第3.5話 久世ラボ案内と“もう一つの頭脳”
久世ラボの休憩スペースのテーブルには、紙袋の山が築かれていた。
ハンバーガー三十個。各種ソース。大容量の炭酸飲料。
そして、その端にはいつもの――爆弾マーク入りマグカップ。
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一ノ瀬遥「……はぁぁぁぁ、生き返る……!」
遥は、すでにバーガーを何個目か分からないほど片づけていた。
包み紙の山が、彼女の前に小さな丘を作っている。
久世くらら「観測結果。三十個は“余裕”だね。」
一ノ瀬遥「余裕じゃないですから! ちゃんとお腹いっぱいですから!」
久世くらら「でも、顔がまだ食べれそうって言ってる。」
一ノ瀬遥「顔に聞かないでください!」
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くららはコーヒーを一口すすり、ぽん、とテーブルを軽く叩いた。
久世くらら「よし。お腹も落ち着いたところで――ラボ案内、する?」
一ノ瀬遥「ラボ案内……?」
久世くらら「うん。どうせしばらく住むんだし。
どこになにがあるか知らないと、非常時に困るでしょ。」
一ノ瀬遥「非常時が前提なんですね、この研究所……」
久世くらら「前提だよ。」
一ノ瀬遥「即答……!」
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■地上フロアと裏手
片づけを終えた二人は、地上フロアの廊下を歩いていた。
久世くらら「ここがエントランス。基本的に来客はほぼゼロ。」
一ノ瀬遥「ですよね。こんな場所まで来る人、そうそういませんよね。」
久世くらら「たまに宅配ドローンが迷子になるくらい。」
一ノ瀬遥「それはそれで問題では……?」
ガラス張りのドアの向こうには、工業地帯の景色が広がっている。
久世くらら「で、こっちが資材置き場。部品とか薬品とか、いろいろ詰めてる。」
一ノ瀬遥「“いろいろ”って言い方が一番不安なんですけど……」
久世くらら「覚えなくていいよ。触らなければ爆発しないから。」
一ノ瀬遥「“しないから”って言い切りましたね今!?」
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裏口の小さな扉を開けると、コンクリートで囲まれたスペースがあった。
久世くらら「ここは廃棄物置き場。壊れた部品とか、使えなくなった試作品とか。」
一ノ瀬遥「……思ったより、山になってますね。」
久世くらら「爆発の歴史だね。」
一ノ瀬遥「サラッと怖いこと言わないでください。」
久世くらら「まあ、ここは“見るだけ”ね。基本立ち入り禁止。」
そう言って、くららはすぐに扉を閉めた。
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■制御室と“カズ”
エレベーターで一つ下の階に降りる。
そこは、久世ラボの中枢――制御室だった。
壁一面のモニター。
ケーブルが床を走り、中央にはドラム缶ほどの筒状ユニットが鎮座している。
一ノ瀬遥「……ここ、なんかすごい。」
久世くらら「ここがラボ全体の頭脳が集まってる場所。モニターとセンサーと制御系の集中区画。」
一ノ瀬遥は中央の筒を指さした。
一ノ瀬遥「この、真ん中の……丸いの、なんですか?」
久世くらら「ああ、それね。うちのサポートAI。」
くららはその筒を軽く叩いた。
久世くらら「KZ。通称カズ。
ラボの管理とかデータ整理とか、私の忘れ物のリマインドとか担当。」
一ノ瀬遥「AI……ってことは、ナビゲーションとか喋ったりするんですか?」
久世くらら「喋るよ。条件がそろったときだけ。」
一ノ瀬遥「条件?」
久世くらら「“私が許可したら”。」
一ノ瀬遥「…………」
久世くらら「自律じゃないから安心して。勝手に世界征服とかしない。」
一ノ瀬遥「基準が宇宙規模……」
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モニターの一つに、小さな文字が流れた。
《KZ-CORE:システム調整中… 音声インターフェース:スタンバイ》
一ノ瀬遥「今は……寝てるみたいな感じですか?」
久世くらら「うん。バックグラウンドで働いてるけど、表には出してない。
あなた、今は情報を増やしすぎない方がいいからね。」
一ノ瀬遥「私のためにも、なんですね。」
久世くらら「そう。慣れたらちゃんと紹介するよ。
“くららちゃん、スケジュール忘れてます”ってうるさいやつ。」
一ノ瀬遥「……なんか、もう性格が想像できました。」
久世くらら「賢いけど皮肉屋だよ。」
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■地下ドックの入口
制御室を出て、さらに下へ降りるエレベーターホールの前に来た。
そこには、警告表示のついた扉が一つ。
一ノ瀬遥「ここは?」
久世くらら「地下ドック。エネルギー設備と……まあ、“非常用の乗り物”とか。」
一ノ瀬遥「乗り物?」
久世くらら「うん。まだ見せないけど、そのうちね。」
一瞬、くららの目が悪戯っぽく笑った。
久世くらら「今日は入口だけで我慢。
下は配線ぐちゃぐちゃだから、案内はもう少しラボに慣れてから。」
一ノ瀬遥「引っ越し初日に屋根裏を見せないみたいな感じですね。」
久世くらら「そうそう。それそれ。」
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エレベーターから戻る途中、遥はふと制御室の方を振り返った。
一ノ瀬遥「……さっきの、カズってAI。」
久世くらら「うん?」
一ノ瀬遥「くららちゃんが、一人でここにいた頃から一緒なんですか?」
くららは少しだけ間を置き、ゆっくりと頷いた。
久世くらら「そうだね。
長くここにいたのは、私とカズくらいかな。」
一ノ瀬遥「……そっか。」
それ以上、遥は何も聞かなかった。
でも、ほんの少しだけ――この場所に、自分が入り込めた気がした。
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こうして、一ノ瀬遥は少しずつ“久世ラボ”という世界を知っていく。
爆発する実験室。
大量のハンバーガー。
コーヒーの香り。
そして、静かにうなり続ける“もう一つの頭脳”。
――それは、これから始まる騒がしい日々の、まだ静かな序章だった。
■次回予告
第1章 第3.6話「カズ、オンライン準備中」
久世ラボのサポートAI・KZこと“カズ”。
ついに音声インターフェース起動――?
皮肉屋AIと、新入り助手の最初のご挨拶は、やっぱりちょっと騒がしい。




