15話 〝龍の尾撃〟
激しい火花と水晶の欠片が無数に飛び散る。
二つの人影が何度も、何度も剣を打ち付け合い、その度に鋭い音が大気を引き裂く。
「まだまだ、準備体操に過ぎないよ!」
失われた左腕を水晶で複製した義手で誤魔化し、二振りの黒金の剣を振り回すストライフに対抗すべく、キョウカもまた琥珀の剣を複製して両手に構え攻撃を相殺する。
「心得ていますっ……!」
現在、お互い武器を二つ手にした以外に複製の力を使っていない。まさしく、身体を温める為のウォーミングアップだ。
ストライフの剣筋には一切の容赦がない。
第一刀に首筋の両断を狙う必殺の刃が飛んできて、防がざるを得ない。
しかしすぐさま第二刀が防御が手薄になった脚部を追撃する。
致命傷さえ避ければ傷は塞ぐことは出来る。だが傷の痛みは誤魔化せず、一瞬の判断を狂わせる。当然ストライフはそんな隙を見逃しはしない。
続けざまに第三、第四の刃が迫り来る。
腕と腹が裂かれるも、身をよじりながら反撃を繰り出した。
「んっ! 良い反応、だねっ!!」
痛みは同時に、戦いの感覚を研ぎ澄ませる。少しずつだが確実に、僅かに残るキョウカの迷いを消し去っていく。
「えへへ、でも、もっとだ! もっとだよ!!」
片足で地面を強く蹴り、ストライフが遠くへ後退する。
両手の剣を二刀とも投げ放ち、牽制しつつ新たに武器を複製する。
回転しながら飛来する2つの剣は空中で4つ、8つと分裂していく。
ストライフが力を解禁した事に合わせて、キョウカもまた剣の力を解放して応戦した。
琥珀色の防壁が刃の行く手を阻む。
「さぁ、これがボクの本当の得物だ!」
ストライフの右手には一本の鉄の棒。その先端に左手を重ね、一瞬力を込めると両の腕を大きく広げる。右手の鉄の棒と左の手の平の間に無数の鉄鎖が生成されていく。棒を振るい、鉄の鎖を鞭のように打ち付ける。暴れ狂回りながら鎖はどんどん延長して行き、先端に鈍く輝く鈍重な球体が現れた。
球体は大きな遠心力を伴って、隕石のように琥珀の防壁に迫る。
「っ!?」
一瞬、キョウカは金剛石の防壁に複製の力を更に回して攻撃を防ぐ事を考えた。しかしすぐさまその発想を投げ捨て壁から離れた。そしてその読みが正しかった事が次の瞬間には思い知らされる。
鉄球が防壁に衝突した、次の瞬間。大気が弾ける程の衝撃が炸裂する。
防壁は一瞬にして砕け散り、琥珀色の欠片がキラキラと飛び散って消えていった。
「〝斬撃〟の複製は難しいけれど〝衝撃〟は複製しやすいんだ。懸命な判断だよ」
斬撃は刃が獲物に接触した状態で連続する力の推移によって発生する。そのため瞬間毎の連なる現象を全て複製しなければならない為、ストライフであっても処理しきれず、複製座標もずれて、数も少なく、牽制以上の事が出来ない。
対して衝撃は物体が衝突したその一瞬に力が放出される為、その瞬間さえとらえれば複製は簡単だ。その為威力を何倍にでも複製できる。
金剛石の壁すら一撃で粉砕するほどの威力は、〝龍の尾撃〟と呼ぶに相応しい。
「さぁ、ボクをもっと楽しませておくれよ!」
鎖に繋がれた鉄球が再び踊り狂う。あんな物を生身に受ければ手当などする間もなく力尽きるだろう。キョウカは脚に力を込め、全力で駆け出した。
――武器の構造上どうしても接近戦には対応し辛い筈っ!
迫り来る鉄球を大げさに回避し、ストライフとの距離を詰めた。鉄球の着弾地点には鉄球そのものの直径を大きく超える破壊痕が残され、その威力を知らしめる。
「甘いっ!」
順調にストライフとの距離を詰めていた、その時。
鉄球を繋いでいた鎖が突如バリンと水晶の割れる音と共に消滅する。鉄球はストライフの制御を離れ宙に放り出された。突然変化した挙動にキョウカは思わず歯がみする。
改めて鉄球の軌跡を予想し、攻撃を回避しようとした。
しかし。
「なっ!?」
突如、キョウカの四方八方に全く同じ速度で突撃してくる鉄球が現れた。
囲まれ、逃げ道が塞がれている。このままでは普通の方法では避けきれない。
「っ!」
キョウカは咄嗟に真上を見上げた。幸い、頭上から迫り来る鉄球だけは存在しない。
――誘われているっ! でも、乗るしか道がない……!
迷っている暇は無かった。力強く跳躍すると共にその力を複製する。脚に鈍く重たい衝撃が走るが、キョウカはその背丈を優に超える尋常ならざる高度まで飛び出した。地面に殺到する鉄球には最早目もくれない。飛び上がってすぐ、ストライフの動向を警戒した。
「待ってたよ、さぁ、ここからが本番だっ!!」
次の瞬間、大空にいくつも浮島が発生した。土塊が宙に浮き、留まり続ける異様な光景。
そして、ストライフもまた脚力を複製して空へ飛び出す。
放たれた矢のように直線的に浮島に到達し、そのまま浮島を蹴り飛ばして再び空を舞う。
鋭角に何度も角度を変えながら、蒼い流星の様にキョウカへと迫り来る。空中では受け身が取れない。このままストライフの攻撃を受けたらそれはもう致命傷を避けられない。
キョウカは咄嗟に剣を複製し、次にストライフが到達するであろう浮島に投げ放った。
そして本来の剣の刃を消し、強く抱きかかえる。
ストライフがキョウカに突進すべく、最後の浮島を力強く蹴りつけたその時。
跳躍後自然落下していたキョウカの身体が、突如あり得ない速度で直線的に移動した。
「!?」
軸がずれ、キョウカとすれ違うストライフ。
そのままキョウカは強かに地面に身体をぶつけるが、何とか立ち上がった。身体中が軋む。骨が幾らか折れたかもしれない。剣に刃を復活させつつ己の身体も修復する。
大地に着地したストライフの表情は、まるで遊戯に没頭する幼子の様に輝いていた。
「ボクが島の道を蹴った力を複製したんだね。フフフ、いいねぇ! 楽しいよ、嬉しいよ!」
ストライフは嬉々として笑うが、キョウカは苦い顔をせざる終えない。それもそうだろう。何とか対応してはいるものの防戦一方だ。このままでは、体力が持たない。
――どうにか攻勢に出ないとっ……!
ただ単に攻撃に出ただけでは全て凌ぎきられてしまう。
ストライフを確実に倒す必殺の一撃を叩き込むしかない。
――……付けいる隙は。
キョウカはストライフを注視する。鍛えられた肉体。水晶の翼、失われた左腕、潰れた右目。
――一か八か……その瞬間を狙って、やるしかない!!
キョウカは琥珀色の剣を無数に複製し、周囲に投げ放った。
飛んでいく剣の大半はストライフとは関係の無い地面に次々と突き刺さっていく。
「下手な剣はいくら投げても当たらないよっ!」
飛来する剣の一つを容易く弾いたストライフは再び空へと跳び立つ。
休むことなく浮島を蹴り渡り、淀んだ空を縦横無尽に飛び回るストライフ。
――浮島を壊すか!? いや、また新しいのを作られるのがオチだ……。
攻撃に出るための種は仕込んだ。しかし相手が空に居ては意味がない。
どうにかしてストライフを引きずり下ろさなければならない。
かといってキョウカもストライフの真似をして空を跳び渡る、という事は出来なかった。
技術的には可能だが、既に長き年月を戦いに生きたストライフと、たった数年鍛え込まれただけのキョウカではやはり身体の質がまるで違うのだ。
キョウカの肉体も旅立った頃と比べれば見違えるほど逞しくはなった。しかしストライフは過酷な戦いの中で研鑽された肉体を更に複製によって修復、強化を繰り返している。
ああやって脚力を使い空を跳び回わるにはそれだけの推進力が要る。その反動を何度も受け続けるのは普通は脚が持たない筈なのだ。
あの脚が健在なうちはストライフは恐らく戦いが終わるまで跳び続けるだろう。対してキョウカは、出来て三回が限度だ。
――その三回で、ストライフを地面に叩き落とすしかない。
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