅”される。
遥「耳がぁぁーー!!」
くらら「うぉっ!? これは……予想外の進化……!」
遥「感動してる場合じゃない!!」
カズ「主任、聴力保護のため耳栓を推奨します」
くらら「今持ってないよ!!」
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■揚げ姫、本来の用途(?)
暴走は数十秒で止まり、鍋は静かになった。
遥「……耳がキーンってする……」
くらら「うん……でも、すごかった。揚げ姫は使える」
遥「どこに!?」
くらら「トイレ」
遥「なんで!?」
くらら「ほら、“音姫”ってあるでしょ? あれの揚げ物版。“揚げ姫”。」
遥「排泄音をごまかすための!? なんで揚げ音なの!?」
くらら「揚げ音は人類が一番落ち着く音なんだよ」
遥「統計あるの!?」
くらら「これから取る」
遥「ないじゃん!!」
くららはニコッと笑い、揚げ姫のスイッチを軽く押した。
くらら「よし遥。実験しよう」
遥「いやだよ!!」
くらら「これは研究だよ」
遥「くららちゃんの変態!!」
くらら「何〜!? これは研究って言ってるでしょ!!」
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■揚げ姫は今日も元気です
トイレに設置された揚げ姫は、
“ジュワァァァァ”という音を延々と流し続けていた。
遥「……ほんとに使うの?」
くらら「うん。もう、ラボのデフォルト音だよ」
遥「落ち着かないよ!!」
カズ「主任。揚げ姫の電力消費がやや高いため、使用時間の最適化が必要です」
くらら「わかった。24時間流すのはやめるね」
遥「本気で流してたの!?」
ラボは今日も賑やかで平和だった。
油の香りと、奇妙に落ち着く揚げ音が響く。
――春巻きとコーヒーと揚げ姫。
久世ラボの日常は、今日も揺らぎながら続いていく。
■次回予告
第4.7話「遥の内緒の外出と、50年前の香り」
コーヒーの味を忘れられないくらら。
その姿を見た遥は――こっそりと外へ出る。
遥「……くららちゃんに、もう一回“奇跡”飲ませたい」
久世ラボに、静かな優しさが満ちる回。
次回、コーヒーと記憶の物語。




