25話 龍の友、か。大したヤツだよ、本当に
「んっ……あ……」
半日程して、キョウカは漸く目を覚ます。
「ふあ……」
よく眠った筈だが身体がだるい。それに手足から痛みを感じる。意識が途切れる直前になんとか身体保護をかけ直していたが、確認してみると戦いの消耗のせいで末端まで行き渡らず指先や足先が少し壊死していた。
――あと、半分。まだ、半分。もう少しくらいは無茶しないと。
自然治癒なんて待っていられない。というかそもそも治るのかも判らない。
キョウカは覚悟を決めて歯を食いしばり、目をギュッと閉じて左手の指の第1関節を切り落とした。
「ぐっ――つぅ……!!」
そして、すぐさま血肉を複製する。それで指は元通りになったものの、無くなった部位を複製したところで痛みがすぐに消える訳では無い。
キョウカは暫く左手を抱えて地面を転げ回っていた。
――痛いっ!! 戦いの時は全然気にならないのに、こういう時は普通に痛いっ!!
左手を胸に押し当てながら涙目で悶えるキョウカ。だが――
「これが、あと三回も……」
心が折れそうになるが、どんなに痛くても傷自体はすぐに埋めるんだし出血多量の心配は無い。命に別状は無いはずだ。なら、命懸けの龍との戦いに比べたらなんてこと無い。
……と、必死に自分に言い聞かせて次は右手に処置をする。
「ぁっ……!!」
が。やっぱり痛いものは痛い。
「うぅぅ……ストライフ、何か痛みを誤魔化せるようなモノは知らないんですか!?」
最早なりふり構っていられず、まるで目の前にストライフが居るかのような独り言を呟いて、キョウカの頭の中に複製されているストライフの記憶の中を探る。
そして検索の結果が、友ならばこう言うであろうという台詞で返ってきた。
『知らない。痛みは命の証明だよ。気持ちいいじゃん?』
――のぉぉ……。
ストライフにとって痛みとは生きているという実感をもたらす唯一の感覚だった。そんなものを遮断しようだなんて考えるはずも無い。
結局、泣きべそを掻きながら何とか残りの指を取り替えた。
その後痛みの余韻に歯を食いしばっていると、
「便利なもんだな」
少し離れた場所であぐらを掻いていたナイトメアが感心したように呟いた。
「ぐぐ、ぎ、ぁ、おは、ようござい……ます」
キョウカは痛みを必死に振り払う。
「なぁ、その力でオレの鎧直せないか? 流石に胸が涼しすぎるんだ」
「ぅ、あ、は、はい、すいません。すぐに!」
キョウカは慌ててナイトメアの鎧を複製した。ただ複製しただけでは金剛石の剣から離れると消えてしまうので、中心部に宝玉も複製する。
図らずもちょっとしたアクセントになって良い感じだ。
複製の力を自在に使いこなすキョウカの姿を見て、ナイトメアは改めて問いかけた。
「……なぁ。聞いて良いか」
「はい、なんなりと」
「結局、お前とアイツ……お前らがストライフって呼んでるヤツと何があったんだ?」
ナイトメアの言葉に、キョウカは少しだけ表情を曇らせ、俯いた。
しかし無理矢理笑顔を作ってストライフとの日々をかいつまんで説明した。
ナイトメアは特に疑う様子も、戸惑う様子も無く静かに耳を傾けている。
フルフェイスの兜の奥では、一体どのような顔をしているのだろうか。
全てを聞き届けた後、ナイトメアは淀んだ空を見上げる。
「死の間際だったってのに、笑ってたのか……」
過去を懐かしんでるような、ストライフを追悼しているような、そんな様子だ。
「やはり、龍同士面識があったのですか?」
キョウカの問いに対して、ナイトメアは悲しげに小さく笑った。
「特に仲が良かった訳でもねぇんだ。仕事柄、大昔に二、三回顔を合わせたくらいでつい最近、問答無用で襲われたのが幾年ぶり会合だった」
――ああ、あの時ハオと一緒に見た龍の接触ってそういう……。
鋼の天馬のような龍殻に嬉々として襲いかかる師匠の姿が容易に想像できて、キョウカは思わず苦笑いを浮かべる。
「だが、一応仲間……だったからな。向こうはそんな事考えても無かっただろうが。俺が思っていたような最期じゃなかったのは、少し安心した」
何処まで義に厚く、心優しい龍だろうか。
「龍の友、か。大したヤツだよ、本当に」
「わわ!?」
ナイトメアは機嫌良さそうにワシャワシャとキョウカの頭をなで回した。鋼鉄のガントレットで包まれた指先が擦れてやや痛みを感じるがナイトメアとの心の距離が漸く近づいた様な気がして少し嬉しい。
「さて、なごんでばかりも居られない。状況を整理するぜ」
「は、はい」
キョウカは憤怒の龍と戦い、その最中に魂沌の龍と同質の力を浴びて精神を撹乱された末に敗北した。その力に対抗すべくナイトメアの力を借りる事が目的である事を伝える。
「なるほど、な。確かにお前の考えは正しい。オレの毒は無差別に命ある物を蝕む。それは、例え力の主であるオレ自身ですら例外じゃねぇ。例え我らが〝王〟でも、オレの毒は十分に効果がある――が、一つ念を押す」
自分自身すら蝕む龍の猛毒。そんな代物をその身に宿しながら、なぜナイトメアは長い時を生き延びたのか。
その理由は、「蝕まれても問題にならない程膨大な魂と繋がっている」からである。ストライフがそうであったように、全ての龍は〝王〟である魂沌の龍の魂と結びついているのだ。
だから、本来なら力の代償として失われていくナイトメアの生命力も魂沌の龍が肩代わりする形で保持されていた。
「つまり、だ。オレにはどうやったって〝王〟を倒す事は出来ない」
例え真龍であろうとも魂沌の龍の眷属であり、魂沌の龍という大きな存在の一部とも言える。
そのため、魂沌の龍が死すれば眷属である全ての龍も消滅するがその逆、例えばナイトメアが死したとしても魂沌の龍は力を一部失うだけに留まる。
「ま、オレに限った話じゃねぇ。他の真龍も一緒なんだがな。とにかく、何が言いたいのかっていうと――オレ達の〝王〟を倒せるのはお前だけって事だ」
人間でありながら、龍の力を授かり戦う者。
龍殺しの英雄でありながら、龍の友を名乗る者。
そんな修羅の道を歩む人間は、キョウカしか居ない。
「さて、以上の事を踏まえた上でお前らが憤怒の龍って呼んでるヤツについて捕捉するぜ」
憤怒の龍。大自然の豊穣を司るその力をして、嘗ては〝ファートル〟と呼ばれていたというその龍は魂沌の龍に最も親しい存在、側近とも呼べる存在であった。
故にその結びつきは強く、憤怒の龍との戦闘中に魂沌の龍の力が干渉してきたのは、単純に『魂沌の龍が憤怒の龍を助ける為に手を出した』というのだ。
「精神を撹乱される、なんて話じゃ済まない。もしもそれをオレの力を利用して克服したとしても、魂沌の龍は尚も介入してくるだろう。そして、戦いが激しくなれば確実に――降りてくる」
「……憤怒の龍との戦いは、同時に魂沌の龍をも呼び寄せてしまうというのですね」
龍達の絆。繋がりをキョウカは知らない。ストライフの記憶では彼女はただ独り、戦いの中に見える己の光だけを道しるべに生きてきた。故に、戦う事も許されない仲間の存在など下手をすれば敵よりも興味が無かった。
どこまでも義に厚く、心優しき龍、ナイトメア。
長き時を経ても尚、主たる〝王〟に忠誠を誓う憤怒の龍。
自我など無いように見えるのに、それでも家臣を守ろうとする魂沌の龍。
他の真龍達の結びつきは、想像以上に深く感じられる。
もう一度ストライフの記憶を探ると、龍達には常に〝敵〟となる存在が居た事が判る。
なら、龍達は〝誰〟と〝何の為に〟戦っていたのだろうか?
「ナイトメア。貴方達〝龍〟とは何者なんですか? 過去に何があって、魂沌の龍が世界を支配する事になったのですか?」
キョウカの問いに、ナイトメアは空を仰いだ。黒と新緑、黒紫の影に淀んだ空を見つめて頭を掻く。……兜越しで掻く事に意味があるのかは不明だが。
「んーオレの口から知ってる事を言っちまうのは簡単なんだがなぁ。オレだって最後の方は良くわからねぇし……お前はオレ達真龍と向き合い、救ってくれるって言ったよな?」
ナイトメアの確認に、キョウカは真剣な顔で頷き肯定する。
「なら、やっぱそれはオレ達の王――魂沌の龍から直接聞くべきだ。アイツが全ての元凶で世界を巻き込んで闇に落ちたっていう事だけは間違い無いんだからな」
「そう、ですね。すみません」
「お前はオレ達を――そして〝王〟を救いたいと言った。だから、オレはお前のその真っ直ぐな想いに全てを賭ける。オレが生きた証。そして、こんなオレを信じて死んだ仲間達の想い。全部、お前に譲る」
「はい」
「話を戻すぜ。オレ達の〝王〟の力は配下の龍全ての集合体と言える。オレ達真龍はその中でも中核だ。人間の身体で例えるなら、四肢そのものと言っても良い」
今の魂沌の龍は強大だ。近づくだけで心を壊されてしまう程に。
しかし力の中核である真龍達との接続が切れれば、大きな弱体化を余儀なくされる。
「全ての真龍が消えて漸く独りの龍として〝王〟と向き合える」
よって、憤怒の龍と魂沌の龍を同時に相手にとるという選択肢は初めから存在しない。例えナイトメアの助力があったとしても敵うはずがないからだ。
「だから――憤怒の龍を倒すまでは、〝王〟はオレが引き受ける」
その言葉に、どれ程重い意味が込められているのかわからないキョウカではない。
期待と、信頼。その重圧を背負い、息を呑んだ。
「……わかりました」
ナイトメアは、自身は魂沌の龍には絶対に勝てないと言った。そして、真龍が健在である限り魂沌の龍と向き合う事も出来ないとも。それらを踏まえた上で、魂沌の龍に立ち向かうというその選択の意味はただ一つしか無い。
「いつまで持つか、正直わからねぇ。オレが、オレ自身の毒にどこまで耐えられるか次第だからな。だけど、この具足と翼にかけて絶対に〝王〟を逃さないと誓う」
ナイトメアが魂沌の龍を押さえ込んでいる間に、憤怒の龍と決着を付ける。これがキョウカに与えられた次の試練であった。
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