28話 落ち着けキョウカ。非常事態だ
――亜龍達の自我が、僅かに戻っている? ……まずいな。
刀を鞘に戻しつつ、思案するハオ。そんな彼を、キラキラした瞳で見つめるキョウカ。
その視線に気付くと、ハオはまた大きなため息をついた。
「……なんだ?」
「見事なお手前です! 流石ハオ! 格好いいです!!」
興奮気味にハオに詰め寄るキョウカ。
キョウカからしてみればハオは真龍に匹敵する亜龍を一撃で瀕死に追い込み打ち倒してみせたのだ。その力に感服しない訳がない。
「あのな、今のは敵の弱点を突いただけだ。特別な事は何も無い」
等と口で言っても、謙遜しているとしか受け取られない。全く、無邪気というか純粋というか……。キョウカがやっている事の方がよっぽどの偉業だというのに。
「どうしてあの亜龍が私だけを狙うと断言できたんですか?」
「亜龍は人間か真龍を襲う。逆に言えば、〝亜龍は亜龍を襲わない〟……簡単な話だ」
当然、と言わんばかりのハオだが。
「え? でも、それって……」
もしも今の発言の通りならば、ハオの正体とは――。
「つまりは、そういう事だ。それより、来るぞ」
ミシミシと渇いた音がキョウカの思考を中断させる。
『ォォォ……熱イ、アつイ、熱い……』
枯木がまるで生物のようにざわざわと動き出し、左右に分かれていく。その中央から蛇の様に長い胴体を引きずり、獅子のようなアギトを持った真龍がゆっくりと近づいてくる。かの龍はわざわざ道を空けるように避けた木々すらのみ込むように押し潰して迫る。
「なっ!?」
その姿を見て、キョウカは言葉を失った。
憤怒の龍とは既に1度戦闘を経ている。この旅を始める以前にも少なからず接点があった龍だ。故にその姿や振る舞いは鮮明に記憶に残っている。だが、今目の前に現れたその龍は記憶の中の憤怒の龍の姿と全く異なっていた。
確かに、面影はある。何処までも続く長大な身体はそのままだ。しかし青々とした緑の茂みを思わせる翼は朽ち果てた枯れ枝のように変貌し、その身体も瑞々しい生木のような体皮が真っ黒な汚水のようなモノに包まれてしまっている。
それは、まるで魂沌の龍を思わせる姿だ。
『グ、ニん間……許さナイ……あルジの、怒リを……』
「痛ましい、な……」
ハオは憤怒の龍から目を背け、呟いた。
「何が起きているんですか!?」
「落ち着けキョウカ。非常事態だ」
非常事態と宣告されてはとても落ち着いては居られないものだと思うのだが、言われたとおりキョウカは胸に手をあてて深呼吸をする。
「落ち着いたら、改めて周囲の気配を探って見ろ」
ハオに従い、憤怒の龍から目は離さず神経を研ぎ澄ませて周囲の気配を探る。
肌で感じる無数の殺気。禍々しい、亜龍の気配。先ほど襲われた亜龍に匹敵する強大な威圧感や小さくとも研ぎ澄まされた獣の眼差しが木々の隙間からキョウカの心臓を貫くように迫ってきていた。
「!!」
どっと冷や汗が溢れ、息を呑む。これは確かに、まごう事なき非常事態だ。
『人間、も、悪しキ者達、も、許サなイ!!』
ふと、憤怒の龍が再び言葉を発した。
――……悪しき者達?
キョウカが疑問を感じた次の瞬間。
森全体が泣いているような、低い音が響き渡る。
「走れキョウカッ!!」
ハオの言葉に弾かれるように駆けだした次の瞬間。枯れ果てた木々の枝と蔦がシュルシュルと凄まじい速度で槍の様に四方へ伸張してゆく。
キョウカは走りながら身体をよじり、何とか頬を掠めた程度で凌ぐが前後左右様々な方向から枝は伸びてくる。
避けるだけではままならないと判断し、キョウカは金剛石の剣を振るった。
「ハオっ! 出来るだけ離れて下さい!! 巻き込んでしまいます!!」
無数の枝の槍と蔦の鞭に対抗すべく、斬撃を複製し同時に何本も切り落としていく。
例え精度が悪くとも、長く伸展した枝は格好の的だ。
しかし、攻撃を全て対処できているという思い込みが招いた油断だろうか。木陰より獣の影が複数飛び出した。
「なっ!?」
決して巨大では無いが明確な殺意を放つ狼のような亜龍がキョウカ目掛けて何体も飛びかかってくる。そのうち数体は枝の槍に貫かれ消滅してしまうが一部の個体がキョウカが切り落とした死角を縫って迫り来る。
敵の動きが素早く、複製した斬撃では捉えることができない。けれど枝への対処を辞めれば串刺しになってしまう。
獣の牙がキョウカに届こうとしたその時。
ハオが間に飛び出しその刀で牙を受け止めた。
「ハオ!?」
お陰でキョウカに被害は無いが、複製された斬撃がハオを斬り付けてしまう。
「無茶無謀は承知の上だ」
傷口を片手で庇い、ハオは刀身に齧り付いた亜龍を地面に叩き付けた。
そして昏倒する獣の頭を刃で貫きトドメを刺す。けれど枝の対処と亜龍の対処に追われてしまい、キョウカはその足を止める事となった。
「ままならんな、人生は。どれだけ策を講じても不測の事態一つで簡単にかき乱される」
愚痴をこぼしながら、キョウカと背を合わせ刀を構え直すハオ。
傷口からは、血液ではない真っ黒な何かが滴っていた。
「大丈夫ですか……?」
「気にするな。お前は枝を落とすことに集中しろ」
対峙するは憤怒の龍と無数の亜龍。絶対絶命も良いところだ。
――さて、思わぬ窮地だ。参ったものだな。
相手が憤怒の龍だけだったのならば、当初の予定通りハオが囮になる事で敵を撹乱できたのだがこれだけの亜龍に囲まれていると話は変わってくる。
亜龍はハオを狙わない。つまりその矛先は全てキョウカに向かっている。いくらキョウカが強くなったと言ってもこれだけの数の亜龍を同時に相手取るなど不可能だろう。
翼を持った小さな亜龍が矢のようにキョウカ目掛けて飛来してくるが、ハオは近場に転がっていた石ころを投射してたたき落とした。落下した亜龍はそのままヘビのようにうねる蔓の波にのみ込まれてゆく。
迫り来る枝の槍と蔦の鞭を切り裂くことができなければ次は自分がそうなると実感したキョウカは唾を飲み込み剣の柄を強く握りこんだ。
亜龍に囲まれ憤怒の龍の森に包まれ、同じ場所に立ち止まって剣を振るい続ける事しかできない。打開策の見えない持久戦、このままでは力尽きるのも時間の問題だ。
――こんなところで、諦める訳にはいかない……っ!
キョウカは必死に考える。
ストライフの龍殻を真似て複製するか? いや、身を守る砦にはなるだろうがそこまでだ。キョウカの剣は龍殻の紛い物を作る事はできても動かす程の力はない。
ナイトメアの死毒を限界まで解放するか? いや、周囲の木々と亜龍は黒い灰となるだろうがきっとキョウカ自身も大地に帰っているだろう。
考えがまとまらない。
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