第一章 第八話 『遭遇』
神也は結構、後先考えずに行動します。
昨日、あんなイベントが起きた所為か起きてみたら日本時間で11時だった。
本当なら8時には起きるつもりだったのになー……。
俺は半分眠り気味の体を無理やり動かしてベッドを出ようとするが、やけに右腕が重いことに気付く。
……こいつ、まだ俺の腕にしがみついたままだ。
「おーい、起きろクオリナー」
バシバシと彼女の肩の辺りを叩く。
すると「ギャンッ」という叫び声をあげてベッドから跳ね起きた。
「痛いよカミヤー」
その一言で思い出す。
そういえば俺は攻撃力がすごく高かった。
「あー悪ぃ悪ぃ」
俺は叩くのをやめ、窓から景色を眺める。
昨日は夜だったので人はほとんど見えなかったが、今日はここからでも多くの人が確認できる。
その多くの人混みの奥に、現実世界で見かけるようなレストランが存在していた。
やっぱこの世界にもあんな風にレストランがあるんだなー。
昨日はファーストフード店で食べたので、こういうものがあるのは薄々感づいていたが。
俺はしばらくレストランを眺めていたがそこに張り紙が貼られていたのに気付いた。
貼り紙に書かれた文字……異世界の言語は分からないと思っていたが、俺はそれを見ているうちにその内容が頭の中に流れ込んでいく感覚がしてきた。
文字と頭の中に流れ込んでくる意味が同じなのかは分からないが、おそらく予想するならば同じだろう。
右手の紋章が言語を理解できるような恩恵を授けてくれているのかもしれない。
あいつはそんなことは言っていなかったが。
そうでもなければ、そもそも昨日からクオリナを話せている時点でおかしい。
俺は自分でそう納得させておき、改めて頭に流れてきた内容を反芻する。
「現在、期間限定で超特大ヘヴンチョコレートパフェを実験販売中。30分以内に食べれば代金は無料です。研究材料が欲しいのでチャレンジしたい方はぜひ店内へ……」
要するに制限時間以内に食べ終わればタダな訳だ。
金欠な俺たちにとっては素晴らしい程の誘惑。
「?」
俺の小声が聞こえたのか、クオリナが俺の横に身を乗り出してきた。
そういや、こいつは2年間ロクに食ってないんだよな……。
栄養失調にはなってない様だから食事は少なからず取っていたようだが────
ここで一気に食べてくれるだろうか?
「なぁクオリナ」
「どうしたの?」
「超巨大パフェが無料で食べれるらしいんだけど行くか?」
△▼△▼△▼△▼
想像以上だった。
どうしようもない吐き気が俺を襲う。
フラフラとした動きで俺は机に倒れ伏した。
無論、原因は目の前にある天にも昇るような高さのパフェ。
見ただけでも2mはあるそのパフェに俺はすでに玉砕されていた。
「うー……」
ちなみに頼みの綱であったクオリナも限界そうな顔で必死にパフェに食らいついている。
2年間の我慢はどうした。
今にも死にそうなクオリナを見て、俺はため息を漏らす。
「この調子じゃ無料食いは無理だな……」
「ぐにゅ、ま……まだ……」
「やめとけ、口からチョコ垂れてるし」
「ッ!!」
残り時間は約7分。
それに対して残るパフェは1mもある。
どう考えても無理だ。
クオリナが大食いキャラであると俺は予想したのだが、彼女はむしろ少食派だったようで(それでも何故か俺より食べ進めている)パフェがなくなることはないだろう。
俺はどうしようもなくレジに目を向けた。
後、7分後にはあそこに行かなければならないのだ。
食べ終わらなければ通常通りの値段。
恐らく、今クオリナが持っている金を全部出して足りるかどうかだろう。
というか足りたとしてもここから先どうすんのよ俺達。
「ん?」
と、そこで俺はレジの先にある出口───もとい入り口に怪しい男が駆け込んでくるのを見た。
怪しい男……といってもこの世界での普通は分からないのだが、何というか嫌な予感が頭の中によぎった。
そして俺の嫌な予感はすぐに的中する。
ドゴオォォォォ、と男を追いかけるようにして入り口で爆発が起きた。
周囲のモノが焼け散り、男も容赦なく吹っ飛ぶ。
食事をしていた客は事件に気付き、慌てて逃げようとするが場所が場所なので逃げられないようだ。
無論、俺達も爆発の余波を受け、テーブルの上にあったパフェが崩れ落ちた。
「何なの一体……?」
クオリナも入り口の爆発に気付き、そちらを見る。
もそり、と吹き飛ばされた男が立ち上がった。
だが、男はそこから駆け出そうとはしない。
男は観念した様子で真っ直ぐに揺らめく爆炎の先を見ていた。
「ここまでか……」
男が言うのと同時に、炎の中に人影が見えた。
数秒としないままにその姿は現れる。
「散々逃げてご苦労だったなァ。でもよ、楽にしてやるからさっさとくたばれや」
どうやら俺は、よく分からない事件に遭遇してしまったようだ。
入れたいところまで入れられなかったなー……。
───と、次回から本格バトル入ります。