21話 諦めろ、お前ぇはオレに触れることすらできやしねぇよ!!
「これが、悪夢の龍の毒」
キョウカは立ち尽くしていた。目の前には紫の霧が漂っている。周囲は渇いた大地と砕けた岩が転がるばかりで生命はおろか亜龍の気配すら感じない。
明らかに異様な、それでいてある種の神秘を感じる空間、龍の領域。
並の人間ならば、踏み居れば後戻りする事はできない。
キョウカが一歩、その足を踏み出す。
「……っ!?」
霧の中に完全に全身が包み込まれた時。ドクンと心臓が脈打つのを感じた。
痛みがある訳でも、目眩がする訳でもない。なのに、身体が震える。
身体の芯から、生きる力そのものが零れ落ちていくような感覚。
本能が告げる、こんな所に居てはいけないと。
だが、引き返すつもりはない。
「……頼りにしてますよ、ストライフ……」
剣の宝玉に語りかけるように、一人言葉を漏らすキョウカ。宝玉は藍色に輝く。少しずつ、しかし着実に削られていくキョウカの魂を複製し、補填していく。
「この状況では複製の力を他の事に回している余裕はなさそうですね……」
まだ、この付近の霧には視界を奪うほどの濃さはない。しかし遠くを見渡せばそこには光すら遮る黒紫の霧が壁のように存在しているのが判る。悪夢の龍はまず間違い無くそこに居る。
一歩、また一歩と重い足を持ち上げて、キョウカは突き進む。兎に角今は時間が惜しい。少しでも早く、少しでも多く進まなければ。
気がつけば、周りが見えない程深い霧に包まれていた。
『止まれ』
がむしゃらに歩を進めているとくぐもった声が降ってきた。
キョウカは言葉に従い、立ち止まる。
『人間がこんな所に何の用だ』
周囲を見渡しても声の主の姿を見つける事はできない。しかし、その正体は考えるまでもないだろう。
「悪夢の龍ですね。私は、貴方と言葉を交わしたく参りました」
キョウカは臆すること無く、嘗て闘争の龍にそうしたように真摯な対応を心がけ、返答する。
例え人智の及ばぬ力を持っているとしても。龍が、心ある生命であると知ったキョウカには既に龍への恐怖は存在しなかった。
『オレはその力を知っている』
ふと、視線を感じる。気配は、キョウカの剣に興味を示している。キョウカの魂を維持する為に藍色に輝き続けている金剛石の剣。闘争の龍に贈られた、大切な絆と想いの結晶。
『おめぇが、龍を討ったんだな』
「……はい。私がストライフの戦いに、引導を渡しました」
キョウカは思わず苦い顔を作る。誠実に振る舞うならば、事実を誤魔化すことは出来ない。故に、例えそれが胸を抉るような言葉であっても、口を閉ざす訳にはいかない。
『人間如きが、どうやって龍を討ったのかと考えてたが、なるほどな。アイツの力を奪い取ったって訳か。納得いったぜ』
「っ! 違います! この力は、決して奪った訳では――」
『黙れ! てめぇと闘争の龍の間で何があったかは知らねぇし、興味も無い。だが、てめぇが龍を殺したって事と、オレの前に現れたって事だけが全てだ!!』
刹那、霧の中から鋼の刃がキョウカの目の前に振り下ろされた。
「な、何をっ!?」
驚きつつも後方に跳躍し、剣を構えるキョウカ。
『失せろ! オレはまだ、死ぬわけにはいかない! 殺される訳にはいかないんだ!!』
完全に虚をつかれた不意打ち。それは悪夢の龍の最終警告だった。
そして、視界を覆い隠していた霧が突如として薄くなっていく。だが、身体の芯に残り続ける虚脱感は変わらない。ただ、視界だけが開かれたようだ。
目前に現れたのは、巨大な馬のような存在。その肉体は余すことなく金属質の鎧に包まれている。前脚の装甲には鋭利な刃。そして背面に白く美しい翼と、ボロボロで朽ち果てた黒色の翼が見える。
「待って下さい! まずは話を聞いて下さい!」
『話すだけ時間の無駄だ! 命が惜しけりゃとっとと帰るんだな!』
言葉と同時に天馬の龍が身体を持ち上げた。そして孤を描くように前脚を振るう。
最早警告や威嚇ではすまない。正真正銘、キョウカを排除するために放たれた攻撃だ。 キョウカは咄嗟に金剛石の剣を盾にして攻撃を受け止める。
「っ!?」
次の瞬間、キョウカの身体は宙を舞った。しかし、キョウカ自身はその事実に困惑する。
――バカな!? 確かに攻撃したのか!?
剣で攻撃を防いだという手応えも、逆に、防御に失敗して身体を引き裂かれたような感覚も一切無かった。だのに今、キョウカは大地に叩き付けられている。
受け身を取ってすぐに身体を起こすが、迂闊な動きができない。
『ぶっ飛べ!!』
後ろ脚で何度か地面を蹴りつけ、勢いよく悪夢の龍が飛び出す。
――受け流すっ!
悪夢の龍に対して身体を斜めに構え、今度は確実に攻撃を防ぐ為に剣の刃を盾状に展開する。悪夢の龍の突進を紙一重で躱そうとしたその時。
凄まじい重圧が、盾から押し寄せる。
「くっ、ぅ……!」
それは、異様な光景だ。悪夢の龍の身体には確かに触れていない。その筈なのに。まるで空気が壁になっているかのようにキョウカはずりずりと身体を引きずって押し出されはじめていた。
『諦めろ、お前ぇはオレに触れることすらできやしねぇよ!!』
悪夢の龍が天を仰いで嘶く。そしてキョウカの身体は再び空へと投げ出された。
『オレの前から消えろ』
「ぁあ!?」
強かに地面に身体を打ち付ける。全身に鈍い痛みが走るが、なんとか立ち上がった。
先の、憤怒の龍との戦い。そして今の悪夢の龍の戦い。
龍殻との真っ向勝負を、決して甘く見ていた訳では無い。
しかし、ここまで一方的なのかとキョウカは悔しさに奥歯を噛みしめた。
憤怒の龍も、悪夢の龍も、その素顔を見ることすら叶わないというのか。所詮人の身では、龍を打ち倒す事なんてできないのか。
――いや、まだだ。私はまだ万策を講じた訳じゃ無い・・・・・!
キョウカは決して消えない闘志を瞳に宿していた。
――そうだ。この程度の窮地がなんだ。まだ、戦いは始まったばかりじゃないか!
敵の攻撃の正体が掴めていない今、無闇に動き回ればそれだけ虚を突かれ致命傷を負う恐れがある。だが、様子見をしているだけでは勝負の流れは変わらない。
『……なんで、まだ立ち向かってくるんだよ。バカなのか、テメェはよぉ!!』
呆れた様な、どこか悲しげな怒号が響く。
「諦めるつもりなど、毛頭ありません……! 私の願いは、変わらない。話を、貴方の話を聞かせて欲しい、それだけですっ!!」
――せめて龍殻をどうにかすれば少しは耳を貸してくれる筈っ!
悪夢の龍も憤怒の龍も、人間と会話することそのものを拒んでいる。だが、言葉を交わせなくては何の意味もないのだ。邪魔だから、憎いから、それが人の為だからと建前を並べて排除する。それだけはキョウカには絶対にできない。
キョウカは知りたいのだ。
どうしてそうして人間を拒絶するのか。かの龍が何を考え、何を想い、何を願っているのか。
例え、最後には相容れない存在であるとしても、解り合うことはできるのだと知ったのだから。
心通わせる事が出来るのだと、確かに体験したのだから。目を背けず、真っ直ぐにその心と向き合うのだと誓ったのだから!
渾身の一振りを龍の片足に叩き付けた。
すると、甲高い音が強く響き、剣がせき止められる。
――っ……なんだ、この手応えの無さは……!?
一見、単に金属の鎧によって刃が受け止められただけのようにしか見えないがキョウカは己の手元を訝しげに見つめた。手応えに明確な違和感があるのだ。
確かに衝突音も聞こえた。剣も止まった。
なのに、何故かまるで『斬っている感覚』が無い。
『しつけぇよ! テメェには何もできやしねぇ! 戦うだけ無駄なんだよ!』
悪夢の龍が咆哮し、軽く払いのける様に前脚を蹴り出す。キョウカは剣ごと弾かれ、三度跳ね飛ばされた。更に今度は足の刃で腕に傷を付けられてしまう。
「ぐ……ぅ……!」
よろめきながら尚も立ち上がるキョウカ。
――何故だ!? どうしてここまで一方的なんだ!?
手も足も出ないまま時間だけが過ぎていく。悪夢の龍との戦いが長引けば長引く程に龍の毒によって身体の芯から蝕まれるという事実がキョウカをあせらせる。
突破口が何一つ掴めない。まるで一歩先も見通せない霧の中を藻掻くように進む遭難者のようだ。足掻けば足掻く程に、ただいたずらに体力を消耗していく。
――一度落ち着くんだ......! 煮詰まった思考じゃ良い策なんて浮かびはしない!
キョウカは己の頬を平手で強く叩き、一度深呼吸をした。
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