第3.6話 カズ、オンライン準備中
ハンバーガー三十個を平らげたのは、つい二時間ほど前――19時過ぎのことだった。
その後、久世くららの案内でラボの地上階・裏手・資材置き場などを回り、
今は21時半。
ラボ見学はとうとう終盤へと差しかかっていた。
最後に訪れたのは、久世ラボの中枢――制御室。
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■制御室(夜・通常稼働)
扉が開くと、暗い室内にモニターの光だけが浮かび上がる。
床を走るケーブル。
中央にはドラム缶大の筒状ユニットが鎮座している。
一ノ瀬遥「……夜だと、ちょっと雰囲気ありますね……」
久世くらら「まあ、中枢だからね。昼も夜も関係なく動いてるよ。」
くららは円筒ユニットに近づき、軽く触れる。
久世くらら「カズ、ただいま。案内終わったよ。」
ライトがふっと明滅した。
《カズ:システム稼働中。主任、お疲れさまです。》
一ノ瀬遥「(あ……本当に喋った……)」
久世くらら「紹介するね。うちのサポートAI、“カズ”。」
カズ「正式名称は“KZユニット”。主任が“カズ”と呼ぶため、私もそれを採用しています。」
一ノ瀬遥「しゃ、喋った……!
ていうか普通に動いてるじゃないですか!?」
久世くらら「さっきまではデータ整理中だったから、音声をオフにしてただけ。」
カズ「助手2号、初対面ですね。」
一ノ瀬遥「だから助手2号!?!?」
久世くらら「私が“助手”って言ったから登録されたんだよ、たぶん。」
カズ「はい。主任の発言は最優先処理されますので。」
一ノ瀬遥「軽い……! 人生の分岐点が軽い!!」
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■皮肉屋AIとの初会話
カズ「助手2号。あなたのさきほどの食事量――
ハンバーガー30個、炭酸飲料4本、総カロリー約一万一千八百。
“異常値”として記録しました。」
一ノ瀬遥「異常って言わないでください!!」
久世くらら「でも助かる。カロリー管理はカズが一番正確だし。」
カズ「主任は“自己管理指数”が常時低いので。」
久世くらら「はい皮肉きたー。」
一ノ瀬遥「なるほど……これが日常なんですね……」
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■燃費問題(夜間編)
カズ「助手2号。筋出力が通常の57倍に上昇した影響で、
あなたは“極端な高燃費体質”になっています。」
一ノ瀬遥「夜なのにまだ燃費悪いんですか……!」
カズ「はい。現在も“軽度の空腹信号”を感知しています。」
一ノ瀬遥「感知しないでください!!」
久世くらら「いや、でも……」
――ぐぅぅぅぅ……
一ノ瀬遥「……っ!!」
カズ「鳴っています。」
一ノ瀬遥「二人で言わないで!!」
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■22時前、夜の補食へ
久世くらら「よーし。もう一回食べよっか。
ハンバーガーは無いから……今日は春巻きにしよ?」
一ノ瀬遥「春巻き……?」
久世くらら「夜に揚げる春巻きってね、おいしいんだよ。」
カズ「主任の冷凍春巻きストックは現在56本。調理に問題ありません。」
一ノ瀬遥「なんでそんなにあるんですか!?!?」
久世くらら「え? 研究の合間に揚げるから。」
一ノ瀬遥「(理由になってない……)」
カズ「助手2号。揚げ物調理時はスーツの電源を切ってください。」
久世くらら「ありがとう、カズ。」
カズ「主任こそ、揚げ物の際に白衣を燃やさないようご注意を。」
久世くらら「燃やしてないよ最近。」
カズ「二週間前に裾が部分的に炭化しています。」
一ノ瀬遥「燃やしてるんですか!?」
久世くらら「小火程度。ラボの日常だよ。」
一ノ瀬遥「よくないです!!」
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■制御室の灯が落ちる
久世くらら「じゃ、春巻き揚げにキッチン戻ろっか。」
カズ「お二人とも、良い夜を。
私はバックグラウンド演算に戻ります。」
ライトが柔らかく光って消える。
一ノ瀬遥は、静かにうなり続けるAIを見つめて思う。
――皮肉屋で、妙に優しい。
このAIもまた、久世ラボの仲間なんだ。
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この夜、久世ラボのキッチンでは、
“天才科学者の揚げ物講義”がひっそりと開かれる。
その匂いが、また二人の日常を少し前に進めるとは知らずに――。
■次回予告
第1章 第3.7話「春巻きは科学」
揚げ油の音とコーヒーの香りが満ちる深夜。
久世くららの“独自すぎる揚げ理論”が炸裂し、
遥はまたひとつ常識を失う――。




