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久世ラボ ─ 創造と責任の科学 ―AIに心を与えた女科学者―  作者: KuzeLab
第1章 コーヒーと爆発の朝

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3.9話 コーヒーブレイクは風呂の香り

 久世ラボの地下は、外の世界と切り離された静けさに包まれていた。

 装置の待機音だけが、かすかに空気を震わせている。


 今日もくららは白衣姿でフラスコ片手に研究没頭――のはずだった。

 しかし。


一ノ瀬遥「……くららちゃん、ちょっと言いにくいんだけどさ。」


久世くらら「ん? どうしたの。実験のデータ、もう取れた?」


一ノ瀬遥「いや、その……くららちゃん、ちょっと……くさいよ?」


久世くらら「……」


 くららはぴたりと動きを止めた。


久世くらら「……ですよね!!?」


遥「うわっ!? 急に叫ばないでよ!」


久世くらら「いや、あの、ほんとにね!?

 ここ数日バタバタしすぎて、お風呂もシャワーも……」


遥「何日?」


くらら「……数日。」


遥「くららちゃん、“数日”という単位は信用ならないよ。」


くらら「……数日は数日だもん。」


遥「ごまかさない!」



■風呂プールの存在を思い出す


 くららは眉を寄せてしばし考えると、ぽんと手を叩いた。


久世くらら「そうだ、風呂入ろう。あれがあった。」


一ノ瀬遥「風呂?」


久世くらら「地下二階。私専用の大型温水プール兼お風呂兼思考加温槽。」


遥「一気に情報量が多いよ!?」


久世くらら「説明面倒だから現物のほうが早い。」


 くららは遥の手を取って地下通路へ進む。



■久世ラボ・地下温水プール


 分厚い自動扉が静かに開く。


 そこは――まるで研究施設の冷却槽を無理やりスパ風に改造したような空間だった。


 きれいに整えられた水面。

 壁際には泡循環装置。

 天井から落ちる柔らかな白色灯。


一ノ瀬遥「……きれい。ほんとにここラボの中?」


久世くらら「うん。元々冷却タンクだったのをお風呂にしたの。」


遥「天才の発想って、やっぱりどこか間違ってるね。」


久世くらら「褒めてるよね?」


遥「……半分くらいは。」


 くららは白衣を脱ぎ、下に着ていた黒のインナー姿でタオルを持つ。

 遥は後ろ姿を見ながら呟く。


一ノ瀬遥(……くららちゃん、思ったより細いのに、胸は……でかい。)


くらら「遥、今なんか失礼なこと考えたでしょ。」


遥「な、なんでわかるの!?」


くらら「二人でいると波長が似てくるんだよ。私科学者だし。」


遥「科学じゃなくて勘でしょ!?」



■くらら特製入浴剤


 くららは棚からガラス瓶を取り出す。

 中には淡い青色の粉末。


一ノ瀬遥「なにそれ?」


久世くらら「久世くらら特製入浴剤。“疲労回復・保湿・軽い細胞修復”の万能型。」


遥「え、修復!?」


くらら「私と遥みたいにケガが多い人には必須だよ。」


遥「くららちゃんと私は同列じゃないよね!?

 私は死なないけどくららちゃんは不死身なんだよ!?」


くらら「でも筋肉痛は感じるもん。」


遥「そこは感じるんだ……」


 粉末が湯に落ちると、心地よい蒸気が立ちのぼった。



■久しぶりの風呂


 湯の中に沈むと、くららはふわっと息を吐いた。


久世くらら「はぁぁ……生き返る……」


一ノ瀬遥「くららちゃん、不死身なのに?」


くらら「生き返るんだよ。気持ち的に。」


遥「そっちの生き返るか。」


 遥もおそるおそる肩まで沈む。


遥「……天国じゃん……」


くらら「ね? これにコーヒー持ち込むと完璧なんだ。」


遥「飲み物を温水プールに持ち込みはじめたら完全にくららちゃんの世界だよ……」


くらら「だって“思考加温槽”だもん。」


遥「名前が強すぎる!」



■風呂で閃くのは科学者の性


 しばらく静けさが続いた後――


くらら「……ねぇ遥。」


遥「ん?」


くらら「お風呂入ったらさ……研究したくなってきた。」


遥「早い!?」


くらら「脳が温まって、ひらめきが湧いてくるんだよ。

 この状態はダメ、何か抽出したい。」


遥「抽出ってコーヒーのことだよね!?また!?

 今日シャワー入る前まで実験してたのに!!」


くらら「風呂 ⇒ コーヒー ⇒ 風呂 ⇒ コーヒーは黄金ルート。」


遥「サイクル狂ってるよ!!」



■コーヒー暴走実験、再び


 風呂から上がったくららは、髪をタオルで拭きながら宣言した。


久世くらら「よし。新しい抽出法試してみる。」


遥「絶対暴走する未来じゃん!」


くらら「いやいや、今日は真面目にやるよ?

 風呂で整ったし、脳の回転数もバチバチだし。」


遥「その“回転数が上がった状態”が危険なんだよ!」


 だが、くららの手はすでにコーヒーミルへ伸びていた。


カズ「主任、どうやら風呂上がりにより実験欲求が増大している様子です。」


遥「止めてカズ!」


カズ「私は暴走防止AIであって、主任の趣味嗜好までは止められません。」


遥「そこ一番止めてほしいところだよ!!」



■そして香る、地獄級の香り


 数分後。


くらら「できた……“超高圧二段抽出・久世式コーヒーβ”。」


遥「β!? 未完成のやつだよね!? やめよ!?」


 くららがマグを持ち上げる。

 湯気の色がすでにおかしい。


遥「なんか色が重い!!」


くらら「一口飲んでみる?」


遥「私はやだ!!」


 くららは静かに、ひと口。


 ――ビリッ。


 空気が震えた気がした。


遥「やばい!?」


くらら「……すごい……っ!」


遥「どっちの意味で!?」


くらら「うん、これは……失敗だね。」


遥「失敗かーい!!」


くらら「でも、研究的には成功とも言える。」


遥「どっち!?!?」



■夜が深まり、生活が続いていく


 結局、β版は封印された。

 カズが二重のロックをかけたので、しばらくは安全だ。


遥「お風呂入ったのに……コーヒーの香りでまた疲れた気が……」


くらら「次はもっといけると思うんだよねぇ。」


遥「今日はもう寝よ!!」


くらら「えー、じゃあコーヒー飲んでから。」


遥「寝られなくなるよ!!」


 いつもの久世ラボの夜。

 研究と失敗とコーヒーと、ちょっとした生活感と。


 風呂の余韻を残したまま、二人の夜はゆっくりと締めくくられていく。

■次回予告

第4話「ラボの外は風がうまい」


お風呂でさっぱり、コーヒーで頭も冴えた翌朝。

くららが冷蔵庫を開けて叫んだ。


「……春巻きが、ない……!!」


助手の遥はため息をつきながらも、

久世ラボ初の“買い出し”へ出ることに。


ラボの外は静かで、風がやけに気持ちよくて、

遥の身体はまた少し強くなっていて、

くららは相変わらずマイペースで――。


そのとき、カズがふと呟く。


「……微弱な外部ノイズを検知。誤差でしょうけど。」


誰も気づかないまま、

ほんの小さな“違和感”だけが風に混じる。


春巻きは見つかるのか?

遥の“進化”はどこまで進むのか?

そして、風が運ぶわずかな予兆の正体は――?


次回、久世ラボ、外の世界へ。

ほのぼのとした日常の中に、静かな影が落ち始める。

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