第4.2話「春巻き山脈と帰宅のゆらぎ」
久世ラボに帰りついたのは、昼を少し過ぎた頃だった。
重いシャッターをくぐれば、ひんやりとした地下の空気が一気に肺へ流れ込む。
一ノ瀬遥「ふぅ……やっぱりラボの空気、ちょっと濃いね……」
久世くらら「コーヒーと努力の香りだよ」
遥「努力はいいけど、コーヒーは主成分すぎるんだよ!」
荷物を置くと、くららはさっそく買ってきた冷凍春巻きの袋を取り出し――
くらら「遥、見て……“春巻き山脈”だよ……!」
遥「いや、山脈って言う量じゃないよね!? 何袋買ったの!?」
くらら「二十袋」
遥「多すぎるっ!!」
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■春巻きアレンジ研究所、爆誕
テーブルに広げられた春巻きの袋の前で、くららは真剣な表情でパソコンを広げていた。
遥「……くららちゃん、何してるの?」
くらら「遥が“春巻き以外も食べろ”って言うからさ。調べてるの」
遥「そうそう。栄養も偏るし、たまには違うものも……」
くらら「春巻きを使ったアレンジレシピ」
遥「……倒れる」
くららはスクロールしながら目を輝かせる。
くらら「見て! 春巻きカツ、春巻き丼、春巻きチャーハン、春巻き寿司……」
遥「いや、寿司はやめよ!? 米と衣と油の暴力だよ!?」
くらら「遥、科学者はね、世界の可能性を広げるものなんだよ」
遥「料理の世界を油まみれにする気でしょ!」
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■カズ、容赦なしの監査モード
ラボの奥からタイヤの転がる音がして、カズが姿を現す。
アイライトがわずかに赤寄りなのは、たぶん気のせいではない。
カズ「主任。帰還お疲れ様です。……ところで」
くらら「………はい?」
カズ「春巻きの購入数、予定比 +1400% でした」
遥「1400%!?」
くらら「いけると思ったんだよねぇ……」
カズ「『思った』で買い物を完了してはいけません。主任、計画性という概念を学習すべきです」
くらら「カズが正論で殴ってくる……!」
遥「普段からだよ!」
さらにカズのアイライトがきゅっと細くなる。
カズ「それと。主任」
くらら「まだあるの……?」
カズ「外出時、スーパーの天井カメラが一瞬だけ、わずかに角度を変えました」
遥「え? 誰か見てたの?」
カズ「解析結果――“風による揺れの可能性・87%”。
“電子的ノイズ・12%”。
“要調査・1%”。」
くらら「1%なら誤差だよ」
遥「気にしなくていいの?」
カズ「念のため、外周データは保存しました。後で私が調べます」
それは本当にただの誤差。
ただの“ゆらぎ”。
誰も気にしないほど小さな痕跡。
――この時点では。
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■春巻き試作、そして事件
くらら「よし、揚げよう!」
遥「早い! 思考の流れが完全に春巻き依存!」
くららは油鍋に火を入れ、袋を開けた。
くらら「まずは基本に忠実に……温度は音で測る」
遥「温度計使お?」
くらら「いや、職人はね――」
ジュワァァァァ!!
遥「うわっ!? なんか飛んできた!!」
くらら「おぉ……油の跳ね方が今日キレイ……」
遥「感想が変態だよ!」
数分後──
くらら「できた!」
遥「おいしそ……っていうか、なんか数増えてない?」
くらら「気のせいだよ」
遥「増えてるよ!!」
くららはマグカップ(爆弾マーク入り)にコーヒーを注ぎ、春巻きを前にドヤ顔。
くらら「研究者の最高の昼食、完成!」
遥「春巻きとコーヒーを“研究者飯”と呼ぶのやめよ?」
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■食後の静けさと、ほんの微かな違和感
春巻きとコーヒーに満たされた二人は、ソファにぐったり沈む。
遥「……幸せ……でも胃が……」
くらら「人は幸せと苦しみが同時に来ると感動するんだよ……」
遥「どんな理論!?」
その時、ラボの照明が一瞬だけ“チッ”と小さく揺れた。
遥「ん?」
くらら「蛍光灯、古いだけだよ」
遥「そっか……」
確かにその通りだった。
古い設備によくある、一瞬だけ光が痩せる現象。
よくある、ただの物理的劣化。
――ただ、その数秒前。
外周センサーには、ごく微弱だが“電磁的な揺れ”が記録されていた。
カズ(内部ログ)
《ゆらぎ値:0.003――閾値以下。記録のみ保存》
誰も気づかず。
誰にも届かず。
ただ静かに、記録だけが積み重なっていく。
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■夜へ、そして続く日常
夕方。
くららはパソコンの前で、アレンジレシピのページをまだ見ていた。
遥「……まだ見てるの?」
くらら「春巻き寿司、やっぱりいける気がするんだよねぇ……」
遥「いけないよ!!」
カズ「主任、消費ペースを考慮しても、春巻き在庫は“二十日分”です」
くらら「二十日……最高の日々が続くね……」
遥「だから偏るってば!!」
ラボの平和は続いていく。
春巻きとコーヒーとツッコミが支配する、いつもの日常。
――ただ、外で起きた小さな揺れは、
この小さな日常を、ほんの少しだけ変えるための、最初の“点”だった。
第4.3話「春巻き研究施設・拡張計画」
買い出しの余韻が残る中、
くららが突然「春巻きを最適に保存する装置」を作ると言い出す。
遥「また変なの作る気だよね!?」
くらら「変じゃないよ、革命だよ」
しかし、装置の試運転でラボが軽く揺れ……?
次回、
久世ラボ“春巻き専用施設”構築計画、始動。
平和のはずなのに、また何かが起こる。




