37話 C〝HAO〟S
気がついた時には、何もかも手遅れだった。
後悔と絶望。そして己のものでは無い数多の黒い感情。
時間の感覚も失い、ただ呆然と闇の中を過ごしていた。
時折意識を取り戻しても、何がどうなるという事も無い。
己が繰り返す過ちを再び認識し、守ろうとした人々をその手にかける。
止めようと思っても身体が言うことをきかない。
そんな生活をずっと、ずっと、気が遠くなるほどずっと繰り返してきた。
だが、〝あの時〟。止まっていた俺の時間が少しずつ、動きはじめたのだ。
魂沌の龍はとりとめもなく世界を放浪する。それは、最早戻れぬ過去を懐かしみ、求めるが故に。或いは、無数の亜龍達が抱く殺戮欲求を満たすために。
心を操る力を持つが故に、人間や同胞達の心の動きに敏感で、引き寄せられるように空から降りる。
〝あの時〟も、そうだった。たまたま、降りた場所の近くに一人の人間が居た。
その人間が抱く深い絶望と、切望に引き寄せられ……出会った。
龍が支配するこの世界を、独りぼっちで歩いていた人間に。
その人間から余りにも深い悲しみと、悔しさを感じ取る。こんなご時世に一人で出歩くなんて相応の理由があるに違いない。
きっとどうしようも無いくらいに孤独で、辛くて、苦しくて、世界に、人間に絶望している。そんな匂いを、感じ取っていた。だから気がついたら、自ら語りかけていたのだ。
『憎い? 憎いの? 憎いか? 悲しい、悲しいよ、悲しいな? お前の心は、冷たいな』
ああ。ただでさえ哀しみを背負って居るというのに。それでも必死に今を生きようとしているというのに。そんな命を奪い取る事などしたくはない。
逃げて欲しかった。例え叶わぬ願いでも俺は祈るしか出来ない……。
こうして、また一つ。罪もない人間の魂を取り込むこととなる……そう思った。
だが。
その人間は逃げようとしなかった。
一度は取りこぼした剣を、もう一度手にとって。
何かを訴える様に果敢に立ち向かってくる。
その刃が俺の龍殻に届いた時。俺は闇の中に一筋の光を感じ取った。生きようとする意志。どんなに否定され、絶望の淵に立たされても己が存在の意味を見出そうとする心。
運命に抗う為に踏み出した一歩。
……俺には、無かった心だった。
俺はそのか細い光をたぐり寄せ、そして――。
気がついた時、俺は龍殻から分離していた。いや、正確には俺の本当の魂から分裂したと言うべきか。きっと魂沌の龍の中心では今も本当の俺が核となり囚われているだろう。俺の存在は今では亜龍と呼ばれている存在と同質なモノであると悟った。
立ち上がり、その視線の低さに気付く。改めて己の姿を確認すると、それは十にも満たない幼子の様な身体をしていた。すぐに、その意味を理解する。
俺は今、本当の肉体からこぼれ落ちたいわば生き霊の様な存在。この身体は俺の魂の欠片そのものだ。つまり、俺の魂――心の本質は、こんな幼子程度のものだったという事だ。
改めて周囲を見渡す。俺がこぼれ落ちたショックからか、龍殻は一度空へと帰ったようだった。そして、目の前に横たわる一人の少女。
寝息は……穏やかじゃない。心を操る俺の力の影響をもろに受けた筈だ。自身の想いや記憶に関係する、良く無い夢を見ているのだ。
同時に、全く同じ内容の記憶が、俺の中にも流れ込んできている。この人間がどういう存在で、どんな扱いを受けて生きてきたのか。どうしてたった独りで歩いていたのか、全て……。
結果としてキョウカというこの人間は最後まで諦めず生きようとする意志を見せた。奇跡的に、生き延びる事が出来たのだ。少しだけ、安心した。けれど、こんなところで無防備に眠っていてはもしも亜龍が現れれば無抵抗に殺されてしまう。
また、俺の龍殻は空へと帰ったが恐らくショックによる一時的なモノだ。程なくしてこの付近に再び降りてくる可能性が高い。
折角生き延びたというのに、このまま放っておけばほぼ間違い無くキョウカは死ぬ。
――別に、これで俺の罪が濯がれるだなんて思った訳じゃ無い。俺が犯してきた過ちは、最早償いきれるものでは無いと理解している。
だから、キョウカを助ける事は単なる俺のエゴ……自分勝手で押し付けがましい厚意だ。分かっている。
――それでも、俺はキョウカに生きていて欲しかった。
俺はさも偶然介抱した風に装ってキョウカを保護した。
キョウカの望みに答えて、一緒に暮らし、旅をした。
孤独に凍え、絶望に閉ざされていたその心が少しずつ解放されていくのを俺は自身の力で感じ取っていた。
……嬉しかった。こんなにどうしようもない俺の、どうしようもない独善であっても。人一人を救えた、そう感じたんだ。
その後キョウカが龍と向き合うと言い出した時。正直俺はどう対応すればいいのか判らず困惑していた。心の奥では、不可能だと断じていた。けれど、キョウカの心が、俺の胸に鋭く突き刺さる。
――俺はキョウカに憧れたのかもしれない。そうやって自らの命のあり方を探求しようとする姿が、あまりに眩しかったんだ。
だから俺は――
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