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【一般】現代恋愛短編集 パート2

異性に肌を晒したら結婚させられるためガードが固い美少女と混浴露天風呂でばったり遭遇した

作者: マノイ

 とある日の授業中のこと。


 コロンカツンとペンが落ちる音がしたので下を見たら、僕の方に転がって来た。

 どうやら隣の席の天神(あまがみ)さんが落としたらしい。

 拾って返してあげようとそれに手を伸ばそうとしたら、彼女もまた拾おうと手袋をはめた手を伸ばしていた。二つの手は急激に接近し触れそうになり……


「ダメ!」

「え?」


 突然の大声に僕は伸ばした手を慌てて引っ込めた。

 そのため接触はギリギリのところで回避されたのだが、その代わりに大声の主である天神さんがクラス中から注目されることとなってしまった。


「天神さん、どうしました?」


 英語教師の先生が優しく彼女にそう問いかけると、彼女は真っ赤になって立ち上がった。


「ご、ごめんさい!何でも無いんです!」


 先生とクラスメイトにペコペコと謝る天神さんの様子を見て僕は申し訳ない気持ちで一杯だった。


宗田(そうだ)君もごめんなさい。それに拾ってくれようとしてありがとう」

「ううん、気にしないで。それより僕こそごめんね、天神さんの動きにもう少し気を配るべきだった」

「そんな!宗田君は何も悪くないよ!むしろ私の方こそ気をつけなくちゃいけなかったのに」

「う~ん、天神さんの事情を多少は知ってるんだから、やっぱり僕も気をつけなくちゃダメだったと思うけどなぁ」

「そんなことない!悪いのは全部私なの!」

「だ~め、僕にも責任を分けなさい。天神さんだけが苦しむのは辛いからね」

「うう……どうして私なんかにそんなに優しいのよ……」

「言わなきゃ分からない?」

「…………」

「二人とも、今授業中ってことを忘れてない?」

「あ」

「あ」


 罪を奪い合っていたら先生に叱られてしまった。

 僕達は揃って謝り、授業に集中することにした。


 嘘です。

 僕は天神さんが気になってチラチラ横目で見てしまってます。


 だって可愛いんだもん。


 艶やかという言葉が似あいすぎる程の黒髪に、つるつるもちもちとしてそうな瑞々しい肌。

 更には整った顔立ちが美人系美少女を演出しているのだが、やらかしてしまったことでしゅんとしている姿は幼さや可愛らしさが際立っていて非常にレア物だ。授業なんて聞いている場合じゃない。


「では宗田君。今のところを訳してください」

「あ」


 はい、天罰が下りました。




 そんなこんなで授業終了後のこと。


「宗田君。さっきは本当にごめんなさい」

「お、続きやる?」

「う゛……もう言いません」

「よろしい」


 不毛な罪の奪い合いはご所望では無いと。

 僕としては楽しいからやっても良かったんだけど。


「でもさ、手袋してるんだから触っても平気だったんじゃない?」

「分かってはいたんだけど、もしも何かの間違いで素肌が触れちゃったらと思うと怖くて」

「素肌に触れた異性は旦那候補として『試練』を受けることになる、だっけ。何度聞いてもヤバいね」

「あはは、仕方ないよ。天神家の娘なんだから」


 天神家。

 とある巨大企業を運営する一家であり、絶大な権力を有するお金持ち。

 その天神家の一人娘である彼女がお嬢様学校ではなく普通の公立高校であるうちに通っているのは、世間というものを勉強するためらしい。


 お金持ちで美人ともなればもちろん男が放って置くはずが無いが、彼女は男から露骨に距離を取り手袋をして触れることすら許さない。


 最初は男が嫌いか、あるいは潔癖症なのかと思われていた彼女だったが、それでも強引に告白して来た男子にお断りした際に『異性に触れられない事情』を説明して、その内容が学校中に知れ渡っていた。


「そうだ。天神さんに一つ聞きたいことがあったんだ」

「なぁに?」

「男が触れちゃダメ、以外にルールがあれば教えて。気を付けるからさ」

「…………あるにはあるけど、大丈夫だよ」

「そうなの?でも念のため教えてよ。万が一ってあるでしょ。流石にあの不良達みたいに行方不明にはなりたくないもん」


 異性に触れたら旦那候補。

 だったら強引に触れてしまえばゲット出来るでは無いか。


 そう思った不良が彼女の意志に反して力づくで触れたことがあった。

 するとそいつはすぐに姿を消し、学校を退学していた。


 その噂が広まったことで、彼女に近づく男は激減した。


「宗田君は私が怖くないの?」

「全然。ルールを破るのは怖いけど、天神さんは全く怖くないよ。むしろこうやってお話し出来て超嬉しい」

「…………そう」


 こうやって好感度を稼ごうとしても彼女の表情が紅く染まったりしない。

 不良が行方不明になった『試練』があるせいで、相手に迷惑がかかると思うと好意をどう受け取って良いか分からず困惑してしまうそうだ。


「それで他のルールって?」


 彼女を困らせ続けないように急いで元の話題に戻した。


「…………素肌を晒した異性と結婚しなければならない」

「…………そりゃあ確かに破れないね」


 ラブコメ漫画の主人公ならばラッキースケベで着替え途中の彼女に出くわすなんてシーンがあるかもしれないが、普通に生きていたらそれはまずないだろう。あり得るとしたら正式にお付き合いして肌を重ねる場面になった時。でもそうなるには『試練』を乗り越えなければならないのだから、事実上不可能だ。


 とはいえラブコメ展開が絶対に起こり得ないとも言い切れないから、念のため聞いてみることにした。


「もしも『試練』の前に見ちゃったらどうなるの?」

「『試練』がクリアできるまで永遠に『試練』を受け続けさせられるの。天神家に入るに相応しい人物になれるまで徹底的に」

「ひぇっ」


 なにそれ怖い。

 絶対に女子更衣室には近づかないようにしよう。

 元々そんな聖域には近づかないけどさ。


「天神家は怖いところだから、宗田君も私にあまり関わらない方が良いよ」

「お断りします」

「何で!?」

「だって天神さんとお話ししたいもん。それに、避けられるなんて嫌でしょ」

「でもそれじゃあ宗田君に危険が!」

「ルールを破らないように気を付けるから大丈夫だよ。それより天神さんが悲しそうにしている方が嫌だから」

「…………ありがとう」


 う~ん、これでも堕ちないか。

 お礼を言ってはくれるけれど、困った感じは消えていない。


 これ以上押したらもっと困らせることになるから、このくらいにしておこうかな。

 そろそろ次の授業が始まることだしね。


「おっと次は移動教室だね。そろそろ行かないと」

「あ、うん」


 慌てて移動の準備を開始する天神さんの様子を見ながら僕は内心で嘆息する。


 彼女を助けて付き合う方法は無いのかな、と。


 だって僕は彼女のことが好きだから。


 告白して撃沈してるけどね!


ーーーーーーーー


「うおおおお!美味ああああい!」

「本当ね。すっごい美味しい」

「うんうん。奮発して来て良かったな」


 とある土曜日。


 僕は家族旅行で両親と共に東北地方の山奥の旅館に来ていた。


 一日に五組限定の高級宿で、部屋は離れにあり他の部屋と距離があるため宿泊客と出会うことは無い作りだ。庭園から建物に至るまで全てが徹底した和風建築で作られていて、詫び錆びが分からない僕でもなんか凄いと感じられる程度には美しい場所だ。


 夕食は部屋までシェフがやってきて配膳と料理の仕上げをやってくれる。これが美味しいのなんので僕は口に入れるたびに思わず叫んでしまった。


「ふぅ……奮発して良かったな」

「でもまさか当選するとは思わなかったわね」

「父さんやるね!」


 もちろんお値段はそれなりに高いのだが、これだけの非日常感を味わえるのであれば安いくらいだと父さんは言っていた。それよりも大変なのが宿の予約をすること。人気宿ということで簡単には予約が取れず、宿としては珍しい抽選方式を取っていてそれに奇跡的に当選したのだ。


「よ~し、今日は飲むぞ!」

「私も久しぶりにお付き合いしようかしら」


 テンションが上がった父さんと母さんは普段よりも多くのお酒を飲み、べろんべろんになってしまった。僕はそんな二人を放置して、部屋に備え付けの露店風呂に入りゆったりする。


 部屋に戻ればふっかふかの高級ベッドが待っている。

 横になったらきっと直ぐに寝てしまうに違いない。


 などと思っていた僕が間違っていた。


「ね……眠れない……」


 確かにベッドは柔らかくて全身が包まれているかのようで気持ち良い。


 でも普段と違う感覚のせいか、非日常による興奮状態が続いているのか、あるいはお酒を飲んで気持ち良く寝ている父さんのいびきが煩いからか、中々寝付けない。


「ダメだ。一旦起きよう」


 スマホを手にして時間を確認すると、すでに日が変わっていた。

 でも体がまだ寝てはならないと言っていて、このままだと寝付けなかった嫌な思い出が残ってしまうに違いない。


 せっかくの極上の体験なのにそれは勿体ないな。


「もう一度お風呂に入ってこようかな」


 温まった身体が冷える時に眠くなると聞いたことがある。 

 確かにさっきもお風呂に入ってからしばらくして眠くなったけど、まだ寝るのが勿体ないと思って我慢してしまったんだ。もう一度同じことをやって今度こそ眠くなったら寝よう。


「せっかくだから別のお風呂に入ってこようかな。確かここって共同露天風呂もあるんだよね」


 部屋に備え付けのものよりも広い露天風呂。

 興味はあったけれど、とある理由で僕は行かなかった。


「混浴とか狙ってる感があって恥ずかしいし、お婆ちゃんとか入って来たらどんな反応すれば良いか分からないし、そもそも若い女の人とか絶対に来ないだろうしで入るつもりなかったけど、この時間なら誰もいないだろうから気にせず入れそう」


 そうと決まればさっさと行こう。

 僕はタオルを持って離れを出た。




「ま、まさか露天風呂に行くだけでこんなに時間かかるとは。面白い宿だけど、こんな時間までアトラクション用意しなくても良いと思うんだけどな」


 ちょっとしたアクシデントというか、イベントがあったので時間がかかってしまったけれど、露天風呂に到着した。


「カギをかける場所も無いんだ」


 脱衣所の中に入り浴衣を脱ぎながらチェックイン時の宿の人の説明を思い出す。


『共同浴場は鍵がついていませんので貴重品は持ち込まないようにしてください』


 衝撃的だったのはその次の説明。


『男女混浴。水着禁止、タオルを湯船につけることも禁止ですので、トラブルにならないようにお客様同士で譲り合ってお使いください。どうしても気になる方は部屋の露天風呂をお使いください』


 絶対にトラブルが起きるだろうと思ったけど、高級宿ということで宿泊客の年齢層が高いからか、これまで何も起きていないらしい。


 僕みたいに若い男がいると色々と妄想してしまうけれど、実際僕だってトラブル回避を優先して部屋の露天風呂を使っていたんだ。きっとそういう人の方が多いのだろう。


「他に着替えは置かれてないし、中は誰も居ないっぽい。よし、貸し切りだ!」


 眠気が完全に失われてワクワクしてしまった僕は、ハンドタオルを手に扉を開けて露天風呂へと足を踏み入れた。


「え?」


 その声は露天風呂の中から聞こえて来た。

 僕が扉を開けた音が聞こえて反応したに違いない。


 何故中に人がいるのか。

 どう声をかければ良いのか。

 一旦退いた方が良いのではないか。


 考えるべきことは沢山ある。

 でもその時の僕はそんなことを考える余裕は全く無かった。


 完全に思考回路がフリーズしていた。


 何故ならば僕は魅入られてしまったから。


「女神だ……」


 月明かりに照らされた裸体は僕に背を向け、長い黒髪が穏やかな風に揺れてその隙間から美しい肌がちらりと見えている。小ぶりなお尻は綺麗な曲線を描き、そこから下に伸びるほっそりしたおみ足は程良く引き締まっている。そして何よりも振り返ったその横顔があまりにも美しすぎた。


 見返り美人。


 僕は中途半端に見えるよりも、正面から見た方が絶対に良いと思っていた。


 でもそうじゃなかった。


 背中を見せているからこそ、そして横顔だからこその美しさが確かにあった。


 月明かりという天然の演出効果があるとはいえ、そして照らされた本人が美しい人物であるとはいえ、この構図そのものの美しさを僕は否定できない。


 もしもこれが正面だったのなら、そして女性が隠したがる全てが露出されていたら、それはそれで美しいと思っただろう。だが男の僕はどうしてもその中に多くの情欲を隠し切れず見てしまうに違いない。


 見返り美人だからこそ、僕はこうして目を奪われて硬直してしまったのだ。


 その状態異常が解除されたのは、見られた側の人間の行動によるものだった。


「きゃあ!」


 バシャン、と大きな音を立てて、両手で全身を隠すようにしてその女性は温泉に浸かり、その大げさな動きで僕はようやく正気に戻った。


「あ、ごめんなさい!すぐに出るね!」


 慌てて踵を返し脱衣所に戻ろうとする僕の背中に声がかかる。


「待って宗田君!」

「え?」

「見ちゃった……よね?」


 その言葉に僕はあることを思い出した。

 彼女が絶対に発動させたくなかった『ルール』を。


「せ、背中だけだよ!本当だよ!天神さん!」


 肌を異性に晒したら、その相手と結婚しなければならない。

 だがその異性は過激な『試練』をクリアするまで受け続けさせられる。


 この状況は、ルールに抵触してしまうのではないだろうか。

 背中だけならセーフということになってはくれないだろうか。


「うう……アウトだよぉ……」


 ダメでしたー!


 え?え?僕どうなっちゃうの?


「ええと、その、とりあえず出るから後で話をしよう!」

「その必要は無いよ」

「え?」

「入って来て良いよ」

「そ、それは流石にまずいでしょ」

「…………旦那様になる人だから」

「う…………」


 好きな女の子の全裸がすぐそこにある。

 しかも去らなくて良いと言ってくれる。


 これはいわゆる据え膳というやつでは無いだろうか。


 これから地獄のような日々が待っていることを考えたら、今のうちにご褒美をもらっておくべきだ。

 脳内で僕の姿をした悪魔がそう囁くけれど、脳内で天ぷらにして食ってやった。


 夕飯の天ぷら美味かったなぁ。


「は、早く入って。風邪ひいちゃうよ」

「あ、うん」


 しまった。

 脳内で現実逃避してたら、つい天神さんの言葉に従って風呂に入ってしまった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」


 お互いに距離を取り、背中を向けて見ないようにしている。


 好きな女の子が裸で傍にいると思うだけで、ドキドキが止まらない。


 ゆっくりと景色を堪能するためにお風呂に来たはずなのに、こんなんじゃ緊張してのぼせるだけで逆効果だよ。


「…………宗田君も泊まってたんだね」

「う、うん。天神さんも泊まってたんだね。偶然だね」

「だね」

「…………」

「…………」


 ぐああああ!


 会話が続かない!

 どうすりゃ良いのさ!


 天神さんもこの宿に泊まってたんだ、とかこんな時間にお風呂に入っているのは人目を避けてだよね、とか何でも良いから言えば良いのに言葉が出ない。


 例のルールのことが頭をぐるぐる回って混乱中だ。


 本当に僕は天神さんと結婚することになるの?

 試練を受けなきゃならないの?

 行方不明になっちゃうの?


 温泉の温度はいくらでも入ってられそうな程に温めなのに、かっかしてしまう。

 そんな僕の脳を天神さんが冷ましてくれた。


「ごめんな……さい……」

「え?」


 てっきり天神さんは恥ずかしさでどうにかなってしまいそうなのかと思っていたけれど、そんな雰囲気は微塵も感じさせない程に悲しそうな声をしていた。


「私の……私の不注意のせいで……宗田君に辛い目に遭わせちゃう……」


 彼女は自分のことよりも僕のことを心配してくれていたんだ。


 これから大変なのは自分も同じはずなのに。


 彼女のその優しさを僕は知っている。


 短い間だけれどずっと見て来たから。


 目で追って来たから。


 だから僕は。


「天神さん。好きだ」

「え?」


 バシャンと水面が波打ち、背中にお湯の小さな波が当たり気持ち良い。


「いつも自分のことよりも友達や後輩のことを優先してるよね。ルールのことだって、自分が付き合わなきゃならないってことよりも、相手の男の人のことを心配ばかりしている。そんな天神さんだから僕は好きになったんだ」

「待って。待ってよ。嬉しいけど、今はそんなことを言ってる場合じゃ!」

「やった。嬉しく思ってくれるんだ。それなら僕は頑張れる(・・・・)

「え?」


 こうなってしまってはやるしかない。


 いや、違う。


 こうならなくても、やるつもりだった。


 どうすれば彼女を助けられるかをずっと考えていた。


 だってそりゃあそうだろう。


 好きな女の子が困ってるんだ、どれだけ困難だろうが手を差し伸べるのが男ってものだろうが。


「頑張るって……宗田君は試練を甘く見すぎて……」

「僕はね、天神さんのお父さんは間違ってると思うんだ」

「え?」


 ふふ、さっきから天神さんを驚かせてばかりだな。

 その顔を見られないのが少しだけ残念だ。


「偉い人には偉い人の理屈があるのかもしれない。でも、そんなの関係無い」

「何を……言って……」

「とても簡単なことだよ」


 本当は向き合って目を見て伝えたい。

 それが出来ないこの状況が恨めしい。


 だから僕はその代わりに顔を上に向け、彼女と同じ神秘的な美しさを有する月に向かって答えを告げる。




「子供が苦しむルールを親が押し付けるようなことが許される訳が無い。そうやって天神さんのお父さんに説教してやるんだ」




 試練だのなんだの、そんなことよりも大切なことがある。


 天神さんをルールの苦しみから救ってあげることだ


 ルールが話題にあがるたびに彼女はとても苦しそうな顔をしていた。それを見るたびに僕の心も痛み、解決するには彼女の父親に話をしに行くしかないと思っていたんだ。今回の事はその絶好の機会と思うことにした。


「出来ると思ってるの!?」

「出来なくてもやるんだ。どうせ『試練』とやらを受けさせられるんでしょ。だったらあがいてあがいて、何としても会って、天神さんを困らせるな!って一発入れてやるさ」

「無理……無理だって……」

「かもね。でも僕はやるよ」

「どうしてそこまで……?」

「天神さんが好きだからだよ」

「っ!」


 あれ、おかしいな。

 背後に気配を感じるようになったぞ。


 まさか天神さん、近づいて来てませんよね。

 僕にも理性ってものがあるから気を付けて欲しいんだけど。


「あり……がとう……私も……私も頑張る。宗田君を苦しめないためにも、お父さんを説得する!」

「それは助かるよ。行方不明な結果の可能性が少しでも減るなら大助かりだ、なんてね」

「そんなことには絶対にさせない!私が宗田君を絶対に守ってみせる!」


 めちゃくちゃ嬉しい。

 天神さんに守ってもらえるだなんて百人力……ってちょっと待って待って!


「あ、天神さん。ち、近い。近いって!」

「え……きゃあ!」


 うわ、今の背中のふにょんとした感覚ってまさか。


「う、うう、ええい!」

「天神さん!?!?!?!?」


 さっきとは違って背中に思いっきり感触があるんですが、抱きしめて来ないでください!

 理性が!理性が!僕の男の子が獣になっちゃう!


「ありがとう……ありがとう宗田君……大好き」

「え、それって……」


 僕の告白に対する返事ってことなのかな。

 それとも人として好きってことなのかな。


 その答えをどうにか聞こうと、僕は獣を男の子に戻すべく必死に心を落ち着かせようとするのであった。


 もしかしてこれが試練なのかな?

















 おまけ


「あら、仲良くやってるわね」

「きゃあ!?」

「え!?」


 突然、第三者が露天風呂に入って来たことで、天神さんは慌てて僕から距離を取った。


「わ!わ!見てません!僕見てません!」

「別に見ても良いのに。減るもんじゃないのよ」

「僕の精神力がガリガリ減りますから!」

「うふふ、紳士なのね」


 入って来たのは抜群のプロポーションを持つ大人の女性だった。

 なんで抜群のプロポーションだと分かったのかは聞いてはならない。だっていきなり声かけられたら反射的に見ちゃうじゃん……


 その人は全く恥じらうことなく全身を隠さずお風呂に入って来た。


「あれ、貴方はさっきの?」


 僕はその人物に見覚えがあった。

 この露天風呂に入る途中で遭遇した人だったのだ。


「お母さん!?」

「え?この人、天神さんのお母さんなの!?」


 若すぎるでしょ!

 どれだけ高くても三十代前半にしか見えないよ!?


 いや、それよりも大事なことがある。

 クラスメイトのお母さんの裸を見ちゃったんですけど、お父さんに殺されないかな。


 あれ、お父さんって、天神さんに理不尽なルールを強いて旦那候補に『試練』を課すヤバイ人でしょ!?


 終わった。

 僕の人生終了だ。


「あ……ああ……」

「どうしたのそんなに怯えちゃって。そんなに私の身体を見るのが……ああ、そうか、あの馬鹿のことを気にしてるのなら安心して頂戴」

「へ?」


 安心?

 馬鹿?

 どういうこと?


「お母さん、もしかしてお父さん……」

「うふふ。折檻中よ。まさか私に黙って娘にあんな酷いルールを強いてたとか、今度ばかりは堪忍袋の緒が切れたわ。当分は許さないし、貴方達にも手出しさせないから安心して頂戴。もちろんルールなんてものは破棄よ破棄」


 あ、あれ。

 なんか全て解決しちゃってる?

 あんなに格好つけて覚悟もしたのに、空回りだった?


「そんな顔しないの。少なくとも貴方はあの馬鹿に一矢報いたわよ」

「え?え?」

「もしかしてまだ分かってないの?さっきのこと変だと思わなかったの?」

「さっきのってここに来るまでのアトラクションのことですか?」

「アトラクション?」

「はい、てっきり旅館の方のサプライズイベントだと思いまして」

「な…………あっはっはっは!面白い!面白いわね!あの馬鹿、何となく参加したイベント程度に軽く思われてやりこめられてやんの!」


 つまりなんだ。

 あの時経験したことはイベントじゃなくて、天神さんのお父さんが仕掛けたことだったのか。


「あのね。あれはこの子がお風呂に入っているからあの馬鹿が守ってたのよ」

「ええ!?」

「しかもその妨害の内容こそが『試練』だったのよ」

「マジですか!?」


 全然気づかなかった。

 だって全員が変な仮面つけてるから、絶対おふざけだと思ったんだもん。


「待って待って!話についていけないんだけど!宗田君、お父さんの『試練』を突破したの!?」

「う~ん。多分『試練』って言っても優しくした内容だったんだよ。だって俺程度があっさりクリア出来るわけ無いし」

「お父さんがそんな甘いことするわけない!どんな内容だったの!?」

「なんか『部下が失敗して取引先を失った時の経営者の対処法は』とか『大赤字の商品を売るにはどうすれば良いか』とかクイズが多かったかな。それと『愛しき者を守るには力も必要だ』とかなんとかいって襲って来たっけ」

「ええええ!?それ全部全問正解したの!?しかも襲って来たって……まさか倒したの!?」

「僕って帰宅部だから体が弱らないようにジムで鍛えてるし、合気道も習ってるから。もちろん手加減してくれたんだと思うけど」


 いくらなんでも高校生相手に大人が本気で飛び掛かってくるなんてあるわけがない。

 あれはきっと恐怖に打ち勝つ勇気を示せとか、そんな感じの意図があったのだろう。


「うふふ、面白い子でしょ?この子は勘違いしてるみたいだけど、あの馬鹿本気で悔しがってたから」

「凄い……あ、でもお父さんがそれで諦めてここに通すとは思えないんだけど」

「もちろんそうね。だから私が懲らしめてやったのよ」

「最後のってそういう意味だったんですか!?てっきりそういうオチのイベントなのかと」


 ボスらしき人が最後まで抵抗してたのをこの人が強引に引っ張ってたから不思議だったんだけど、あれが天神さんのお父さんだったんだ。


「でもイベントだと思ってたのならクリアのご褒美を用意したのは正解だったかしら」

「ご褒美ですか?」

「そう、おかしいと思わない?どうしてここに娘がいるのか」

「え……あ、そうだ、気になってたんです。脱衣所に服が置かれてなかったのに何で天神さんがいるのか」

「え?私普通に置いてたよ」

「でも無かった……まさか!」

「うふふ」


 この人が隠したんだ!

 ご褒美ってそういうことかありがとうございます良い物見れました!


「もう……お母さん……恥ずかしいよ……」

「でもおかげで素敵な人に出会えたし、自分の気持ちにも気付けたでしょ?」

「…………うん」


 素敵な人とは何のことか。

 自分の気持ちとは何のことか。


 それが分からない僕ではない。

 嬉しいけれど、目の前に彼女のお母さんがいると素直に喜べない。


「うふふ、邪魔者はこのくらいにして去りましょう。でもその前に」


 天神さんのお母さんは優しくお湯の中を移動して僕の耳の傍に唇を近づけた。

 うわわ、良い匂いがする。我慢だ、我慢しろ僕!


「実はあの馬鹿が作ったルールには続きがあるの」

「続き?」

「旦那が決まったら、娘は家から出ずに子作りに勤しむこと」

「はぁ!?」


 子作りに反応するのは男として仕方ないことだけれど、今はそれよりも気になることがある。


 家から出ずに、だなんてそれじゃあまるで軟禁じゃないか。


「どうしてそんなことを?」

「娘が男に怯えて距離を取るように仕向けるためよ」


 確かに旦那が決まったら自由を奪われるだなんて言われたら、決めるのを遅らせたくなるだろう。しかも彼女はルールにより異性に触られたり肌を見せたら……あれ、ということはまさか。


「あのルールも自主的に男から距離を取らせるため!?」

「そういうこと。あの馬鹿、娘を溺愛してるから男を近づけさせたくなかったのよ。でも娘はお嬢様学校ではなくて普通の学生生活を送りたいと願った。あの馬鹿は嫌がってたけれど私が娘の希望を叶えたわ。子供の気持ちが第一だからね。まさか私に隠してあんなルールを課してただなんて思いもよらなかったけど」


 でもそれだと天神さんはそのルールのことを不満に思ってお母さんに相談してしまいそう。そうしなかったということは、お父さんに口八丁で騙されてお母さんに言ってはダメだと言いくるめられていたのかもね。


 全ては重度の親馬鹿が引き起こした最低な行いだったと言うことか。


「あの、やっぱり僕、そのお馬鹿さんを一度ぶん殴りたいんですけど」

「うふふ。そんなことを言って良いのかしら」

「え?ぎゃあ!」


 天神さんのお母さんは僕の首を両手で掴むと強引に後ろを振り向かせた。

 そこにはもちろん天神さんがいて僕は反射的に目を逸らそうとした。


「だ~め、ちゃんと見なさい」

「み、みみ、見るって」

「あら、どこだと思ってるの?」

「え?」

「目を見なさいって言ってるのよ」


 くそぅ、完全に揶揄われてる。

 というか貴方が傍にいるだけで柔らかいあれこれが当たってヤバいんですからね!


 彼女の目を見なければ多分僕は解放されないだろう。

 そんな言い訳をして彼女の方に視線をやった。


 すると。


「…………あの、これって」

「娘は軟禁されてずっと子作りしなければならないのに、それよりも貴方のことを心配していた」

「それは優しいから……」

「本当にそれだけだと思う?」

「…………」


 あの、どうしてそんなに煽るようなことを言うのですか。

 そういうことを想像させようとするのですか。


「貴方にならそういうことをされても良いと思ってたのよ」


 はっきり言っちゃった!


「あの、それ以上は……」

「そんな相手が非道な父親を説得したいとかぶん殴りたいとか言われたらどう思うかしら」


 彼女のためにお父さんの振る舞いに憤慨したことがトドメとなってしまったわけかぁ。


「それじゃあ後はお若い者同士に任せて。そうそう、ここには誰も来させないから好きにして良いわよ」

「え、それって」

「うふふ、孫が楽しみだわ」


 ちょっと待ってください!

 この状況で放置して帰らないで!


 いや天神さんのお母さんと裸のお付き合いをするなんて胃が痛くなる状況が終わるのは最高なのですが、それよりも嬉しくやばい状況なんですって。


 だって天神さんの目がハートマークになってるんだもん!


「宗田君……宗田君……宗田君……」

「あ、あの、どうして近づいてくるのかな。どうして体を手で隠さないのかな。どうしてあっーーーー!」


この後滅茶苦茶露天風呂に浮いた葉っぱを拾って遊んだ。

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