20話 オレは……生きないといけないんだ
「間一髪だったな……」
ハオの、声が、する。
「ううっ……」
キョウカはなんとか身体を起こす。もう意識を失うことに慣れ過ぎて復帰するのが早くなってきたようだ。
「変な癖がついてきたような……」
「無事か、キョウカ」
「あ、はい、なんとか……」
キョウカは周囲を見渡す。周りには瓦礫と枯れ果てた木々が無数に点在した。
どうも今自分が居る場所は深い溝で囲われた孤島の様な地形らしい。
「一体何が起こったんですか? ここは一体……」
「跳んだんだ。ひとまず、ここが何処かは今から確認してくる」
「跳んだってどういう……」
キョウカの問いに、ハオは一瞬戸惑いを見せる。
そして何かを考えるような素振りを見せた後に、口を開いた。
「企業秘密だ」
「は? き、ぎょ……?」
「いずれ教えてやる。今は気にしないでくれ」
ハオの言葉に戸惑うキョウカだったが、余計な詮索はしないと決めている。
ここは彼の意志を尊重して受け流すことにした。
「見渡す限り近場に森林が確認出来ないのは憤怒の龍から大きく離れてしまったと考えるしかない」
憤怒の龍は生命を育む。その力の影響力は凄まじく、憤怒の龍が通り過ぎた道には本来なら成長に数十年要する樹木が無数に並び立つのだ。そのため、憤怒の龍の活動範囲近辺には青々とした緑が鬱蒼と生い茂る。
「この荒れ様は少し嫌な予感がする……出来るだけ警戒を解かずに身体を休めておけ」
そう言うとハオは長大な杖を背負い、駆け出す。
「き、気をつけて下さいね!」
小さな背中は、振り返ることなく。片腕だけを上げて答えた。
「誰に言っている。すぐ戻るから、安心しろ」
ハオの姿が完全に見えなくなったのを確認してキョウカはその場に腰を下ろした。
「……待っている間に、先の戦いを振り返ってみましょう」
改めて、先の戦いの反省をする。
「戦闘自体は問題無かった筈。でも、あの霧が心を乱してくる。どうするべきでしょうか」
憤怒の龍が黒い霧を纏った時から何も出来ずに敗北した。アレは恐らく魂沌の龍の力で、憤怒の龍を護ろうとしたのだろうと推察する。
「ストライフにはあの霧は現れなかった。やはり、憤怒の龍は魂沌の龍に親しいが故にその加護を受けているのでしょうか?」
もし仮にそうだとすれば。憤怒の龍と戦うと言うことは魂沌の龍も同時に相手取る覚悟が必要になる。
「……どう、動くべきでしょうか」
琥珀色の剣を傾け、その輝きを眺めつつため息を零した。
ストライフには力を託され、背中を押された。
その気持ちを決して無駄にしてはいけない。
漸く見つけた己の生きる意味、目的から逃げる訳にはいかない。
しかし。やはりキョウカ一人では知識も経験も足りず。
うんうん唸ったところで推測や妄想の域を超えられなかった。
結局、ハオの意見を聞く必要がありあそうだ。
◇ ◇ ◇
「戻ったぞ」
暫くして漸く戻ってきたハオの姿に、キョウカは嬉しそうに立ち上がる。
「おかえりなさい! どうでしたか?」
「近場を探索してみたが……見ての通り何処も荒れ果てていた。恐らくだが、悪夢の龍がごく最近この辺りを通り過ぎたのだろう」
「存在するだけで他の生命を蝕む呪龍、悪夢の龍……」
ハオにその名を聞かされ、改めて悪夢の龍の情報を整理する。死と破滅の象徴。何人たりとも寄せ付けない、死毒の厄災。
「憤怒の龍は生命と自然の象徴でした。悪夢の龍の力なら憤怒の龍が茂らせる木々や黒い障気に対抗できないでしょうか?」
「悪夢の龍の毒は魂あるモノ全てを蝕む。例え相手が憤怒の龍であれ魂沌の龍であれ、命ある生物だ。かの龍の毒が通じる可能性は十二分に存在するが……」
ハオはキョウカの身体を見つめて言い淀んだ。
「……それだけの猛毒を扱うと言う事は私自身蝕まれて当然、と言うことですね」
「そもそも、その作戦は前提として悪夢の龍と対峙し無事に生きて帰還する必要がある。戦闘になるにしろならないにしろ大きな消耗は免れない」
「ですが、憤怒の龍に敗れた以上他に選択肢はありません」
「……そうか。なら悪いが今回はバックアップを期待するな。俺もそうそう近づける存在じゃないからな、アイツは」
ハオはそう言うと紙切れをキョウカに渡す。
「高所から記録した付近の地図だ。といっても悪夢の龍は足跡が判りやすいからな、そうそう迷うことは無いだろう」
「ありがとうございます」
「判っていると思うが、闘争の龍の時の様に長い時間を掛ける訳にはいかない。悪夢の龍の力の影響範囲に入ってから少なくとも三日以内には決着を付けろ」
「はい。それでは、行って参ります」
◆ ◆ ◆
枯れ果てた荒野に佇む、1つの巨影があった。
『……空の淀みが、一つ消えた』
全身を金属の鎧に包まれた天馬のようなその者の周囲には黒紫の霧が漂っている。
『……〝王〟の力が弱まっている』
天馬の龍は胸の奥に繋がる心の喪失を感じていた。
『……まさか、他の龍が討たれたのか?』
壊れた大地、空虚な世界に座して幾数百年。龍達は各々秘めたる願望にしたがって生きてきた。打ち倒すべき敵は既に存在せず、行き場を失った力は脅威として恐れられている。
龍を超える生命など最早この世界には存在しない。故に、龍は不滅だった。
『……何が起こってやがる』
間違い無く、世界に異変が起きている。それだけは疑いようがない。
『……オレも、討たれるのか?』
一抹の不安が、かの龍の心に影を差す。
『……嫌だ。オレはまだ、何も、見つけちゃ居ない。オレはまだ、死ぬ訳にはいかない』
強大な力を持ち、敵など存在しない。にも関わらず、悪夢の龍はその胸に常に恐怖を宿していた。
『オレは……生きないといけないんだ』
かの龍の切望は、呪いのようにその心を締め付ける……。
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