7話 たった一度の気まぐれ
「まずは龍について情報を整理するぞ」
「よろしくお願いします」
キョウカとハオの二人はテントで作戦会議をしていた。
「まず、龍は大きくは二種類に分類できる」
「人間を遙かに凌ぐ巨体を持つ四体の真龍と、様々な個体が存在する亜龍ですね」
「所謂、常識だな。亜龍には知性と呼べるものは存在せず、野生動物よりも単純だ。人間を見つけて襲う、それだけの為に生きている」
「そして、倒しても黒い霧に様に消え去ってしまう。まるで、幻の様な存在」
「その神出鬼没性と、狂気を感じさせる振る舞いから亜龍は全て真龍ケイオスの眷属ではないかとみられている。亜龍について判っている事はこれくらいか」
次にハオは世界地図を持ち出した。地図には赤い印が三つ付けられその印を中心にそれぞれ円形の線が描かれている。
「四体の真龍、その誰もが災害に比肩する力を持っている。しかし龍達も万能ではない。例外を除いて、何も無いところにいきなり現れたりはしない。また、龍達は全て翼を保有しているがその役割は飛行ではなくそれぞれの超常的能力の制御だ。その為、何種類かの亜龍を除き翼を用いて飛行出来る龍は存在せず。その足で歩み進んでいる。だから、武装した兵士が密かに真龍の居場所・進行方向を探る事で生活の計画を立てる」
円が示すのは、真龍が数日の間に移動できるであろう範囲。こうして目測を付けることで、人々は遭遇を回避する。この円内側が『危険域』外側が『安全圏』という訳だ。
「真龍達の移動ルートはそれぞれ特徴がみられる」
『闘争の龍』ストライフ。移動と停滞を気ままに繰り返している。また、自ら人間の集落に近づく事は滅多に無い。ただし他の龍よりも多少移動速度が速いため警戒が必要とされる。『闘争の龍』と呼ばれる所以は、相手が龍だろうが人間だろうが獣だろうが少しでも戦意を向けられると嬉々として襲いかかってくるからだ。この龍が一度戦いを始めれば大地は砕かれ無数の武具が雨のように降り注いでくる。周囲の状況などお構いなしに気が済むまで戦い続けるのだ。しかし逆に言えば基本的にはこちらから近づかない限り害は少ない。警戒度は大、危険度は中と言ったところか。
「闘争の龍が戦った後には様々な武器が遺されています。水晶のような特殊な材質で構成された物や金属製の物もみられますね」
「闘争の龍の遺す武器は現状鉱石資源の獲得や精錬が難しい人間にとっては亜龍や野生の獣に対抗する為の貴重な手段となっている」
次は『悪夢の龍』ナイトメア。基本的にはある地点に留まり続けている。数ヶ月おきに移動するが元の地点からある程度離れたところで再び数ヶ月程定着する。四体の龍の中で遭遇を回避することは最も容易だろう。しかし危険性は随一だ。『悪夢の龍』と呼ばれる所以はその無差別的な殺傷性にある。悪夢の龍が停滞している区域は本人を中心に半球状の黒紫色の霧に包まれる。そして霧の中に存在する生命は急速に衰弱していく。故に一般的には疫病や呪いの象徴とされている。警戒度は中、危険度は大だろう。
「対処しやすく、近寄らなければ害は少ないがかの龍が生み出す物は何も無い。世界の生命を殺し尽くすだけの呪われた存在。悪夢に形容されるのも無理はない」
そして『憤怒の龍』ラース。人間の集落を探して彷徨っている、動向を最も警戒する必要がある龍だ。『憤怒の龍』と呼ばれる所以は、亜龍の様に明らかに人間に狙いを定めて襲いかかってくるからだ。この龍に襲われた集落は廃墟すら残らず木々に飲み込まれる。明確に人間に敵意を持っていると思われる為、先手を読んだ避難が必要となっている。魂沌の龍を除く三体の中では最も警戒すべき、厄介な存在。警戒度危険度共に大だろう。
「しかし以前にも言ったが憤怒の龍は生命を育む。この龍が居るお陰で空が陰り龍が荒らし尽くした世界においても木材や食料が獲得できる。存在そのものがまるで大自然の恩恵と脅威の二面性を表しているようだ」
これら三種の真龍の動きを偵察し、今後どれ程の期間でどの程度移動するかを予測・計算して割り出されるのが危険域と安全圏だ。亜龍の中には飛行能力を持つ者も居るが幸いなことに真龍に関しては飛行能力を有すると言った証言は無い。
巨体の為か真龍たちは極めて鈍重な為動向を正しく予想して移動を繰り返していれば襲われるリスクを最低限に抑えることができる。だから各集落は真龍の動きを監視し、伝える事を生業としている者達を選出している。
「では真龍は四体存在するのになぜ印が三つだけなのか?」
「最大の脅威……魂沌の龍の特性故ですね」
『魂沌の龍』ケイオス。真龍の中で最も恐れられている存在。理由は簡単だ。他の三種は何処に存在して、どれ程近づくと危険なのかある程度把握出来る。しかし魂沌の龍は『世界各地に不規則に出現する』。移動の形跡など一切残らない。急に現れ、そして跡形もなく消えゆく。これでは対応のしようがない。そして魂沌の龍には『あらゆる生命の心を狂わせる』力がある。ケイオスに近づいた者は自我を失い、狂ったように笑うか、悲しみを抱きながら息絶えてゆくのだ。警戒度、危険度は規格外だろう。
「対処なんて目撃してから逃げる位しか存在しない。大概は逃げ遅れ、心を壊される」
「対話をしようにも近づくだけで理性を失い、心から死んでいくというのは厄介ですね」
「厄介なんて話じゃない、普通なら『不可能だ』と諦めるところだぞ?」
「私が普通じゃないのは自負していますので」
ニコリと嫌みのない澄んだ笑顔で言うキョウカに、ハオは思わず苦笑した。
「やれやれ。だが、それくらいの図太さは無いと対話なんてできやしないだろうな」
「褒め言葉として受け取っておきます」
「――ひとまず、魂沌の龍は後回しだ。そもそも出現場所自体がランダムで会おうと思って会えるようなヤツでは無いしな」
「そうですね」
「憤怒の龍も止めておいた方が良い。敵意を持っている者に無策に近づいても殺されるだけだ。対話出来る可能性があるのするならばやはり――」
「闘争の龍か、悪夢の龍のどちらか、ですか」
「双方、決して問題が無い訳じゃないぞ」
片や戦いとあらば嬉々として暴れ回る覇龍。
片や近づくだけで生命を削り取られる呪龍。
「さぁ、どちらを選ぶ? 当然、諦めるというのもありだ。誰にも咎める権利はない」
キョウカは深く考える。そして、立ち上がった。
「決めました。まずは――闘争の龍の元へ向かいましょう」
「良いだろう。あれから数日、多少離れてるだろうがひとまず東に向かうぞ」
こうして、二人はテントを解体し旅立った。
◆ ◆ ◆
期待はずれだった。
楽しかったのは最初だけ。
つまらない、何ともつまらない。
闘志無き戦いになんの喜びもない。
先の戦いを思い返し、水晶の龍は嘆く。
『……ボクを満足させてくれる強敵はもうこの世界には居ないのかな?』
だとすれば――幻滅だ。漸く見つけた己の意義を再び見失う事になるというのだから。
水晶の龍は草原でただ一人、立ち尽くしていた。身体や首を地に下ろす事も無く、まるで彫像のように微動だにしない。
ふと、何かの気配を感じる。
どうせ、亜龍か人間だろう。
亜龍は何も考えずに突っ込んでくるだけ。
人間はただ恐れおののいて逃げ惑うだけ。
亜龍も人間も、昔はもっと楽しませくれたのに。
それでも、ほんの少しでも戦える分亜龍の方がマシかもしれない。
最近の人間は本当につまらない事この上ない。
『……ん?』
気配がゆっくりと近づいてくる。珍しい。亜龍ならこちらを発見するなり理性無く襲いかかってくるし、人間なら遠巻きにこちらの様子を伺うだけで近寄ろうともしない。
少しだけ、関心が高まる。
「貴方が、闘争の龍……」
小さな命が、水晶の龍を見上げる。
「私の言葉が届いているでしょうか? 私の言葉が理解できるでしょうか?」
驚いた。人間が逃げもせずに自ら歩み寄って来るだけでも意外だったがそれだけでなく言葉を投げかけてくるとは。
この人間は何を考えているのだろうか。少しくらい付き合ってやっても良いかもしれない。
それはただ戦いだけを求めた龍の――たった一度の気まぐれだった。
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