30話 あァ……お願イ……待って……
亜龍の攻撃がキョウカの胸を貫こうとした、
その時。
「させるかよ、三下風情がッ!!」
木陰から更なる影が飛び出した。
子供の様に小柄な、金属鎧の塊。真っ黒に朽ち果てた翼と真っ白な美しい翼を兼ね備える者。大剣と大斧を背負った、龍の騎士。
その拳が亜龍の顔面を捉え、凄まじい速度で弾き飛ばした。
「ナイトメアっ!?」
ナイトメアはそのままキョウカの目の前に着地し、籠手の汚れをはたき落とす。
「ったく。合図送ろうしても返事は来ねぇし、森の様子はおかしいし、こりゃ何事かあらんと思ってきてみればこの様だ。思うようにはいかねぇなぁ!」
遠く、ハオに聞こえるように声を張るナイトメア。
ハオは憤怒の龍の口を押しのけ、距離を取ろうとしていた所だ。
振り返る事はせず、その場で大きく返答する。
「来て下さいましたかっ!!」
そして、ナイトメアの声に呼応する者がもう一人……。
『なっ!? こノ気配、何故貴女が此処ニっ!!』
憤怒の龍がその首を持ち上げる。
「オレ達の悪夢を終わらせに来た」
大斧を憤怒の龍に差し向け、ナイトメアは言い放った。
『殺気……戦イの、匂い……まさか、私と戦ウと?』
その対応に、ナイトメアは僅かに頭を傾け、呟く。
「やっぱ、声はもう聞こえてねぇのか。……きっと目も、形だけなんだろうな」
木のうろのようにぽっかり空いた瞳の奥を暗黒が蠢いている。
『まさか、裏切ルのか……貴女までも……彼を――主を見捨てるのかぁああ!!』
憤怒の龍の咆哮が轟く。亜龍達の身が竦み、その動きを止める。
「違うっ!」
ナイトメアは武器を構えたまま、一歩前へと進んだ。キョウカの横を通り抜け、少しずつ、憤怒の龍へと近づいていく。
「生きていればこそ、いつか答えが見つかると思って居た。お前達も、そうなんだと考えていた。だからオレは、一人静かに道を探そうと思って居た」
ただ生きているだけで他の命を蝕む呪龍は、仲間を想うなればこそ孤独を受け入れ一人答えを探し求めた。
大斧だけでなく、大剣にも片腕を伸ばし、2つの獲物を携えてナイトメアは大地を強く踏みしめる。
「だが。確かな〝願い〟を知った。希望という〝光〟も見出した! オレにもう、憂いは無い。迷いも、無い。この刃は忠義の刃!! 裏切りなんかじゃねぇ!! 大いなる親愛を持って、オレはお前達を斬る!!」
憤怒の龍は、ナイトメアの言葉などお構いなしに口を開く。樹木の枝と蔦がナイトメアの方へと狙いを変える。
『全てが彼ヲ拒むノか……そんな世界、認メない!! 断じテ認めルものか!! 裏切り者達ヨ!! 我ラの怒りを知ルが良い!! 私自ラ、裁いてクレル!!』
長大な身体に対しては余りにも小さく細い2つの腕に、透明な水晶質の爪が生えてくる。小さいとはいえそれはあくまで相対的な見た目だ。人間の身体を引き裂くには十分すぎる凶器である。
憤怒の龍が身体を捩る。キョウカは咄嗟に横へと退避した。大蛇が獲物に噛み付くように、憤怒の龍の上体が凄まじい速度で飛び出した。
そしてその頭がナイトメアとすれ違う。続いて、爪を輝かせた腕が迫る!
「……いい加減、目ぇ覚ませ。お前はそんなヤツじゃなかった筈だろ?」
ナイトメアの斧と剣がぐわんと大きく揺れると、水晶の刃を持った爪は枯れ枝のようにあっさりと分断され、宙を舞った。
『オオォォォ!!』
その叫びは、苦悶の呻きではない。ただ、敵を倒さんと己を鼓舞する戦士の雄叫びだ。
ナイトメアとすれ違う様に身体を引きずる憤怒の龍。
「加勢します!!」
キョウカはその背に飛び乗り、剣を突き立てた。
『小虫ガぁああ!!』
大地に、樹木に、そのヘビのような身体を激しくなすりつけキョウカをふるい落とそうとする憤怒の龍。
「いいぞ! キョウカはそのまま掴まってろ! 手順は随分と狂ったが、当初の計画通り進める!!」
ハオが駆け抜け、憤怒の龍とすれ違い様に言い放った。
「良いだろう、後に続くぜ!!」
即座にナイトメアが後を追う。
キョウカは歯を食いしばって必死に憤怒の龍にしがみついていた。気を抜けば簡単にふるい落とされてしまう。返答する余裕も無い。
憤怒の龍とやや離れた場所まで移動すると、ハオはその刀を天へと掲げた。
「来たれ数多の魂達よ!! 我が呼びかけに答えるがいい!!」
すると、空から黒い何かの流れが幾つか地上へと伸びてくる。それはうねりながら1つに纏まると漆黒の球体となって膨れあがっていく。
『主様!?』
憤怒の龍は突如、キョウカへの妨害を止めて、再び攻撃の対象をハオ達へと変えた。吹き付ける風と、木々や木の葉が視界を遮るがキョウカは何とか薄目を開ける。
『悪シき者が、これ以上……我が主ヲ穢すなぁあああ!!!』
先ほどまで、キョウカも憤怒の龍も関係無く手当たり次第に暴れていた亜龍達が突然一斉に漆黒の球体の方へと駆け寄っていった。その様子はまるで、人形が糸で引きずられていくようだ。
「ぐっ、ぅ……!」
突然、ハオは膝をついた。ハオの傷口から零れ出た黒い何かが球体の方へと引き寄せられ、ハオ自身も少しずつだが球体へ引きずられていっている。
「ハオ!?」
「気張れ!! 道はオレが開く!! お前が立てなきゃ、何も変わらねぇぞ!!」
『主様!! 私が、私ガお守リ致しマすッ!!』
迫り来る憤怒の龍の頭部へ、ナイトメアは大斧と大剣を交差させるように叩き付けた。憤怒の龍の巨体は打ち上げられ、放物線を描いて遠い地面へと打ち付けられる。
「邪魔は、させません!!」
キョウカは突き立てた剣にありったけの力を注ぎ込んだ。剣が憤怒の龍の体内で無数に複製され、その身体を突き破って表面に幾つも飛び出す。
『が、ァアアアアア!!』
棘達磨になった憤怒の龍は身体を地面に杭で打ち付けられたようになり、身動きを僅かだが封じられた。
『主を、どウするつもり、だ……』
必死にもがいて身体を起こそうとする憤怒の龍だが、動けば動くほどに剣の棘が大地や樹木に突きたって体力を奪われてしまう。
「行、き……ましょう! 我らの戦場へ……!」
ハオは刀を杖の形態に戻し、すがりつきながらも歩み出した。ハオから伸びた黒い何かの導線は亜龍を取り込み続ける漆黒の球体を引っ張るように移動させていく。
「跳べるか?」
ナイトメアの問いかけに、ハオはしかめっ面で汗を滴らせながら答えた。
「問題、ありま、せん……!」
「よし、いくぞ!」
ナイトメアは天に向かって剣を振るう。
『待テ!! 待って……!』
刃からは死毒の霧が波動のように迸り、淀んだ漆黒の空へとぶつかった。
すると、空の暗闇が僅かに払われ、一筋の白い軌跡が現れる。
「キョウカっ!! 憤怒の龍を――頼むっ!!」
「オレが託したもん、忘れるんじゃねぇぞ! あばよっ!!」
ハオは言葉と共に空へと跳躍し、ハオと繋がっていた漆黒の球体も横にいたナイトメアも空の白い軌跡へと吸い込まれてゆく。
『あァ……お願イ……待って……』
憤怒の龍は焦がれるように空へと手を伸ばす。
やがて彼らの姿が見えなくなると白い軌跡は周囲の暗闇に包まれてゆき、無数の暗色がごちゃごちゃにかき混ぜられた様な空模様へと戻る。
憤怒の龍は倒れたまま天へと手を差し出し続けた。キョウカはそんな憤怒の龍の身体から離れ、息を整えつつ様子を見守っていた。
よろしければいいねやご感想、ブックマークなどして頂けると嬉しいです。
少しでも面白いと思っていただけたら、下の☆☆☆☆☆ボタンを押して評価して下さるととても喜びます!




