12話 貴女にとってキョウカは『敵』ですか?
胸がざわざわする。
「何だったんだアイツ……」
不機嫌そうに、ストライフは言い捨てた。
水晶の龍殻を脱ぎ捨て、意識を失ったキョウカの頭を膝の上に寝かせている。
「魂沌の龍が現れたようですね」
ふと、いつの間にかハオがそこに居た。けれどストライフはその事には得に気にも止めず、ジッと眼下で眠るキョウカを見つめている。
「よく気絶する子だ。そういう体質?」
「いえ、外的要因が殆どでしょう。――龍に関わるから、こういう目に遭う」
心配そうに言うハオに対し、ストライフは首を傾げた。
「……随分と優しくしてるけど、キミにとってこの子は一体何者なんだい?」
その問いに、放浪の幼賢者はすぐには答えられない。
ストライフとキョウカに背を向け、淀んだ空を見上げ、何かを想う。
「さあ……何者でしょうね」
「自分でも判ってないのかい?」
ストライフの追及に、ハオは数泊置いて頷いた。
「初めは――初めて会った時はただ、後ろめたさに耐えかねて介抱しました。私は弱く、脆く、愚かな人間でしたから。だから、その実キョウカ自身の事情や感情など考えていなかった。まるでキョウカの過去をなぞるように、身勝手な独善で手を差し伸べた……。キョウカはそれを、恩義に感じているようですが」
思い詰めるように述べるハオ。
「何が言いたいのかわかんないや」
しかしストライフにはその感情を推し量る事など出来なかった。
「そうですね。理解して貰う必要など無いでしょう。貴女にとって大切なのは私とキョウカの関係ではなく、貴女とキョウカの関係だ」
「ボクと、この子?」
「……私が伝えられるのはここまでかと」
ハオは遠く離れた空を見つめる。
「待ってよ。何が言いたいんだい?」
「貴女にとってキョウカは『敵』ですか? それとも――」
言葉の最中だったと言うのにハオは歩き出し、やがて遠くへ消えていった。
まるで、自分自身で気付くべきだと諭すように。
残されたストライフはもう一度キョウカの寝顔を見つめる。戦う為に鍛え、見守っている一人の人間に対して、自分が何を思っているのか。考えた事も無かったが今、きっかけを与えられた。
「……『敵』」
ストライフが戦い続けてきた相手は、少なくとも打ち倒して後悔などした事も無かった。翌日には顔も声も朧気になり、ただ、どんな戦い方をしたのか、どんな力を使ってきたのか、その程度しか心に残らなかった。消え去ろうが朽ち果てようがストライフにとってはどうでもよかった。
しかし。キョウカは違う。弱くて、ちっぽけで。力なんて何一つ持って無くて。
だから、戦う為に技を教えた。力を与えた。全ては最高の戦いを共に演じて貰うために。 だから、失う訳にはいかなかった。魂沌の龍なんかに壊されたく無かった。 だから――護りたかった。
「……『敵』、じゃない?」
どうしてそこまで、この人間に入れ込んでいるんだろう?
どうして今まで出会ってきた他の誰とも違う感情を抱いているのだろう?
「……」
考えて、漸く思い当たった。
『必ず強くなってみせます。貴方を満足させられるほどの強者に、なってみせます』
それほど遠い記憶では無いはずなのに。酷く懐かしく思える言葉が浮かんできた。
「そう、か。約束、したんだった」
その無謀とも言える言葉を、いつからからストライフは信じていた。
そして、その約束を違えまいとひたむきに戦うキョウカの姿を好ましく思っていた。
誰かを信じ、その想いに応えてくれる。そんな経験は今まで一度たりとも無かった。
「……こんなのは初めてだ。キミは――ボクにとって何者なんだろう?」
自分自身の心に驚き、首を傾げ、目を丸めた。そして無意識の内に眼下で眠る小さな人間を優しく撫でていた。
◇ ◇ ◇
また、誰かの記憶を見ていた。
その誰かは物心ついた時には既に、意味を与えられていた。
求められる役割を果たすべく、望まれるがままに従った。
そこに己の意志はなく、心は空っぽのまま時は経つ。
いつしか龍と呼ばれる様になっても、結局その全てはハリボテに過ぎなかった。
ゆらゆら燃える優しい光。
ぱちぱちと爆ぜる古木の音。
キョウカは重たそうに瞼を持ち上げる。
「私、また……」
真っ暗な世界、ほんのり灯る焚き火が暖かい。
「目は覚めたかい?」
頭上から、穏やかな声が降ってくる。
「え、ええっ!?」
そうして漸くキョウカはストライフに膝枕をして貰っているという状況に気がついた。
「寝起きから元気なものだね」
「え、えぇ……えええ?」
相変わらず抑揚の無い声と変化のない冷めた表情のストライフ。なのにこの状況。彼女が何を考えて居るのか全く判らず、キョウカはひたすら困惑するばかりだ。
「……まさかアイツのせいで言語能力失った?」
「え!? いえ、そ、そんな事は!!」
「なんだ。驚かせないでよ」
本当に、まるで何事も無いかのように言葉を交わす。
「あ、あの……何故、膝枕を?」
最早自己処理を諦めたキョウカは恐る恐る尋ねる。
「さあ? 気がついたらしてた」
「えぇ……」
「それはもういいよ。キミこの短時間に何回『え』って発音するつもりだい?」
と、呆れるストライフ。しかし、やはりキョウカとしては驚かずにはいられないし戸惑うほかない。何故なら、今の今まで彼女は戦いにしか興味を示さず碌に交流をした記憶が無いからだ。そして気がつけば何ヶ月も彼女の元で修行する事となったが、得に仲が進展するような出来事なんてない。
とにかく、ひたすら様子を伺うしかない。そう考えたキョウカはそのままストライフに身を委ねる。そして、(キョウカだけが)気まずい時間が過ぎること如何ほどか。
特になんの前触れもなく、ストライフはキョウカに問いかけた。
「ねぇ、キミの目的はなんなんだい?」
急な質問に驚き解答に悩んでいると、ストライフは更に言葉を重ねる。
「何の為に、ここまでボクに付き合ってくれるの? どうしてボクに近づいてきたの?」
気がつけば、ストライフはじっとキョウカを見下ろしていた。その真剣な視線から、他愛のない雑談等のつもりで聞いているのではないという意図が読み取れる。
何を考えて、何を思ってこんな問いかけを始めたのかキョウカには判らない。
けれど、こんな無垢で純粋な顔を前にして嘘や建前を貫き通せる自信は湧かなかった。
「――私は、誰かに認めて欲しかったんです。その為の手段として、貴女達真龍を利用しようとしました。人々は真龍を恐れおののき、その脅威に震えながら暮らしています。だから、真龍をどうにかできればきっと私を虐げた人々も私の事を見返してくれる、と。そして何より、私を救ってくれた人の力になれると。そんな理由で、ここまで来たんです」
「認めて貰うために、か。何の力も無かった癖に、よくボクと戦おうだなんて言えたね」
「あれは、その、なりゆきと言いますか……。本当は、貴女をどうすれば無力化できるのかとか、言葉は通じるんだろうかとか、色々考えてやってきて、それで、貴女が私との対話に応じてくれたので、その、仕方なく……」
戦いが全てを言い切る彼女の望む好敵手たり得るために修行をしてきた日々だったが、初めはストライフの機嫌取りのつもりでしか無かったのだ。
こんな事を告白すれば、興ざめだ、裏切りだとストライフに切り捨てられても文句は言えないかもしれない。一瞬だけそんな暗い覚悟をしたキョウカだったが、すぐにその考えを改めることになる。
「ああ、やっぱりそうだったんだ。なんとなく判ってたよ。最初は嘘ついてたのくらい」
「え!?」
「だってキミの戦い方は、敵を倒そうとする戦い方じゃ無かったもん。自分が生きるための、逃げる為の戦い方だった。そんな戦い方しか知らない人が、ボクに戦いを挑むだなんて考えられないからね」
「そ、そうだったんですか……でも、それなら貴女こそどうして私に付き合ってくれたんですか?」
「……キミと初めて話をした時。キミから、魂の重みを感じたんだ」
「魂の、重み?」
「力強い意志の重圧。命を懸けてでも何かを成し遂げようとする覚悟。キミからは、そんなものが感じ取れた。だから、どうせ暇だったし少しくらい付き合ってあげようと思ったんだよ。今まで戦って楽しませてくれた奴らはみんなそんな覚悟を背負っていたからね」
「そ、そんな大層な事は考えて無かったのですが……」
「でも実際にキミはとても真剣に戦い続けた。すぐに弱音を吐いて逃げ出すと思ってたのに、キミはいつまでもがんばり続けた。……最初は嘘だった癖に、どうして?」
「それは……」
問われて、思う。自分は何故ここまで真剣に彼女の元で戦う事が出来たのだろうかと。
考え方の差を思い知った。危険な目にも遭った。それでもキョウカはストライフの元を離れようとは思わなかった。勿論、ハオの為にも弱音は吐けないと言う気持ちはあったがそれだけで耐えられたとは思えない。
何故なら、ここ数ヶ月はストライフが付きっきりで稽古を付けていてハオは食料の供給などで数日に一度 しか会えなかったからだ。
……ならば。改めて考えてみて答えは一つしかない。
「……貴女が、私を一人の人間として向き合ってくれたからでしょうか」
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