第4.1話「久世くらら、買い出しに行く ― 外の世界編」
久世ラボの外へ足を踏み出すのは、遥にとって数日ぶりだった。
地下暮らしの澄みきった空気とは違い、外の風はどこか軽かった。
太陽の光が当たるアスファルトは少し白く、街の喧騒は遠くて、
ただ静かな道が二人の前に続いている。
遥「……すごいね。外って、こんなに気持ちいいんだ」
くらら「ラボの空気は濃いからね。
コーヒー、研究失敗の匂い、あと寝不足……全部混ざってるから」
遥「最後のいらないよ!」
くららは白衣の裾をひらひらさせながら、軽い足取りで歩く。
一方、遥は歩くたびに周囲の金属看板やフェンスがわずかに揺れた。
遥「……やっぱりまだ力の調整むずかしい……」
くらら「いいよいいよ。今は“歩くだけでフェンス揺れる少女”ってことで」
遥「やだよそんな肩書き!!」
そんな掛け合いをしながら、二人は最寄りのスーパーへ向かう。
通りの電柱に張られたチラシが風で揺れた瞬間――
ぱち、と街頭カメラが向きを変えた。
二人は気づかない。
世界は静かで、どこか優しく、けれど微かな“ゆらぎ”だけが風に混ざっていた。
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■スーパー到着。くらら、暴走の予兆
自動ドアが開くと、冷房の冷たい空気が一気に流れ込んだ。
くらら「わぁ……ここはいいね。温度安定してる……落ち着く……」
遥「研究施設かなんかと勘違いしてない?」
くらら「だってほら、冷蔵コーナーとか……データ感ある」
遥「やめてよスーパーを研究所みたいに見るの!」
言い合っている間に、くららはさっそく食品売り場の奥に直行した。
遥「あ! 待ってくららちゃん、まだカゴ……!」
くらら「あったぁぁぁーーッ!!!」
遥「早い!!」
くららは冷凍食品コーナーの前で両手を広げていた。
くらら「冷凍春巻き‼︎ いっぱいある‼︎ 文明の勝利だね‼︎」
遥(……こんなにテンション上がる人、初めて見た)
そして、くららは何の躊躇もなく――
くらら「一袋……二袋……三袋……全部入れちゃお」
遥「全部はやめて!!」
遥が止める間もなく、カゴに山盛りに積み上がっていく。
遥「くららちゃん、絶対買いすぎ!!」
くらら「ある時に買っておくのは研究の基本だよ。春巻きは燃料だからね」
遥「食べ物!!」
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■カズからの通信
その時、くららのポケットでスマホが震えた。
くらら「カズから……?」
遥「まさか監視してるんじゃ……」
くららは通話ボタンを押す。
カズ『主任。買いすぎ注意。庫内スペースが足りません』
くらら「……どこで見てるの?」
カズ『主任の挙動は予測可能ですので』
遥「予測でそこまで言わないで!? あと全部当たってる!」
カズ『補足します。主任の“春巻きに対する購買衝動パターン”は
過去ログから高精度で予測されています』
くらら「カズ……私そんなログ残してた……?」
遥「残されてたんだよ……」
カズ『なお、春巻き以外の栄養バランスについての指摘も必要ですが?』
くらら「必要ないよ!」
遥「必要あるよ!!」
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■くらら、アレンジレシピを探す(地獄)
そのままカゴを抱えたくららは、スマホを取り出し検索を始めた。
遥「くららちゃん何してるの?」
くらら「遥が“春巻きばっかり食べちゃダメ”って言うから、他の料理も調べようと思って」
遥「そうそう! いろんなもの食べたほうが身体にも――」
くらら「春巻きを使ったアレンジレシピ」
遥「倒れるよ!! やっぱ春巻きなんだね!!」
くらら「ほら、春巻きオムレツとか春巻きグラタンとか……全部おいしそう」
遥「全部春巻き主役じゃん!!」
くらら「大事なのは栄養バランスより“幸福バランス”だよ、遥」
遥「そんな概念聞いたことないよ!!」
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■スーパーの日常と、わずかな異変
遥が額を押さえている間も、くららは元気に売り場を歩き回った。
野菜売り場はスルー。
肉売り場もスルー。
惣菜売り場でひたすら「春巻き作れそうな素材」を集める。
遥「くららちゃん、野菜も買おうよ……」
くらら「うーん……じゃあネギ」
遥「一本!? 他は!?」
くらら「春巻きの邪魔にならない野菜がいいかなって……」
遥「春巻き基準やめよ!?!」
そんな掛け合いの最中。
天井の監視カメラが、コクリ、と首を傾けた。
ほんの数ミリの角度。
誰も気づかない。
音もしない。
異変とも呼べない程度の“揺らぎ”。
だが風がそれに触れた瞬間、空気がわずかに震えた。
遥「……今、なんか寒気した」
くらら「冷凍コーナーのせいじゃない?」
遥「そう……かな……?」
遥の背筋に残ったざらつく感覚。
それはすぐに消えた。
ただ、それだけ。
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■レジ前の攻防
レジへ向かうと、カゴの中は春巻き関連物で埋まっていた。
遥「ねぇくららちゃん、本当に全部買うの……?」
くらら「買わない理由がないよね?」
遥「あるよ!! いっぱいあるよ!!」
しかし、くららは満面の笑みで言う。
くらら「春巻きはね、私の研究と生活を支えてくれる“最高の相棒”なんだよ」
遥「相棒は私でしょ!!?」
くらら「あ、もちろん遥も相棒だよ。
春巻きは……食べる相棒?」
遥「なんかイヤな分け方!!」
笑いながらレジに並ぶ二人の姿は、周囲から見ればただの仲の良い白衣の女性と少女にすぎない。
けれど、二人を映す天井のカメラだけが――
じっと、じっと追い続けていた。
■次回予告
第4.2話「春巻き山脈と帰宅のゆらぎ」
久世ラボに帰還したくららと遥。
大量の春巻きの仕分け、アレンジ実験、そしてカズの説教。
しかし――その裏で、外の世界で生じた“ゆらぎ”が
ラボのセンサーにも微量ながら記録されてしまう。
誰もまだ気づかない。
小さな違和感が、静かに積もり始めていることに。
次回、久世ラボの外出後日談。
ほのぼのの中に、じわりと影が近づく。




