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社畜と現場猫でらんらららんらんらん

作者: 椎名正

 王子に婚約破棄宣言をされたマリア伯爵令嬢は、取り乱す。

 「そんな、今になって、嘘だと言ってください」

 その狼狽えた様子を、王子の隣に寄りそう光の乙女が、薄ら笑いで堪能していた。

 「君には悪いが、僕は君との政略結婚を破棄して、この光の乙女との真実の愛を貫かせてもらう」

 「嫌です。そんなこと、信じたくありません」

 「すまない」

 光の乙女は勝ち誇った顔をする。

 マリア伯爵令嬢は、泣きながら王子にすがる。

 「婚約破棄自体はいいですけど、この話長くなりますよね。私、今月の残業が百時間に達してるんです。今日が月の締め日なんです。今日は定時で帰らないといけないんです。あと十分で城から退出しないといけないんです」




 先月より始まった月の残業百時間越え禁止は、王国の伯爵令嬢達を大混乱に陥れていた。

 王妃の執務室では、王妃と部下の伯爵令嬢達が山積みの書類を猛スピードでさばいていた。

 「王妃、残業代いらないから、今日残業させてください」

 「駄目よ。先月、あなた達が残業記録を誤魔化して、残業しまくったから、私、めちゃくちゃ怒られたのよ」

 「なんで王国の王妃が怒られるんですか」

 「こんな小国の王妃なんて、組合の中間管理職と一緒よ。同盟国会議でつるし上げされたのよ」

 王妃と、今月の残業時間が百時間ちょうどの伯爵令嬢達が、必死に仕事を片付けていく。

 「ともかく、今日がタイムリミットの仕事だけやりましょう」

 「ぎりぎり定時までに間に合いそうですね」

 そこに外交担当の伯爵令嬢が、飛び込んでくる。

 「王妃。エルフ国がこの王国に宣戦布告してきました。あと一時間ほどで、エルフ軍がこの王国に到着します」

 王妃は自分の耳を両手で押さえ、幼児のように泣き拗ねる。

 「知らないもん。聞こえないもん」

 「王妃、飴ですよ」

 「わーい。飴だ」

 カルソラ伯爵令嬢が、限界を超えてしまって幼児化する王妃に、いつものように飴を渡してなだめる。

 「マリア様はいないんですか?」

 「王子に大事な話があるって、連れていかれました」

 「あの残念王子が」

 「エルフ国に、今月は残業できないから戦争は来月にしてくれませんかって交渉を」

 「それ言ったら、向こう、怒り狂ってます」

 「わかりました。エルフ国は、私がなんとか対応します」

 「でも、カルソラ様はそんなに仕事を抱えているのに」

 「大丈夫です」

 ぜんぜん大丈夫ではない表情をするカルソラ伯爵令嬢。

 王妃が幼い声で泣く。

 「わたちが頼りないせいで」

 「大丈夫ですよ。王妃、はい、飴です」

 「飴、おいちい」




 「ヨシ!」

 サン伯爵令嬢は、先輩の指さし確認に異議を唱える。

 「ヨシじゃないです。ぜんぜんよくないです」

 老朽化が進む城の点検パトロール。

 少しでも体重をかけたら、踏み抜いてしまう腐食した床に、印のテープを張りつけ、そのテープを指さして終わりにする先輩の伯爵令嬢。

 「ちゃんと修繕しましょう」

 「しますよ。ただ、今月は時間がないから、ここを踏んじゃあ駄目の印で済ませます」

 「先月も先々月も同じこと言っていたじゃないですか」

 「みんな、このテープの印があれば避けてくれます」

 「いつか事故が起こります」

 「大丈夫。この下は下水だから、踏み抜いて落ちても、下水に落ちるだけだから」

 「駄目じゃないですか。ぜんぜん駄目じゃないですか」

 脚立を魔法で浮かせて天井の照明を交換する先輩の伯爵令嬢。

 「ヨシ!」

 「それ絶対やったら駄目な行為です!」

 絶対に混ぜたらいけない魔法具を、倉庫に押し込んでいるせいで、魔法陣から何か生まれそうになっている。

 「ヨシ!」

 「まずいです。世界を滅ぼしそうな何かが生まれてます」

 今日は残業できないからとの先輩の伯爵令嬢の言葉に、サン伯爵令嬢は押し切られる。

 一度目をつぶれば、あとは何度でも見ないふりをするようになる。

 サン伯爵令嬢も指さし確認を始める。

 初めは弱々しかった確認の声が、だんだんと力強くなっていく。




 十分以内で必要書類をかき集め、婚約破棄を成立させるマリア伯爵令嬢。

 「ありがとうございます。王子の婚約者なんて、仕事が秒単位である役目を代わってくれるなんて、あなたは本当に素晴らしい人です」

 嘘いつわりなく感謝してくるマリア伯爵令嬢に、光の乙女は自分がやらかしたことに気がつき始める。

 「いたいた、王子」

 カルソラ伯爵令嬢とその部下の伯爵令嬢達が飛び込んでくる。

 「おまえら何をする?」

 「大丈夫です」

 王子を羽交い絞めにして、首に魔法具の首輪をはめていく。

 「これは何だ?」

 「大丈夫です」

 「この首輪は何だと聞いているんだ?」

 「大丈夫ですから」

 「おい、その大砲はなんだ?」

 「大丈夫です。大丈夫です」

 伯爵令嬢達に大砲の中に押し込められていく王子。

 「な、な、なにをしているんですか?」

 光の乙女に説明するカルソラ伯爵令嬢。

 「王子を今日中にエルフ国に送ります。通常手段の馬車とか転送魔法とか、もう残業できないので、人間大砲を使ってもらいます」

 「それ、人間をぶっとばして建物を壊す、残虐兵器でしょう」

 「大丈夫です。防御魔法首輪をしてもらいましたから」

 「いや、駄目でしょう。私、魔法のことよく知らないけど、駄目だとはわかるわ」

 「大丈夫ですから」

 「その大丈夫の根拠を言ってよ」

 「本当に大丈夫ですから」

 「エルフ国って何よ?」

 「王子がエルフ国に留学したとき、エルフの姫に手を出して妊娠させたのに、責任をとらずに逃げ帰ってきたから、エルフ国が怒って攻めてきたんです。今日中に王子を差し出せば、攻めるのを止めてくれるそうです」

 大砲の中の王子が何か言いかけるが、導火線に火がつけられる。

 エルフ国へと吹っ飛んでいく王子。

 「誰かおうじをおおおおおおおお?」

 慌てた光の乙女が、床のテープの印を見落とし踏み抜いてしまう。

 下の下水へ落下していく光の乙女。

 その一部始終を見ていたサン伯爵令嬢は、光の乙女が消えた床の穴を指さして言った。

 「ヨシ!」


      おわり


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