26話 まさかとは思ったが
また誰かの記憶が、脳裏を過ぎる。
戦えど、戦えど、事態は悪い方へと流れていく。
それでも、示された道を信じて進むことしか出来ない。
与えられた意味を信じて進むことしか知らない。
進み続ければ、きっと未来が見えると思っていた。
……自分の足で、歩んでもいないのに。
◇ ◇ ◇
キョウカは一人、ナイトメアの領域から脱出する。
「話はついたか?」
そこでは、待ち構えたかのようにハオが立っていた。
「はい」
「そうか。よくやったな。――だが、悪夢の龍は健在な様だが?」
「それが――」
キョウカはハオに、ナイトメアとの計画を伝えた。
「なるほど、な。確かに悪く無い作戦だ。しかし、チャンスは一度きりだというのは弁えているな?」
「今度こそ、負けません。それで、憤怒の龍の足跡は判りますか?」
「ああ、用意しておいた」
そう言ってハオはキョウカに地図を渡す。
「ありがとうございます」
「さ、行こうか」
「あ、それがですね」
先導しようとするハオをキョウカは呼び止めた。
「どうした?」
「えっと、あの。ナイトメアがですね……」
もじもじきょろきょろと鼓動不審な素振りを見せるキョウカに、ハオは首を傾げる。
「かの龍がどうかしたのか?」
「その、ここまで何があったのか聞かれたので色々お話したのですが……どうにも、ハオの事が気になるようで……一度会ってお話したいと……」
「……俺がか」
「はい……」
ナイトメアと言葉を交わす。たったそれだけの事でも容易ではない。
かの龍に自ら近づくという事はそれだけで命を失っていく。キョウカにはストライフの力があったから良かったものの、何も対策をしなければ肉体だって蝕まれてしまう。
そもそも。龍と対話するなんて行為自体とても勇気が必要な事だ。
キョウカでさえ、未だに酷く緊張する。それが一般人ともなれば相手の気まぐれ一つで簡単に命を奪われるのだ。まともな精神状況で会話できる者なんて殆ど居ないだろう。
ハオはどうにもその一般人、という枠には当てはまらないようだがやはり会話というのは上手く行かないように思えるので必死に説得したが……。
『大丈夫だって。ちょっと顔見るだけだ』
と、言って聞いてくれなかった。その『ちょっと』ですら人間には致命的になり得ることが判らぬ程愚かな龍では無いはずなのだが……。
キョウカは当然ハオは渋るだろうと考えていたため、どうしようか悩んでいたのだが。
「なら、仕方ないな」
「え?」
ハオは特に動揺もせず、くるりと踵を返してキョウカとすれ違う様にナイトメアの領域の方へと進む。
「え、え? 良いんですか!? そんなあっさり!?」
「害意が無いなら恐れる必要もない」
「ですが、毒が……」
「今更十年や二十年寿命が縮んだところでなんて事も無いだろう」
確かに、少し気を抜けば明日にでも命を失いかねないこの世界で遠い先の寿命が減る事を深く気にする事は無いのかも知れない。
でも、だったらなんでナイトメアとの戦いの時には同行してくれなかったのだろうか。ハオはキョウカにとって保護者の様な存在だ。居てくれるだけでも心強いのに……。
「すぐに戻る。少し待っていてくれ」
「は、はい」
ハオはキョウカと別れ、悪夢の龍の領域へと進んでいった。
◆ ◆ ◆
紫色の霧の中、あどけない賢者は死毒を意に介する様子も無く踏み込んでいった。特に濃い霧を通り抜けたその先で、ナイトメアの本体があぐらをかいて座っている。
そして、片手を挙げて気さくに声をかけた。
「よお」
対してハオは深々と礼をする。
「お久しぶりです」
「まぁ、座れよ」
「いえ、このままで」
互いに戸惑う様子も無く、当たり前の様に言葉を交わす二人。
「まさかとは思ったが、やっぱりお前ぇの差し金だったんだな」
「差し向けた訳ではありません。全てはキョウカが自ら選んだ事です。俺は、無責任に見守っていたに過ぎない。ただ、キョウカに生きていて欲しかった……それだけです」
ハオはゆっくりとナイトメアに近づき、向かい合うのではなく横に並んだ。
そして、二人は顔を合わせないまま会話を続ける。
「で、どういう事なんだよ。その格好」
「どうもこうもありません。これが俺の本質という事でしょう。……どこまでいこうが何をしようが所詮、愚かな子供のままという訳です」
「本質、か。なるほどねぇ。……止まったままって事なんだろうな」
そしてその言葉を最後にナイトメアは空を見上げる。すると同調するようにハオも視線を上げた。暗く淀んだ禍々しい大空を見つめて、二人は言葉を交わさずに時を重ねる。
長くて短い沈黙を経て、ハオは一歩進む。
「……あまり感傷に浸っても居られない。そろそろ戻ります」
「いや、最後に一つだけ確認させてくれ」
ナイトメアは顔をハオに向けた。
「……『お前の望み』はなんだ?」
ハオは、前を向いたまま首だけを僅かにナイトメアの方に向けた。
「俺の願いは今も昔も変わりません」
そう言うと、続いて対峙するように身体の方もナイトメアの方に向けた。
「『人の世に安寧を』。龍なんて存在は、この世界には必要無い。故に、全ての龍が眠りに就く事こそが俺の願いです」
「そう、か」
ナイトメアは立ち上がりハオに背を向ける。
ハオは物憂げな表情を作り、同じくナイトメアに背を向けた。
「――俺を、恨んではいないのですか?」
二人は背中合わせのまま少しずつ離れていく。
「当たり前だろ」
少しずつ、声が遠くなっていく。
「最後に会えて良かった。付き合ってくれてありがとうな」
最早音など聞こえなくなるほどに離れてしまったのに、二人は尚も言葉を紡いだ。
「どうか、安らかなる眠りと良き夢を」
やがてハオは紫の霧、ナイトメアの領域から抜け出した。
対してナイトメアの方は首を左右に捻ったり腕をぐるぐると回して身体の調子を整えつつポツポツと歩いている。
「こっちの台詞だってーの」
武器と鎧の様子を確認しつつ向かう先はただ一つ。
キョウカ達とは逆の方向から挟み込むように、憤怒の龍へと近づいていった。
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