31話 私は貴女を知らない。貴女を、知りたい!!
憤怒の龍は魂沌の龍が戻ってくる時を待ち続ける。まるで、時間が止まってしまったかのような錯覚を覚える程長く、いつまでも、いつまでも健気に。
だが、魂沌の龍は現れ無い。ハオとナイトメアがその身を挺して取り押さえてくれているのだ。今のうちに、憤怒の龍を倒さないといけない。
キョウカは深呼吸をした。剣を立てて額に当てる。
――憤怒の龍、本当の貴方に会いたい……。
自身が傷つくことも厭わぬほどに見せる、魂沌の龍への忠誠心と執着。増長し、歪められたその心の真意は……かの龍の願いとは、なんなのか。それを知る事ができるのは、自分しか居ない。それを叶える事ができるのは自分しか居ない。
「魂沌の龍は来ません。仲間達が、戦っているから」
キョウカの言葉が、聞こえている訳では無いのだろう。しかし思い出したかのようにその気配に気付き、憤怒の龍は大蛇の様な身体をゆっくりと捻る。
魂沌の龍が離れた事で冷静さをいくらか取り戻したのか身体中から突き出ている剣が必要以上に周囲に刺さらぬよう、ゆっくりと、ゆっくりと正しい体勢へと立て直す。
『人間如きに、荒らサれたモノだ……』
改めて、敵としてキョウカを認識する。
『主様の元ヘ行かネば……』
だが、あくまで魂沌の龍を案じる憤怒の龍にとってキョウカは取るに足らない存在でしかない。
そして、これだけの質量を持つ巨体をキョウカが物理的に足止めする事は難しいだろう。キョウカは剣を振るう。刃から放たれた紫の波動は憤怒の龍を避けて周囲の樹木を飲み込んでゆき、枯死させていく。
『急がねば。邪魔ダ、人間!』
憤怒の龍はキョウカを排除しようとした。だが、近場に支配できる樹木が無い。改めて育成しても良いがやや時間が掛かってしまう。
ならばと腕を再び生み出して切り裂くことを考えた。けれど身体中に突き刺さる無数の剣が邪魔で想うように表皮を変質させられない。
面倒だ、小虫を叩きつぶす手段などどうだっていい。
憤怒の龍はその顎を開いてキョウカへと襲いかかった。先ほどのような異様な恐怖感も感じない。これで、おしまいだ。
喉奥に気味の悪い暗闇が広がる大口が迫ってくる。
キョウカは覚悟を決めて、その口の中へ自ら飛び込んでいった。
◆ ◆ ◆
誰かの記憶を見ていた。
視界に、一人の女性が映っている。この記憶の持ち主よりやや背丈が高いようで肩や頭を少し見上げなければならない。栗色の髪と、良く言えばバランスの取れた、悪く言えば別段特徴のないスタイルの少女。
ひらひらとした服装には何処か見覚えがあるがどうにも意識が朧気でハッキリとしない。
記憶の持ち主は彼女に近づき、声をかけたようだった。
すると、こちらを認識した少女は恭しく頭を下げる。
「お久しぶりですね。お変わりないようで安心しました」
態度や口調は非常に丁寧で立場の違いを感じさせられるがその声色や表情は明るくとても親しみがあるものだった。
「私に何かご用ですか?」
首を傾げる少女に、記憶の持ち主は一本の刀を差し出す。
「え、昇進祝い? 私に、ですか?」
えんじ色の下地に流れる風を表したような刺繍と手の平の様な木の葉が装飾された鞘。
少しばかり小振りで女性にも扱いやすそうな太刀、名を『楓』と言う。
「『楓』ってそれ、私の名前の一部なんですが……」
少女は困った様な顔でその刀を受け取った。
「自分と同じ名前の武器を使うって……なんというか、その、イタく無いですか?」
などと愚痴を言いながら鞘から抜いた刀身を光に照らしてその輝きを確かめる。本来鋼鉄の刀身は銀色に輝くはずだがこの太刀は透き通った水晶の様な刀身を持っていた。
「これは……プラントオパールですか? こんなに巨大なモノなんて普通は絶対にあり得ない……」
その通り。この刀身は植物が生み出すガラス質の物体で構成されるが本来、自然界では目に見えるかどうかも怪しい大きさでしか形成されない。これは故意に作ったモノだ。
因みにその材料となったのは、植物を支配できる力を宿すこの少女自身の魂である。
「って、ちょっとぉ!? 人の魂を勝手に使って何やってるんですか!?」
だから、刀の名前も『楓』と名付けたのだ。紛れもない少女の一部なのだから。
「全く、貴方という人は……」
呆れ顔でため息をつく少女。しかしすぐにふわりとした笑顔を浮かべて、
「でも、嬉しいです。ありがたく使わせて貰いますね」
刀を帯に通して、少女はもう一度深く礼をした。
「待っていて下さい。この剣に恥じぬよう一層努力して、いつか、いつかきっと貴方に追いついて見せます。そして、横に並んで戦えるよう……ずっと支えられるように……」
◆ ◆ ◆
――今のは……憤怒の龍の記憶? それとも、他の……。
微睡みの中に居るような、朧気な意識でキョウカは目を擦った。しかし真っ暗で何も見えない。ただ、浮遊感のようなモノと……得体の知れない悪寒を感じた。
この感覚には覚えがある。魂沌の龍の精神撹乱に似ているのだ。
――無数の悪辣なる魂が、憤怒の龍を蝕んでいる……?
目も見えない。何も聞こえない。今自分が寝ているのか立っているのかも判らない。
だが、剣を握り閉める感覚だけは確かにある。キョウカはすがるように剣を構え、届くとも判らない声を発する。
「ラースと呼ばれる龍よ! 私の声が聞こえているでしょうか!?」
腕に、何かが絡みついてくる。心が乱され、何もかも破壊したくなる衝動がふつふつとわき上がる。だがそれを振り払って尚、語りかける。
「私は貴女の名を知らない……ラースと呼ばれる事は貴女にとって不名誉な事かもしれません。それでも、私は呼びかけます。私は貴女を知らない。貴女を、知りたい!!」
暗黒に飲み込まれていきそうな自我を必死につなぎ止め、デタラメに剣を振り回して必死に言葉を紡ぐ。
「貴女の話が聞きたい……!」
キョウカという異物に、憤怒の龍を蝕む闇が気がついたのだろうか。
腕に、足に、胸に、顔に、無数の腕で鷲掴みにされるような不快感がキョウカを襲う。
――ラースはこんな世界に、ずっと捕らわれて居るのか……!?
身体に纏わり付く闇が増える程に、意識が遠のいていく。
だが。ふと、針の穴のように小さい光が見えた。
か細く、遠い。けれど確かな光がこの先で待っている。
それが、ラースの答えだとキョウカは受け取った。
こんな闇に屈してなるものか。身体の感覚が奪われる事など最早慣れてしまったものだ。
自分が剣を握れているのかどうかも判らないがそれでも、キョウカは力を振り絞った。
いつものように、無理無謀も承知の上だ。
ストライフから借りた力を使う要領で。ここに剣は確かにあると信じて力を解放する。
仕込みは既にしてあった。この暗黒には無数の剣が既に複製されている筈なのだ。
そして更に借りるのはナイトメアの死毒。紫の仄かな光が、暗黒のあちこちでぽつぽつと蝋燭の火の様に揺らめく。借り受けた力と背負った想いが、キョウカを突き動かす。
「消えろおぉぉぉ!!」
大きく振りかぶり、全てを断ち切らんと振り下ろされた渾身の一撃。
それが、憤怒の龍に埋め込まれた全ての剣へと〝複製〟される!
無数の剣が、虚空を支点にしてゆっくりと、けれど力強く動き出す。
剣の刃からは死毒が零れ暗黒の魂を消し去り、切り裂く。
闇を、幾つもの光が裁断する。
ばらばらと瓦礫が崩れさる様に闇がこぼれ落ちていく。
世界は崩壊していくが、キョウカは脱出する方法も判らず藻掻いていた。
――なんとか、抜け出さないと……!
けれど闇に蝕まれ最早自らの身体ですら動かせているのかも判らない。必死に手を伸ばしたつもりだがずぶずぶと闇のそこへ沈んでいる気がする。
――もう、いしき、が……。は……お……。
諦めない。
諦められない。
必死に抗って……誰かがその手を掴んでくれた気がした。
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