29話 俺の事が、判らないのか……?
「ハオ、一応聞きますが以前憤怒の龍から逃げたときに使ったアレは――」
「できると思うか?」
「出来てたら、既にやってますよね……」
「アレは亜龍という存在の特性を利用したモノだ。多くの亜龍がこの場所に集っている今使ったら恐らく十中八九この場所に戻ってくるだろうな」
亜龍は魂沌の龍と同じように世界中に神出鬼没に現れる。空を覆う黒い淀みこそが亜龍の本体あるいは住処と呼んでもいいだろうか。亜龍達はその空の淀みから地上へ降りてくる事で出現する。
ハオは一端空の淀みに帰還し別の空から降りる事で長距離を一瞬で移動する技に転用していた。空の淀みは無数の亜龍の意識が混在し、ひしめき合っている。普段なら整合性に欠ける意志の集合体に過ぎないため、ある程度強い自己認識があれば自身の意志を保って移動に使えるのだが……。
これだけの亜龍が今この場に降りているという事は、亜龍全体或いは過半数を超える意志が憤怒の龍を襲うという方向に傾いている可能性が高い。つまり、今空の淀みに戻っても大多数の意識に引っ張られ跳躍先が固定されてしまうのだ。
――亜龍達め。自我を僅かに取り戻して、真龍が天敵であることを思い出したな。闘争の龍がこの世を去り、悪夢の龍も戦いに傷つき消耗した事で魂沌の龍の力は弱まっている。
しかしその結果魂沌の龍が支配し、押さえ込んでいた亜龍達の自我、知性が僅かに解き放たれたのだろう。亜龍達は真龍を優先すべき敵と判断し憤怒の龍を喰らうべく森林に寄生するように潜んでいた……と言った所か。
最も、知能が完全に戻った訳でも無くただ漠然と本能的に真龍を狙っているに過ぎないため目の前により狩りやすそうな命があればそちらの方を優先する、といった具合にキョウカが標的にされ、騒ぎに気がついた憤怒の龍がキョウカも亜龍も滅ぼそうと動き三つ巴の大混戦に至ってしまった訳だ。
さて、龍達のこんな複雑な内情などキョウカは知るよしも無いし、ハオが一つ一つ説明してやる時間も余裕も無い。
ふと、パキパキと渇いた音を立てて枯木をかき分け憤怒の龍が姿を現した。
『裏切リ者の人間に……裁キを』
憤怒の龍はキョウカを標的と定めて迫ってくる。
「ハオ! 逃げて下さい! 亜龍に襲われない貴方なら、なんとかなるかもしれない!」
「バカを言うな!! 俺が落ち延びて、その先どうなるというんだ!? 希望の光はお前だ、キョウカ!! 自分が助かる道を第一に考えろ!!」
「勿論、黙ってやられるつもりはありません! この刃に駆けて、腕をもがれ足を潰されようとも抗ってみせる所存です……。けれど、貴方が居たら全力を出せない」
その言葉は決して嘘では無いだろう。最期まで戦い、抗うという意志に偽りはない。
だが、それだけではダメだ。戦って、勝たねばならない。
憤怒の龍を打ち倒し、魂沌の龍を滅ぼさなければ意味が無い。
「悪夢の龍と何を誓った!? もう、お前一人の命ではないんだ!!」
ここで敗れれば、ここで力尽きれば、今まで歩んできた道の全てが、今まで背負ってきた想いの全てが無駄になる。ハオが居るから死んでも良い、ではダメなのだ。それだけでは英雄たり得ない。
『身ノ程を、知レぇぇぇ!!!』
憤怒の龍が雄叫びをあげると、亜龍を狙って四方八方へと散っていた枝の槍と蔦の鞭の全てが一斉にキョウカへと狙いを定めた。
「俺の事は良い!! お前はお前の道を突き進め!!」
ハオの覚悟が、伝わってくる。殺到する木々は今までキョウカを襲っていた何倍もの数だ。最早、今までの方法では対処しきれない。もう、なりふり構ってはいられない。
「ごめんなさい……」
ハオがどれだけの想いを持って自身を導いてくれていたのか。今更、その重みを実感する。友のそんな覚悟を理解出来ていなかった自分に腹が立った。
逃げることはもう叶わない。なら、進むべき道はただ一つ。例え無二の友の身を刻む事になろうとも、立ち止まる訳にはいかないのだ。
「私は――戦えます!」
キョウカは刃を振るった。ありったけの力を使って斬撃を複製し、迫り来る木々を薙ぎ倒す。攻撃の余波がハオにも降りかかるが立ち止まるわけにはいかない。
「そうだっ、それで、良い……!!」
苦痛に表情を歪ませ、ボロボロになっていくハオだがキョウカが捌ききれなかった枝へと駆けつけ切り落とす。無差別な攻撃が飛び交っている中動き回れば当然負う傷も増えるというのに。
『尚も邪魔立テすルか、悪しキ者よ……』
憤怒の龍の瞳が鈍く輝く。標的をキョウカからハオに切り替え、顎を開いた。
『消えロ!』
龍の牙がハオの身体を食いちぎらんと迫り来る。
「ハオ!!」
憤怒の龍の顎がハオの左右まで迫り、今まさに口が閉ざされる。
キョウカは思わず目を逸らしそうになったが、憤怒の龍の攻撃に対処している真っ直中で隙を晒すわけにはいかない。最悪の光景が目前に広がる……かと思われた。
けれど。
どうした事だろうか。憤怒の龍の牙がハオの身体にもう少しで突き立とうとするところで完全に停止していた。ハオは牙の一つに手を添えているが、どう考えても腕力で押さえ込んでいる様には思えない。
『あ、ぇ……?』
怒気と威風を感じさせていた憤怒の龍が、戸惑いにより余りにも似つかわしくない情けない声を漏らす。
ハオは哀しげに憤怒の龍の瞳を覗き込み、囁きかけた。
「俺の事が、判らないのか……?」
ガタガタと、憤怒の龍の巨体が震える。
『ナんダ、この感覚ハ!? 何ヲ言ってイるんダ!?』
その理由も、意味も、何も判らない。ただ言いしれぬ恐怖が憤怒の龍を支配する。それは、強大な敵と対峙する恐怖ではない。自身の生命が脅かされる、そんな恐怖では断じてない。
「俺の声が、聞こえないのか……?」
それは、大切な何かを失う事への恐怖。
『何者、だ……? 貴様は一体なンなんだぁあああ!!!』
訳もわからず絶叫する。しかし、自分の中の何かが顎を閉ざす事を拒んでいる。
「すまない。こんなにも、恐ろしいものだったんだな。こんなにも辛いものだったんだな。本当に、すまない……」
ハオが零した謝罪の言葉にどんな意味が込められているのか、キョウカには判らなかった。けれど。この瞬間、憤怒の龍の動きが完全に停止したこの好機を逃す事は許されない。
「ぐっ……!」
けれど、剣が思うように上がらない。戸惑う憤怒の龍に呼応するかの如く森の樹木からの攻撃も停止している。が、ここまでに大きく体力を消耗した上に少なからず傷を負ってしまっていた。
――動、け……ぇ!
憤怒の龍を一点に見つめて、剣を掲げ足を前に出した。
しかし――。
ぞくり、と薄ら寒い気配を感じた。ドクドクと心臓がその鼓動を速めていく。
直感した。亜龍が、居る!!
目の前の出来事に気を取られすぎた代償か。
反射的に背後へ振り向こうとする。
時間がゆっくりと流れている様だった。
身体が完全に後ろを向ききる前に、己のすぐ側まで迫っていた亜龍の姿が見えた。
毛むくじゃらの、人間の様な亜龍。その腕では獣のかぎ爪が鈍く光る。身を守ろうとするが、遅い。振り返り終わったその時には、その爪が胸を貫いているだろう。
驚く程頭が回る。この先の状況が、見える。だが、対応出来ない。
――こんなところで、こんなに呆気なく……?
いいや。即死さえしなければ。急所さえ逸らせればまだ、生きる事はできる。
思考が、対応が一瞬で切り替わっていく。攻撃を凌ぐ方向ではなく受ける方向へ。
被害を計算し、どのように回復するか。
――まだ、やれる……!!
歯を食いしばり、来るべき激痛に備えようとした。
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