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『ドラゴンズ・ディザイア』:龍の友人は龍を殺し涙する  作者: わじゅ
一章 闘争の果てに求むる願いは
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11話 消えろッボクはキミが嫌いだっ!!

 巡り行く記憶。脳が焼けるように熱い。感じている痛みは、苦しみは、果たして『今、自分自身に』起こっているものなのか? 

 

 それとも、『他者の、過去の記憶』なのか?

 

 判らない……。

 少しずつ、少しずつ感覚が戻ってくる。

 ツンと鼻につく匂いを感じる。

 身体中がベタついて気持ち悪い。


 瞼の重みが判る。四肢が、動かせる。


「起きたか」

 声が、聞こえる。


「また随分な無茶をしたものだ」

「うぅ……」

 喉が動いた。声が出せた。


 大丈夫、そう言いたかった。


「ゆっくりでいい。闘争の龍(ストライフ)も回復まで待つと言っている。落ち着け」 

 身体が、支えられている。背中に僅かな暖かみを感じる。


 ――ああ、貴方はまた私を助けてくれるのですね。

 心なしか、身体の気怠さが消えていく。


「……ハ……オ……」

 霞む視界。あどけない少年が優しい瞳でこちらを見下ろしていた。


「私は、どうしたんでしょうか……」

「詳しくは判らんが、異常を感じ取った身体が拒絶反応を示したんだろう。落ち着いたようだし、もうじき良くなる筈だ」


 キョウカはゆっくりと首を回し、周囲を見渡す。付近には水晶の龍の姿も、隻眼隻腕の女性の姿も見られない。


「ストライフは……?」

「退屈潰しに龍の鎧を纏って大型の亜龍を追って行った」

「そう、ですか……」

 気が抜けたのか、限界が来たのか。そのままキョウカは再び、眠りに落ちてしまった。

 まともに動けるようになったのは、実に三日後の事である。


『まさかここまで負担がかかるとは思ってなかったよ』

 漸く立ち上がり、剣を振るえるようになったキョウカを見下ろして水晶の龍が呟いた。


「時間を取らせてしまって申し訳ありません」

 身体の調子を確かめるように剣を縦、横、斜め、様々な角度で振るっていく。


『別に、時間なんて気にしてないから構わないんだけど。キミに死なれたら困るからね。あのハオとか言うのには感謝しないと』

 キョウカが倒れていた間、ハオが身の回りの世話をしてくれていた。


「彼には本当にお世話になってばっかりで……」

『食事を済ませたら訓練を再開するよ。いよいよ〝力〟の使い方の練習だ』

 降ってくる闘争の龍(ストライフ)の声は何処か楽しげだ。


「龍の〝力〟……私に使いこなせるでしょうか?」

『使いこなして貰わなきゃ困る。そうじゃなきゃまともな戦いになんてならないんだから』

 その日から、訓練の内容が変わった。水晶玉を握り閉め、様々な物をイメージしては複製する。力を引き出すコツはまるで昔から知っていたかのように簡単に身についた。どうやら数日間苦しんだ甲斐があったらしい。


『初めは目の前にある物から。次は記憶している物の複製。その次は物体以外の複製。やらないといけない練習は山ほどあるけれど、ボクの記憶を写したんだ、それほど苦労はしない筈だよ』

 

 そうは言われたものの、やはり無理矢理すり込まれた感覚だけで全てをこなす事には無理があったのかそれなりに苦戦する。記憶の複製の効果か新しく技術を獲得すると言うよりもどちらかと言えば長い空白期間を伴った昔の技術を再び思い出すような感覚だった。


 何日も、何ヶ月もかけて訓練を反復する。

 時間の感覚という物が無くなってしまってから久しい。

 この龍と出会い、共に過ごすようになってどれ程の時が経ったのだろうか?

 何度か季節が巡っている気がする。


 キョウカの身体は着実に鍛えられていった。まだまだ身体のラインは滑らかだが、痩せぎすだった当初と比べれば腕などは一回り太くなっている。

 

 そんなある日だった。

「やあ!! ハッ!!」

『……ふふ』

 水晶の人形を楽々打ち砕くキョウカと、それを見守る闘争の龍(ストライフ)

 数え切れない程繰り返した光景だ。その時である。

 突如、大気が張り詰める。重く冷たい気配が低い唸りをあげて広がっていく。


「こ、この感じは!?」

 キョウカは思わず武器を強く握り閉めた。額と脇、そして手のひらに自然と汗が浮かぶ。


『……来る』

 予見する様に、闘争の龍(ストライフ)がささやいた次の瞬間。

 濁ったまま混じりあう鈍色の空が螺旋を描いて大地に滴る。

 黒い塊は果実が腐り爆ぜるように破裂し、漆黒の障気が広がった。


『心ダ。ココろだ。ここロだ』


 ぼんやりと輝く双眸。うねり蠢くどす黒い体皮。

 魂沌の龍(ケイオス)は突如として現れた。


「そんなっ!?」

 キョウカは思わず後ずさる。だが同時に納得もしていた。魂沌のケイオスは世界各地に不規則に突如出現する。随分と長い時を過ごしていたのだ、いつかは遭遇するかもしれないと危惧はしていたのだ。だが、だからなんだというのだろうか。


 例え危惧して様が想定して様が、魂沌のケイオスへの対処法など存在しない。

 逃げるべきか。それとも付け焼き刃の龍の力で応戦すべきか。

 一秒にも満たない刹那の合間にキョウカの思考は回転する。


『嬉しいね。嬉しいわ。嬉しいさ。なあ、同胞よ』

 鈍く、重く、頭に直接響いてくる言葉。

 それは闘争の龍(ストライフ)に向けられたモノのようであった。


『邪魔だよ。キミに用はない。キミとの戦いはつまらない』

『つまらない? 嘘だ。楽しいんだ。ボク達は今、楽しいんだ』

 闘争の龍(ストライフ)の言葉を、声を、まるで写し取るかのように魂沌の龍(ケイオス)は言葉を放つ。


『楽しい? 戦っても無いのに、そんな訳――!?』

 突如、魂沌の龍(ケイオス)の腕がキョウカに迫る。

「なっ!?」

 魂沌の龍(ケイオス)はキョウカの身体を鷲掴みにする。 

 そして、ぼやけている筈の瞳をギラリと輝かせた。


『ドキドキするよ。ワクワクするぜ。ウキウキしちゃうの』

 キョウカの頭の中に、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられた意識がなだれ込む。


 ――あ、頭が……!!


 大勢の人々、大勢の亡骸。(――誰の?)小さな畑、優しい時間。(――誰の?)極上の死線、血染めの服。(――ダレの?)真っ白な羽根、止まりゆく鼓動。(――だ、れ、の?)愛しい心、混じり合う魂。

混沌――コントン――魂トン――魂沌。

心、心、心、心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心心――。

 ――ぅあああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!



 自分ハ今、何処ニ居ルンダ?



『止めろっ! この子に手を出すなっ!!』

 遠く、聞こえる言葉。

 捕らわれた肉体。見つめる瞳は、締め付ける指先は――水晶?


 ――違ウ、コノ記憶は、私のモのじゃナい……。

『消えろッボクはキミが嫌いだっ!!』

 そして閃光が瞬いた。漆黒の闇が切り裂かれる。水晶に見えた腕は、身体は、瞳は、ぼやけた真っ黒な霧として晴れていく。

 数泊おいて、感じる鈍痛。冷たくて、暖かい草の感触。


 ――そうだ、今が、今こそが私だ……。

 肌から伝わる苦しみが、有象無象の濁流から意識を引き上げる。

「ぐ、ぅ……わた、私、は……」

『ああ、嬉しい、楽しい――』

 朦朧とする意識の中、黒い霧と共に狂気の龍は消えていくのが見える。そしてまるで初めからそこには存在しなかったかのように、空へと帰っていった。



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