第一章 第六話 『無理だと思ったら意外といけた』
人生何事もチャレンジです。
作者はあまり挑戦的ではないですが。
熊は一直線に俺達の元へと駆けて来ている。
俺はやはり怖気づいていた。
だって全長3mだし、怖いじゃん。
対してクオリナはまったく臆することもなく、むしろ余裕すぎるとでも言うような目で熊達を見ている。
その姿を見て俺は少し安心する。
「……【氷連針】」
クオリナが何か短く詠唱をした。
「グゴォアァ」
────と、次の瞬間、熊がいきなり呻きだした。
3匹の熊の動きがほとんど静止する。
原因は、地面から連なって飛び出した氷の針。
針は正確に心臓を一突きしていたようで、熊はそれからまったく動かなくなった。
「さすがー」
俺は純粋に彼女を褒め称える。
正直、俺よりも強いんじゃないか?
まだ俺は戦闘の経験はないが……。
「えー、こんなくらいで褒められても嬉しくないよ」
と、クオリナは言ったが、ちょっとモジモジしてるところを見ると内心は嬉しいようだ。
今まであんまり褒められた事がなかったんだろうか?
「本当にすごいよ。俺なんかじゃあんなの倒せないって」
「それは鎖を素手で壊した奴のセリフじゃないよ」
それもそうだ。
だが、3mの熊なんて普通、見たら怖すぎて倒せねぇよ。
クオリナはそんな俺を見て、何を思ったか口笛を吹きだした。
軽快な音が草原に響き渡る。
俺が心地よくその音を聴いていると、途中から雑音が混じりだしてきた。
ドドドドドド、と口笛に混じって俺の耳に聞こえてくる。
そう、何かが走り抜けるような音。
何かが、何か生き物が、草原にいる生き物が、魔物が。
気が付くと、数十メートル先に巨大なトラみたいなモノが迫っていた。
「お前、何魔物呼んでんだこのやろぉぉぉ!!」
「私がまだ小さかった頃に教えてもらったの。口笛を吹いて魔物を呼んで経験値を荒稼ぎしなさいってね」
「その技術はすげーけど、俺の前では使わないで下さい!」
「大丈夫だよ、カミヤは強いから」
そう言ってクオリナは微笑む。
ちくしょー、あれを俺が倒せってか?
さっきの熊よりも数倍ほど強そうだぞ!?
「ガチで無理だから、本当にガチで無理だから!」
抵抗も虚しく、俺はクオリナに押し出されるようにしてトラの直行ルートの前に立たされる。
どうやら彼女は助ける気は0のようだ。
「ほら、もう魔物はすぐそこまで来てるよ」
彼女に言われて気づく。
トラはすでに俺の5m程先まで迫っていた。
どう考えても避け切れそうにない。
このままジッとしておけば3秒後には楽になれるだろう。
もちろん、俺は兄を止められずに終わるわけだが。
俺としては、せめて兄に会うまでは死にたくないと思う。
それまでは何が何でも生き延びるしかないよな。
「うおぉぉぉぉぉぉ!!」
俺は玉砕覚悟でトラが俺に跳びかかるに合わせると、
全力のアッパーカットを繰り出した。
俺の腕にトラの全重量が圧し掛かる。
普通の人間ならここで腕が折れているかもしれない。
だが、身体能力の底上げ、攻撃力が大幅に強化された俺はそんな重量は枷にはならない。
むしろ、軽すぎるぐらいだ────
バキバキ、と俺がアッパーを繰り出した所からそんな音が聞こえた。
瞬間、巨体が力に耐え切れなくなり宙に吹き飛ばされる。
────今の音、アゴの骨とかが砕けた音かなぁ……。
俺はそんな事を考えているとクオリナが感心したように近寄ってきた。
「ほら、やっぱりカミヤは強いよ」
「正直死ぬかと思ったけどな」
俺はアッパーカットを繰り出した右拳を見る。
当たったのはほとんど偶然であり、なんとなく速度を予測してみた程度の単なる予想なのだ。
今、思い返してみると確実に当たるストレートの方が良かったかもしれない。
俺はため息を漏らした。
「んじゃ、《神の塔》目指していくぞー」
俺は目の前に倒れているトラを蹴り飛ばすと、西へと進みだした。
クオリナも狼の耳をピョコピョコさせながらついて来る。
────日が落ちるまでに次の町に着けるかな……。
今にも日が落ちそうな空の下、とりあえず日にちをまたぐまでには辿り着きたいなーと思う俺だった。
そういえば、饅頭を1年間熟成させようプロジェクトに挑戦してました。
賞味期限なんて気にしませんよー。