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42話 今まで本当に、ありがとうございました

 途中まで小型の亜龍しか居なかったのも。今になって大型の亜龍が増えたのも、きっとハオの力が弱まっているから。

 

 敵は際限無く出てくる訳ではない。ハオが抗い、今これ以上の軍勢が現れる事がないとするならば。


「これで決めるッ!!」


 剣を構え、魂沌の龍(ケイオス)の身体に突き進むキョウカの姿。

 それを見つけた一つ目の巨人は視線を再びキョウカに送ろうとする。

 そして、周囲の小さな亜龍達や残り2体の大型の亜龍もまた、キョウカに殺到しようとする。


 知性が無い故に、単純で、読みやすい!!


 刹那。キョウカの姿が消える。駆け抜けていたのは、ナイトメアのもう一つの力で見せた夢幻だった。

 キョウカは一つ目の巨人の背に登り、その頭を蔦で拘束した。そしてその視線を群がる亜龍達へと向ける!

 

 亜龍達の動きが、何かに束縛されたようにピタリと止まった。

 

 ――これで、邪魔はできない!!

 

 この束縛が何処まで保つものなのか。亜龍達は本当にこれ以上増えないのか。確証は何処にもない。だが、今この一瞬だけは絶対に魂沌の龍(ケイオス)に攻撃が通る!

 

 巨人の身体を樹木で完全に固定し、その視線を亜龍達に差し向け続けて。

 キョウカは巨人の視線から外れて魂沌の龍(ケイオス)の元へ歩み寄った。

 

 もうその道を阻む者は居ない。

 

 金剛石の剣に、全ての炎が宿る。

 

 時間がどれ程あるのか判らない。けれど、焦らず、確実に。

 一つずつ、力を引き出していく。

 

 大地から伸びる草木の蔦と根が魂沌の龍(ケイオス)の身体に絡みつき、

 

 無数の剣が魂沌の龍(ケイオス)を取り囲んで複製され。

 

 全ての剣に死毒が纏われた。


「消え去れッ!!!」


 キョウカは剣を魂沌の龍(ケイオス)の腹に突き立てた。

 その動き。エネルギーが宙に発生した全ての剣に複製されて、魂沌の龍(ケイオス)に降り掛かる。


 死毒が、魂沌の龍(ケイオス)の黒い血肉を蝕んで、蒸発させていく。


 束縛されていた亜龍達が、苦しむように呻き、暴れようとするが、動けない。 


 黒い液体のような龍殻は少しずつ、少しずつ消えていって。


「あ……」


 キョウカが顔を見上げたとき。言葉を失った。


 目の前に座していたのは、穢れ一つない輝きを宿す鱗を備えた、四つ足の龍。


 荘厳で、神秘的で、清らかな……白銀の龍だった。


 魂沌の龍(ケイオス)の身体を覆っていた黒く汚染された水の様な血肉は、全て空の淀みへと還っていった。


 目の前に現れた白銀の龍の背に備えられた一対の翼。その翼に血管のような生々しい管が空から伸びていて。空の黒い淀みと白銀の龍が繋がっている事を強調する。


 だが、龍の瞳に狂気はなく。灰色の澄んだ光をキョウカに静かに向けていた。

 言葉を失ったキョウカが、戸惑いつつ龍の視線を追う。


 その先にあったのは……キョウカの手に携えられた金剛石の剣。


 自身が戦いの最中であった事を思い出し、キョウカは改めて剣を構えた。


 白銀の龍は何も言わない。ただ、静かに……首を1度だけ上下させる。


 それで十分だった。



 キョウカの振るった剣が、龍の王を切り裂いた。



     ◇  ◇  ◇ 


 青白い光の粒子を放出しながら、龍殻が少しずつ崩れていく。

 龍殻の消滅に伴って、拘束されていた亜龍達も空の淀みへと吸い込まれて。


 キョウカは、口を開いた。


「漸く、本当の貴方に会えました」


 視線の先に現れたのは、小さな金属片を布地に縫い付け幾重にも組み合わせたような鎧を纏う青年。背丈はキョウカよりやや高く、灰色の髪はぼさぼさと好き放題伸びていて。


 少しツリ気味の細い瞳と、僅かに端が上がる小さな口。


「ああ、そうだな」


 以前は背丈を超える程の長さから大きすぎるように感じた太刀も、今では彼の腰に素直に収まっている。


 背には、血管のように生々しい管がいくつも枝分かれしたような赤黒い翼。本来は絹糸の様な純白の美しい翼であったのだろう事は先ほどの龍殻の姿から想像出来る。管の端々では黒い筋が空から繋がっている。


「本当に。強くなったな、キョウカ」


 嬉しそうに、柔らな微笑みを浮かべるケイオス。当然だがハオの面影を感じる。


「全部、借り物に過ぎません」

「例え借り物だとしても。皆がお前を認めたからこそ力を貸したんだ。胸を張れ」

 

 ケイオスはスラリと太刀を抜いた。その手つき、足元の動き、そして体躯の揺れ。それは決して逞しいものではなく。

 

 ふらふらと、何とか精一杯刀を構えた様に見える。亜龍達に蝕まれている影響か、それとも龍殻が打ち破られたせいなのか。


 若しくは――キョウカの考え通り、彼もずっとこの瞬間まで戦い続けていたのか。ともかく、ケイオスは酷く消耗しているようだった。


「大丈夫ですか?」


 思わず手を貸そうとするキョウカだが、ケイオスは片手の手の平を突き出してその厚意を拒む。


 そして、続けた。


「本来なら。ここで自腹でもするべきなんだろうがな」

 改めて刀を構え、皮肉に笑って、言う。


「英雄譚の締めくくりがそれでは、余りにも味気ないだろう?」

「そんな、英雄だなんて……」


「いいや。お前は英雄だ。龍を倒し龍を救った正真正銘の、な。これだけ見通しの良い山肌で戦ったんだ。魂沌の龍(ケイオス)の龍殻をお前が倒した事は、必ず何人かの監視者オブザーバー達が目撃している筈だ。それこそ、今まさに真相を確かめる為に距離を詰めようとしている所だろう」


「ここまで呼んだのは、それが目的だったんですね……」


「人々には希望が必要なんだ。絶望の時代は終わりを告げて、新たな一歩を踏み出すための切っ掛けになる光が。お前に、皆を導けだなんて言いはしないさ。龍がいつの間にか滅びたなんて思うより、誰かの手により葬られたと伝えられた方が飲み込みやすいだろ? だた、それだけの話だよ」


 キョウカは悟る。それこそが。新たな英雄の誕生こそが、ケイオスの〝切望〟。


 死にゆく友の、最初で最後の夢……。


「……判りました」


 キョウカは改めて金剛石の剣を構える。


「いくぞ。俺に見せてくれ。本当の英雄の力を」


 引きずるように身体を突き動かし、ケイオスが一歩、二歩と迫り来る。


 今まで戦ったどの龍よりも乱雑で、弱々しく、見切るまでもない動き。


 なんとか真っ直ぐ突き出された刀の切っ先を、簡単に躱して。


 キョウカもまた剣を突き出しケイオスの胸を貫いた。



「あぁ……そう言えば、言ってなかったな……」



 口から血を溢れさせ、何度かむせながら、ケイオスは何とか言葉を紡ぐ。金剛石の剣の刀身を消して、キョウカは崩れ落ちそうになるケイオスを正面から抱きかかえた。



「……ありがとう、キョウカ」


 

 耳元で、囁くような声で伝え聞く最期の言葉。


 今までの旅路、その全てが走馬燈のようにキョウカの頭の中でグルグル巡っていく。

 視界が霞む。喉がちりちりと焼け付いて、息が上手くできない。


 キョウカを抱き返す力が少しずつ弱くなっていく。


「こちらこそ……今まで本当に、ありがとうございました」


 ぎゅっとより強く抱きしめて。キョウカは友の最期を看取ったのであった。


 幾つもの涙を零し続けて。


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