10話 龍とは一体……。
朝から晩まで、戦い、食事、睡眠をひたすら繰り返す日々。
骨が浮き出ていたキョウカの身体は少しずつしっかりした筋肉に包まれはじめ、少なくとも不健康そうな雰囲気は消えていた。それでもようやく一般的な観測者の体格、闘争の龍にしてみれば見習い戦士の身体に一歩踏み込んだ程度だと言う。
そして剣筋は荒削りながらも無駄な動きが減っていた。闘争の龍の言うとおり、数え切れない程の実戦訓練がキョウカの技能を研磨していった。
『うん。ちょっとは様になってきたね』
水晶の人形と戦うキョウカの様子を遠目に眺めながら闘争の龍は零す。
『そろそろ次の段階に入ってもいいかな』
闘争の龍は身体を持ち上げた。
「やぁっ! はっ! ――あれ? わわわっ!?」
戦っていた水晶人形が突如砕け散り、思わずバランスを崩すキョウカ。
しかし無様にバランスを崩す事もなく、綺麗に受け身をとってすぐに体勢を立て直す。
『へぇ。悪く無い動きだね』
歩み寄ってきた闘争の龍はにやりと笑った。
「どうかなされましたか?」
『基礎体力はとりあえず及第点ってところまでついたと思ってね。そんなキミに贈り物』
透明な結晶が空中の一点に集中していく。それは水晶の宝玉を形どると、ゆっくりキョウカの目前へ降りてきた。
「これは……?」
手に取ったそれは片手でもすっぽり収まる水晶玉だ。それほど大きい物では無く重量もそこまで感じない。
『それは器。今から本体をその中に流し込む』
刹那、水晶玉が藍色に輝いた。呼応するように淀んだ空が激しくうなりをあげる。
「い、一体何が……」
空から黒い光の筋が水滴のように落ちてくる。それは水晶玉に吸い込まれていった。
やがて、藍色の輝きも空からの筋もゆっくりと薄れるように消えていく。
手元に残った水晶玉には内部に藍色の炎が灯っていた。
『それはボク達の力を保存しておける石。確か名前があったと思うけどコラ……ん、忘れちゃった。君が好きに呼びな。今ボクの力を複製してその中に記録した。これでちゃんと使えばキミはボクの力を真似できる』
「龍の力……」
『このボクと戦おうって言うんだ。相応の力を身につけて貰わないと楽しくないからね』
「で、ですが使うと言ってもどうすればいいのやら……」
『判ってる。流石に無茶ぶりなんてしないよ。折角楽しめそうな見込みが見えてきたんだからね。キミにはとことん強くなって貰うから』
そう言うと水晶の龍は嘶いた。
『とりあえず、今はコレ不便だから壊すよ』
「え?」
最初は言葉の意味が判らなかった。しかし次の瞬間キョウカは目を丸くする。
水晶の龍の胴体に大きな亀裂が走り、甲高い音と共にその肉体が砕け散ったのだ。
キラキラした無数の水晶片が舞い散り、幻想的な雰囲気を作り出す。
欠片達は大気に解けるように消えていった。そして水晶の龍が鎮座していた場所に、新しい影が一つ。
「な……」
それは、どうみても〝人影〟だった。
キョウカよりもやや低い背。
ボサボサと乱雑に伸び広がっている藍色の長髪。
ボロボロに痛んだ布きれを纏っているが、最早風が吹いただけでちぎれ飛びそうだ。
肩幅は狭く、胸が僅かばかり膨らんでいる。
肉体は隆々としているが腰元は細く引き締まっていた。
その姿は『人間の女性』と変わりない。
背に、二対四枚の水晶で出来た翼を有している事以外は。
「やれやれ。この鎧取っ払ったのいつ以来かな。こうして小物と同じ目線で戦う日がまた来るなんてね……」
身体の調子を確かめるようにぐりぐりと右肩を回しつつ、その人物はキョウカに近寄る。
「これ、うざったい」
女性は身体を覆っていたボロ布を乱暴に破り捨てる。
「キミの、貰うよ」
一糸纏わぬ姿で女性は右腕を掲げキョウカを睨んだ。片眼が大きな切り傷で閉ざされているのが印象的だ。次の瞬間、キョウカが纏っていた服と全く同じ物が現れ女性の身体を覆い隠す。
「……大きいし、左、邪魔。再構成」
ガラスが砕けるような音と共に一瞬服は消え去り、再び出現。サイズが一回り小さくなっていた。そして、左袖が無くなっている。
「あ、う、腕が……」
キョウカの口から漸く言葉が出てくる。
「ああ、これ? 昔死にかけた時に持って行かれたんだよ。あの時は楽しかったなぁ。生まれて初めて『生きてる』って実感できた。あの時は血肉の複製なんて出来なかったから結局治せないまま傷塞がっちゃったけど」
声はやや高く聞こえるが、喋り方も話す内容も、闘争の龍の物と相違ない。キョウカは確かめるように呟く。
「闘争の龍……ですよね……?」
「他に誰が居るのさ」
どうやら隻眼隻腕の女性は闘争の龍で間違い無いようだ。
「とぼけてないで、とっとと次の訓練始めるよ。久しぶりにわくわくしてるんだから興ざめさせないでよね」
「す、すみません」
「前にも言ったけど、どういう風に力を使ってるなんて説明はできない。でも、使い方の感覚をキミの頭の中に複製することはできるから、それで覚えて貰うよ」
「え」
「じゃ、頭貸して」
「ちょ、待って――」
戸惑うキョウカの事など知ったことではないと言わんばかりにストライフはキョウカの頭を鷲掴みにした。
――あ、人の姿してる時はヒトライフなんてどうだろう。
まだまだ状況の整理がついていないキョウカは混乱してそんな事を考えて居ると、
「キミ、今なんか下らない事考えて無い?」
「え、あ、いやそんな事は!!」
「戦いに関係ない考えなんか邪魔だよ。ちゃんと集中して」
お叱りを受けた。
「は、はいすいません……」
「ふふ、物分かりが良いのはキミの良いところだね」
笑顔、と呼ぶにはいささか僅かすぎる変化だったかもしれない。けれど、本当に一瞬だけだったがストライフは確かに微笑んだ。
――龍とは一体……。
水滴が一つ、心の海に落とされる。しかし己の感情と向き合う暇は無かった。
「じゃあいくよ」
「――っ!?」
突如、頭の中に情報が流し込まれる。身に覚えのない記憶が閃いては消えていく。
砕けた大地、渇いた風、淀んだ空。
視界の先に捉えたのは、敵。
それは人間の様な姿をした者も居た。獣のような姿をした者も。
だが、そんな事はどうでも良い。
今も昔も、
自分はただ、
目の前に現れる標的を、
屠ルノミ――
「ぁあ……っ」
情けない声をあげて、キョウカは倒れ込む。頭を抱えて藻掻き、呻く。
それは、魂沌の龍と遭遇した時の感覚と似ていた。
「っと、ごめんよ。記憶の複製なんて初めてやったからね。ちょっと余計な情報も混ざっちゃったかもしれない。まぁ死にはしないし頑張れ」
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