38話 見違えたな、キョウカ
彼は、適当な岩に腰掛け愛刀を杖代わりに寄り掛かっていた。
そして、手帳に何かを書き連ねている。
そんな彼の元へこつ、こつと足音が徐々に近づいてくる。
ここは木々も茂らぬ大きな岩山、その中腹だ。周囲に遮るモノが何も無く、遠くからでも見通しが良い。
ここならば確実にどこか観察者の目に止まるだろう。そう考えてこの地を選んだ。緩やかな傾斜を、ゆっくり一歩ずつ登ってくる人影。
水晶で構築された右腕は、血が滲みほんのり赤く染まっていて。嘗ては身体中の骨が浮き出る程不健康に痩せていたその肉体は、今や引き締まった筋肉を纏い。
腰に差す琥珀色の剣の中に藍、紫、緑の炎を灯らせて。
龍と言葉を交わし、心で繋がり。その切望を叶え……遂にはここまでやってきた。
龍を滅ぼす、龍の友。
「見違えたな、キョウカ」
彼は過去を懐かしむように思い出を噛みしめて、言った。
「……もしかしたらと。うすうすは感じていました」
キョウカは、どこか哀しげに目線を逸らす。
「まぁ、そうかもしれないな……」
「ですが。ですが、改めて問います」
琥珀色の剣が抜かれ、その切っ先がゆっくりと上がっていく。
そして、彼の目前でピタリと止められた。
「ハオ。貴方が――ケイオスですね?」
ハオは立ち上がり。
一つだけ、深く頷く。
「……ラースから、伝言を預かっています」
「聞かせてくれ」
「『例え私達の行き着く先が地獄の底であったとしても、私は、どこまでも、お供します』そう、おっしゃっていました」
「……」
ハオはラースの言葉を噛みしめ、空を仰ぐ。
「付き合いが良すぎる事だけが、アイツの唯一の欠点だな」
キョウカは、そんな友人の姿を真っ直ぐに見据える。
「私は、貴方が大好きでした」
「単純なヤツだな。少し介抱してやっただけだろう?」
「誰からも、疎まれていましたから……」
「……だが。所詮全ては自作自演、マッチポンプというヤツだ。俺は、俺の勝手な都合でお前を助けた。お前を利用した」
突き放すように言うハオに、キョウカは声を荒げた。
「それでも!!」
じわりと、キョウカの瞳に涙が滲んでくる。
「……俺が、憎いか?」
ハオの冷たい問いかけに、キョウカは首を左右に激しく振るって、涙混じりに答える。
「全部、です……」
「全部?」
「ケイオスが貴方で良かったと思う自分が居ます。ケイオスが貴方だなんて信じられないと思う自分が居ます。ケイオスさえ居なければと思う自分が居ます。ケイオスを救いたいと思う自分が居ます……全部の心が、ぐちゃぐちゃになって、訳がわからなくて、でも、涙だけは止まらないんです……」
必ず魂沌の龍を倒し、救ってみせると真龍達と約束をしたのに。
これまで通り、言葉を交わし心を交わし、刃を交えようと。何も変わらないと思っていたのに。相手がハオだと思うと全てが歪む。
魂沌の龍は、キョウカにとって全てを奪い不条理なレッテルを刻みつけた仇敵だ。ハオと名乗る幼賢者は、キョウカを救い、その生きる道を示してくれた恩人だ。憎しみと愛おしさが、止め処なく溢れてこぼれおちていく。
「……でも、もう後戻りは出来ません。私は龍達の想いを背負ってきた。貴方を倒し、闇から世界を……何より、貴方自身を解放してみせる!」
「お前は一つだけ勘違いをしている」
「え……?」
「俺はお前を導いて等いない。全ては、お前自身が選び、踏みしめた道のりだ。俺はただ、傍観していたに過ぎない。故に、俺の行いに恩義を感じる必要など何処にもない」
あくまで突き放そうとするハオに対して、キョウカはその思いの丈を語った。
「それは……それこそ貴方の勘違いです……。私を助けてくれたのは、私を認めてくれたのは、貴方が初めてだったから。貴方の心が温かくて、もう少しだけ、頑張れるような気がしたんです。貴方が手を差し伸べてくれたから……私は一歩を踏み出せたんです」
ハオという幼き賢者の人格は、あくまでキョウカの心がケイオスから引きずり出した魂だ。元よりキョウカ自身の強い心が無ければ生まれなかった存在である。
だが、そんなキョウカが龍達と向き合うきっかけを与えたのはハオに違いない。ハオが居なければキョウカはここまで歩むことなど出来なかった。
互いに、互いがその存在の前提。切っても切り離せない、複雑に絡み合った絆。
それが、二人の関係だった。
「教えて下さい。貴方達真龍に、一体何があったんですか? どうして世界は闇につつまれ、貴方は自我を失う事になったんですか?」
詰め寄るキョウカに、ハオは首を横に振る。
「良いか。過去をどれだけ追い求めても、決して現在は変わらない。大切なのは、お前達が生きているこの瞬間だ。俺達龍に何があったかなんて知ったところで、何の意味もないだろう」
だが。
キョウカはそんな龍達の心に触れ、その想いを継いできた。
「……が。龍の心に触れ、龍の心を背負ってきたお前には知る権利があるだろうな。しかし、時間に余裕があるわけではない」
「え?」
「……少しだけ。本当に少しだけだが、教えてやる」
ハオは語る。己の過ち、その全てを。
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