23話 死んで行った奴らの想いは、何処へ行く?
「まず一つ問おう――死んで行った奴らの想いは、何処へ行く?」
攻撃と共に与えられた問いかけに、友の最期の笑顔が脳裏に蘇る。
大斧と地面の隙間に滑り込み、攻撃を避けて間合いを詰める。
「今を生きる誰かの心へ受け継がれる筈ですっ!!」
ストライフから確かに受け取った想い。キョウカの背中を押し続けるあの言葉が、この問いの答えだとキョウカは確信する。
キョウカは剣を天に掲げ、もう一度ナイトメアに振り下ろされた。言うまでも無い、己の全てだけでなく託された想いをも込めた渾身の一撃だ。
それを、ナイトメアは大剣で真っ向から受け止める。
「ならば、もう一つ答えろ!」
ギリギリと刃で刃を少しずつ押し返し、ナイトメアは言い放った。
「お前が背負ったその想いはッ、お前が死んだら何処へ行くッ!?」
「っ!?」
ドクン、と心臓が強く鼓動する。
キョウカの剣は呆気なく弾かれ、またも身体ごと吹き飛ばされる。
強かに地面に叩き付けられ、揺らぐ視界。
身体は震え、心臓が激しく脈動する。
ナイトメアの問いの真意が見えてくるにつれ、キョウカに動揺が走る。
「まさか……貴方は……」
ナイトメアが一歩ずつ歩み寄ってくる。そしてナイトメアが歩を進める程にこの異様な空間を支配する景色は移り変わっていく。
「沢山の部下が、俺を信じると言ってこの力の礎となった」
見た事もない無機的な物体が並ぶ施設と、綺麗に整列した幾人の人間の姿が見える。
「背中を預けた友が、後は任せたと死んでいった」
情景は荒野へと移り変わり、地面には無数の屍が転がっていた。人のモノ、亜龍のモノ、朽ちた武具のなれの果て、一部が灰となって崩れ去った木々。
「最期の時までオレの幸福を願い続け、眠りについた人が居た……」
白く美しい翼と髪を持つ龍と思わしき人物が、鎖に繋がれている。そしてその胸に大剣を突き立て、後悔するように崩れ落ちるナイトメアの幻影が現れる。
「幾つもの死を見てきた。幾つもの想いを聞き届けて来た」
そんな移ろいゆく幻を、ナイトメアは大剣で振り払う。
「オレが死んだら……アイツ等の無念は何処へ行く?」
ゆらりと片腕の大剣を空高く掲げ――
「オレが死んだら……アイツ等の死は何になるッ!?」
キョウカと同じように振り下ろした。
それは、今までのどんな攻撃よりも重い。
「っ……!」
金剛石の剣で受け止めるが、身体が潰されてしまいそうな程の圧力を感じた。目の錯覚か、ナイトメアが見せる夢か。目前の無骨な鎧騎士の姿がはるかに大きく見えてしまう。
「オレは生きなければならない。アイツ等の分まで……!」
ナイトメアは大剣を推す圧力が更に増す。
「そうじゃなきゃ、アイツ等が報われねぇだろっ!!」
言葉と同時に今一度大剣が持ち上げられた。そして、再び振り下ろされる。
反射的に、キョウカの頭に自身の身体が縦に分断されるイメージが浮かんだ。
咄嗟に剣の角度を変える。しかし、あまりの威力から受け流し切れずに弾き飛ばされた。
――これが……ナイトメアが背負うモノ……。
力一杯大地を踏みしめるが激しく摩擦を起こしながら視界が流れていく。
数メートル過ぎた辺りで勢いが死に、キョウカは片膝を付いた。
「死者の為に、貴方は生きるのですか……」
指先の感覚が無い。足は震え、ジンジン痛む。それでも、なんとか立ち上がった。
「判ってるさ。オレは生きてちゃいけねぇって事くらい」
鎧の騎士が一歩、迫ってくる。その足下から黒紫の霧が立ちこめ、荒れ果てた大地を更に蝕んでゆく。植物が、動物が、眠りに落ちるように地に伏し、黒い灰となって消えていく『悪夢』が、キョウカの目前に広がる。
「それでも。オレは死ねない」
もう一歩、鋼に包まれた身体が、キョウカへ近づく。
「例え、生きているだけで何もかも壊してしまうと判っていても。例え存在そのものが許されぬとしても。例えこの世全てがオレを憎しみ、疎むのだとしても。例え、悪夢の如き生だとしても――オレは生き続ける。アイツ等の死を、無意味なモノにしない為にも」
龍、異形の存在。その象徴たる背後の翼がとても、とても大きく見える。
真っ白で、穢れのないふわふわした美しい右翼。
真っ黒で、朽ち果てぼろぼろになった醜い左翼。
義に厚く心優しきナイトメアの内面と、その意志に関わらず自分自身すら蝕む猛毒を象徴しているようだった。
キョウカは上手く動かない指先にめい一杯力を込めて今一度金剛石の剣を強く握る。
心を交わし、想いを交わし、育まれた紛れもない絆の証。決して軽い剣ではない。
――ナイトメアが背負うモノの重みを、私は知っている。
たった一人の友との思い出ですらこんなに胸を暖め――同時に締め付けるというのに。
――ナイトメアが背負うモノの重みが、私には判らない。
何十、何百の同胞達の想いを背負ったかの龍の哀しみは計り知れない。
ハオに出会う前の日々を、キョウカは思い返す。
生きているだけで忌み嫌われ、誰にも理解されず一人世界を彷徨った。
――ナイトメアを蝕む孤独を、私は知っている。
それだけでも心が凍り付きそうな程に冷たく、苦しい旅だったと言うのに。
――ナイトメアを蝕む孤独が、私には判らない。
幾千、幾万の月日を生き続けたかの龍の孤独は計り知れない。
キョウカと同じ闇を見せた龍だからこそ、キョウカは気圧される。
自分という存在が、余りにも小さく感じられてしまう。
「オレは、死ぬ訳にはいかない。アイツ等の死に報いる意味を見つけ出すまでは」
気がつけば自分の足が僅かにずり下がっている。
「てめぇにも退けない理由はあんだろうよ。だがな、死んじまったらそれで終わりだ。死ねば、何も為し得ない。生きてさえいれば、いくらでも可能性はある筈だ。だから、命がある内に逃げてくれ。頼む……」
言い聞かせるようなナイトメアの言葉はキョウカの胸に深く食い込んだ。
――まるで、私だ……。
キョウカはすっかり戦意を失いかけていた。
腰が退け、視線が下に落ちる。
だが。キョウカの目に金剛石の剣が映った。
――ストライフ……。
否応にも無二の友人の姿が思い返される。そしてキョウカの中で記憶は連鎖し、複製されたかの龍の心までもが浮かび上がる。己が命の証明。至上の戦いを求め、満たされぬ乾きにあえぎ続けた龍の姿。
確かに、死んでしまっては何も為し得ない。そこで終わりかもしれない。
けれど、例え生きていても……ただ、生き続けているだけでは何も掴めない。
ナイトメアは一筋の光を求めて悠久にも等しい時を彷徨い続けた。
きっと、これからもずっとそうしていくだろう。
多くの仲間達の死を背負い、自身の毒で死んで行った者達の命すら背負い、生き続けるだろう。背負い続けた想いがどれ程重くのしかかろうとも。
背負った想いに報いる意味を見つけなければ、ナイトメアは永遠に苦しみ続ける。
戦いの果てにあるモノを求め続けた、ストライフの様に。
誰かが終止符を打たない限り、永遠に。
消えかけていた闘志の炎が、再び灯る。
キョウカが背負っているモノは、かの龍と比べればちっぽけなモノなのかもしれない。
そんなキョウカが龍を哀れむ等、どれ程おこがましい事だろうか。
そんなキョウカが龍を救おう等、どれ程おこがましい事だろうか。
それでも、キョウカは龍と向き合い、進むと決めたのだ。
例えこの身に余る無謀な行為であっても、命を賭して挑むと決めたのだ。
――そうだ。ハオは言ってくれた。間違っていないと。私の道を示してくれた。
そして、ナイトメアの問いが頭の中で繰り返された。
『お前が背負った想いは、お前が死んだら何処へ行く?』
その答えは、もうとっくに知っていた筈だったじゃないか。
浮かんできたのは、自分を救い、生きて良いのだと認め、この生き方で間違っていないと道を照らしてくれた……友とも親とも呼べる存在。
ストライフの想いを背負い、それでも尚命を賭すことに躊躇わなかった理由。
受け継いだ想いは、新たな誰かへと受け継がれていく。
例えこんな世界で無かったとしても、命ある物はいつか死にゆくのだ。それでも人間が生きるのは、誰かが遺した生きた意味を、違う誰かが引き受けて想いは巡り続けるから。
例えこの旅が上手くいかずとも。例え命を落とすことになっても、『キョウカと言う名の、龍と絆で結ばれた人間が居た事』をハオが覚えていてくれる筈だから。
だから――迷わず進むと思えたんだ。
ナイトメアは苦しんでいる。悠久の時を、先の見えぬ濃霧の中藻掻きながら生きている。それは、かの龍が背負った想いを、受け継ぐ者が居ないから……。
「聞いて下さい」
降りていた視線を、持ち上げる。
そうならば。キョウカに出来る事は、ひとつしかない。
ナイトメアを見据え、金剛石の剣を構え、続ける。
「貴方が背負う想い……私に、託して貰えないでしょうか」
流石のナイトメアも言葉を失った。
「私は、私という存在の全てを賭けて……魂沌の龍を倒します。魂沌の龍だけじゃない。憤怒の龍も、貴方も――真龍達を倒し、世界を、何より貴方達龍を救いたい」
高慢で、馬鹿げた夢かもしれない。けれど。
「ちっぽけな人間に過ぎない、お前がか?」
漸く開いたナイトメアの口から出た言葉の色は酷く冷たい。
「お前如きが、オレ達を――世界を救えると思うのか?」
「やってみせます。この剣に誓って! 私は、龍の友人なのだから!!!」
龍に歩み寄り、龍を理解し、龍と心をかわし、龍を倒す者。龍を救い、世界を救う。この夢は、高慢であっても、馬鹿げていても、
ストライフは最期に笑ってくれた!
ハオはそれで良いと言ってくれた!
だから決して間違いなんかじゃ無いはずだ。
「貴方の背負う想いは、決して無駄にはしません。ですから、私に託して下さい」
キョウカが、ナイトメアの背負う想いを受け継ぐ事。それが、かの龍の切望に応えうる、唯一の解答の筈なんだ。ナイトメアがキョウカを認め、想いを託したキョウカが夢を叶えることが出来れば。死んで行った者達の想いは無駄にはならない。
ナイトメアが長い生の中で追いかけるべき夢を見つけられないというのなら、キョウカ自身がその答えになればいい。
「……」
ナイトメアは再び沈黙する。
そして、改めてキョウカを値踏みする様に見据える。
「口だけならいくらでも言える。おいそれとくれてやる程、オレが背負う命は安くない」
右腕に大剣を携え、左腕では大斧を構える。
そうだ。力を伴わないならば。所詮は狂言、戯れ言にしかならない。
「龍を救うだと? 世界を救うだと?」
ナイトメアが纏う気配が変わる。
「そんな大口を叩くんだ。なら――」
キョウカはその殺気をちりちりと肌で感じ取る。
「力を示して見ろ、人間ッ!!」
あくまで牽制に徹し、キョウカを逃がそうとしていたナイトメアの剣筋が、変わる。
キョウカを見定めんと繰り出されるのは紛れもない殺意の剣。
ナイトメアを納得させるだけの光を示す必要がある。絶対に、負けられない。
「オレに敗れる程度なら、世界なんて救えやしねぇ!! そこまで言うなら倒してみろ、乗り越えてみせろ!! 本気の龍の力を!!」
未来を賭けて、あるいは未来を求めて、二人はその剣に込めた想いをぶつけ合う。
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