第4.3話「春巻き研究施設・拡張計画」
昼下がりの久世ラボは、揚げ油とコーヒーの香りに満ちていた。
テーブルには食べ終えた皿が積まれ、空になった春巻き袋が山になっている。
一ノ瀬遥「……なんか、戦場みたいな光景だね」
久世くらら「これはね、“研究の跡”って言うんだよ」
遥「いや、ただの食べ散らかしだよね!?」
春巻きを平らげた直後とは思えないほど、くららはキーボードを軽快に叩いていた。
目のクマは健在なのに、テンションだけは妙に高い。
くらら「……ふふ。来たね、時代が」
遥「嫌な予感しかしないんだけど」
くらら「遥。私、決めた」
遥「うん、嫌な予感しかしない」
くらら「“春巻き最適保存研究施設”を作る!!」
遥「施設!?」
立ち上がったくららは、白衣を翻しながら指を天に突き上げた。
くらら「春巻きは揚げた瞬間がピーク。だけど保存すればどうしても劣化する。でも! 完全制御すれば未来永劫パリッパリ!」
遥「未来永劫!? そんなスケールで語る食べ物じゃないよ!?」
くらら「いや、これは革命だよ。人類の損失を防ぐ発明」
遥「損失って言い方やめよう!?」
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■設計図という名のカオス
くららはホワイトボードを引き寄せ、走り書きを始めた。
くらら「温度管理、湿度管理、酸化防止、油分再生、食感保持……」
遥「最後だけ料理じゃなくて理科実験だよね?」
くらら「さらに! 自動補完式ストックシステム!」
遥「ストック!? 何を補完するの!?」
くらら「春巻き」
遥「やっぱりかーーーー!!」
くららはドヤ顔で指を弾く。
くらら「つまり、最適保存! 最適供給! 春巻きループ!」
遥「食物連鎖みたいに言わないで!?」
⸻
■カズ、黙っていない
ラボ奥から、例のタイヤ音。
金属の胴体を揺らしながら、カズが現れた。
カズ「主任。……新たな破壊計画ですか?」
くらら「破壊じゃないよ、創造だよ!」
カズ「これまでの統計によると、主任の“創造”の後にはほぼ100%で“爆発”が伴います」
遥「ほら言われてるよ」
くらら「偏見だよ偏見!」
カズ「事実です」
くらら「事実で殴らないで!!」
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■建設開始――するな
くらら「というわけで! 地下三階を春巻き研究施設に改装する!」
遥「聞いて!? 一回話し合おう!?」
くらら「重機持ってきて」
遥「持ってないよ!!」
くらら「じゃあ作ろう!」
遥「やめて!?」
くららは工具棚からドライバーや配線器具を取り出し、床に膝をついた。
遥「え、もう始めるの!?」
くらら「研究者に迷いはない」
遥「迷って!!」
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■試運転の悲劇(小)
数時間後。
ラボの一角に、謎の銀色ボックスが完成した。
遥「……思ったより早くできたね?」
くらら「想定より30%効率良かった。天才だから」
遥「そういうとこ好きだけど嫌い!」
ボックスの側面には、手書きの文字。
《春巻き保存装置・試作一号》
遥「絶対危ないやつじゃん」
くららはスイッチを握る。
くらら「起動!」
ピッ――。
静かな電子音。
次の瞬間――
ゴゴッ……
ラボ全体が、ほんのわずかに揺れた。
遥「揺れた!!揺れたよ!!」
くらら「誤差だよ誤差!」
遥「家が揺れる誤差って何!?」
カズ「主任。装置内の圧力値が予定の400%を突破しています」
くらら「……閉じる!」
バシィィン!!
装置が自動ロックし、内部から「バチバチッ」と火花が散る音。
遥「終わったーーー!!」
くらら「はい、封印します」
遥「最初からして!!」
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■春巻きは平和の象徴
落ち着いた頃、二人はテーブルにつき、コーヒーを啜った。
遥「結局、保存装置はどうするの?」
くらら「改良する。完璧になるまで!」
遥「それ、一生終わらないやつじゃん」
くらら「研究は永遠なんだよ」
遥「春巻きも永遠にしようとしてるよね?」
くらら「うん」
遥「肯定しちゃった!!」
しかし、くららはふと表情を緩めた。
くらら「でもさ。こうやって、春巻き食べたり、くだらない研究したり……」
遥「うん」
くらら「こういう時間って、ちょっと好きなんだよね」
遥は、少し照れ臭く笑った。
遥「……私も」
⸻
■夜、ラボは静かに
その夜。
封印された試作装置のランプが、かすかに一度だけ点滅した。
誰も見ていなかったし、誰も気づかなかった。
だがそれは、爆発の前兆でも、異変でも、事件でもない。
ただ純粋に――
春巻き保存装置が、まだ生きているだけだった。
■次回予告
第4.4話「封印された試作機と、揚げ音の謎」
封印された装置を前に、
くららの研究欲がむくむく再燃。
遥「やめよ!? マジでやめよ!?」
くらら「揚げ音を解析したら、もっと春巻きが進化する!」
そして再び油が沸き立ち――
次回、久世ラボ。
平和は揚げ音とともに続く。




