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1話 何もなし得ぬまま終わりたくはないっ!!

『龍』と呼ばれる者達により一度壊れてしまった世界。

『龍』の気まぐれに人々は怯えて息を潜める、そんな世界。

 絶望に支配され、未来に怯える。そんな世界でも。

 ただ生きて欲しい――。

 

◇  ◇  ◇


 濁った絵の具が混じり合っているかのような醜い空の下、薄い金属と木材で武装した男が一人、見張っていた。彼の背後にはいくつかの小さなテントが広がっている。それが、この世界の『町』だった。ふと、遠くから一人の人影が歩み寄って来るのが見える。フードを被っていて顔は判断できない。ボロボロのマント、腰には長剣が確認できた。


「止まれ」

 男は人影を町の前で止める。

「何者だ?」

「流れの監視者オブザーバーです。近くの『真龍』の様子を売りたく立ち寄らせてもらいました」

 少し高めの透き通った声が特徴的だった。


 監視者とは人間の天敵である『龍』達の動向を偵察する事を生業としている者達の事だ。

 この世界においてはとても重大な責任と意味を持つ職業であり、基本的には町の住人の中でもとりわけ信頼の置ける者が選出される。


「一人か?」 

 見張りの男が訝しげに尋ねると、監視者を名乗る人間は素直に頷いた。 

 『龍』が跳梁跋扈するこの世界において、特定の集落に属さず、しかも一人で旅をするなどほぼ自殺行為に等しい。男が怪しむのも当然だった。


「証拠はここに」

 観測者を名乗る人物は懐から何かを取り出し、目の前で拳を開く。

 時季外れに咲いた鮮やかな花と細かな鉄片がはらりと地面に落ちていった。


「……まさか『憤怒の龍(ラース)』と『闘争の龍(ストライフ)』の物か!?」

「はい。すぐ近くで二体の『真龍』が確認されました。その後どう動くかは判りませんが危険な状況です」

「本当なら大変な事態だな」

「詳しい方角や位置は、食料と水と交換と言うことで」

「む……よし、長に話を通してくる。そこのテントで休んでてくれ」

「いえ、取引が成立すればすぐに去ります。ですからこのままここで待たせて貰います」

「判った」

 そう言うと男は少しだけ大きなテントの中へと駆けていった。


 数分後、町を治めていると思われる壮年の男性が姿を現す。

「話は聞かせて貰いました。取引に応じましょう」

 そう言うと長は保存食や容器に蓄えられた水が入れられたバッグを観測者に見せる。

「ありがとうございます。では、地図をお渡しします」

 観測者が取り出した地図には『真龍』の位置を示す大きな×印と村の付近の地形が書き込まれていた。


「それでは……」

「お待ちください」

 そのまま観測者が交換を行い去ろうとすると、確認と言わんばかりに呼び止められた。

「何でしょうか?」

「お名前をお伺いしたい」

「……答える必要性を感じないのですが」

「流れの監視者などそうは居ませんよ。……キョウカ殿ですね?」

 監視者は渋々、といった様子で頷き肯定した。


 長の方は不自然な笑顔を浮かべる。

「必要でしたらもっと水と食料をお渡ししますので願わくば――」

 その先の言葉は、キョウカには容易に想像できた。

 だからこそ、最後まで言葉を聞かずに踵を返す。

「言われなくても判ってます。……それでは」

「良い旅を」

 長の取って付けたような言葉に押し出されるようにキョウカは歩を進めていく。 


「良いんですか? あんな疫病神の情報を鵜呑みにして」

 微かに聞こえてくる声に、キョウカは奥歯を噛みしめた。


「真龍の残滓は本物だった。まるっきりのデタラメという訳でも無いだろう。確認のために後で監視者を出させる。それに、下手に刺激して当てつけに村の付近に居座られてはかなわんからな。交渉に時間を掛ける事すら危険だ。多少損してでも早々に去って貰わねば」


 いつの間にか、キョウカは駆け出していた。キョウカは走り続けた。

 町等すっかり見えない程に離れても、ずっとずっと走り続けた。

 足が、喉が、肺が、激しく痛む。それでも、何かから逃げるように必死に走り続けた。

 身体中が痛みだし、息苦しさで朦朧とする。しかしそんな事よりも胸の疼きの方が辛くて仕方がなかった。


 ――悔しい。悔しいっ。悔しいッ!!

 行き場のない感情だけがキョウカを突き動かしていた。


 しかし、限界がやってくる。徐々に足がもつれはじめ、


「ぁっ」  


 遂には木の根に足を取られて転んでしまった。

 地面に強く身体を打ち付ける。


 気がつけば、真っ暗な森の中にいた。

 呼吸が乱れ、すぐには起き上がれない。


 惨めだった。


 行き場のない感情に、押しつぶされそうになる。

 最早、涙も流れない。その時。


『アァアアア』

 耳障りな鳴き声が聞こえてくる。


 ――悲しみ嘆く事すら、私には許されないのか?

 キョウカは自虐的に笑い、ふらふらと立ち上がった。

 ふらつきながらも剣を抜き、構える。


 いつの間にか三体の化け物に囲まれていた。

 真っ黒で、影のような四足歩行の獣。背には歪な翼のような物が蠢く、異形の生命。体躯はそれ程大きくはない。

「小型『亜龍』……」

 一体が飛びかかってくる。キョウカはただがむしゃらに剣を振るった。


 乱雑で、粗野で、出鱈目な剣筋。そんな不細工な攻撃ですら、亜龍は避けようともせずに正面から直撃する。身体を真っ二つに切り裂かれ、黒い霧が散るように消えていく。


 残る二体も、何も考えていないように突撃してきた。

「消えろ化け物っ!!」

 怒りをぶつけるように、キョウカは剣を叩き付けた。そうして亜龍たちは呆気なく闇へ帰っていく。しかし、撃退したところで得られる物は何も無い。


 取り残された呆然と、キョウカは肩で呼吸をしていた。


 龍は二つに分類されている。

 見上げる程の巨体を持ち、存在そのものが災害に例えられる四体の『真龍』。

 そして、小動物の様な者から、人と変わらぬ体格、真龍ほどでは無いが大木のような肉体を持つ者まで様々な種が世界中に無数に存在し、一様に大した知能を持たない『亜龍』。

 どちらも人間の生活を脅かす、恐ろしい怪物だった。


 龍は人智を超えた力を持っている。亜龍達も例外ではなく、時には火を噴き氷を纏いながら襲いかかってくる事もある。


 亜龍には知能が存在せず、単調な行動しかしない。なのできちんと武器さえ持っていれば小型の亜龍は子供でもなんとか倒せる。特異な能力も身体の小さな亜龍は大した力は持たない事が多く、問題無い。ただし数に限りが無く倒しても霧の様に消えて無くなるせいで資源にも食料にもなり得ない。


 そして大型の亜龍は単純に質量的な問題でわざわざ討伐するのも分が悪く、基本的には逃走するのがセオリーとされる。そして、四体の真龍に関しては人間には到底対応出来ない程超自然的な驚異をふりまいていた。

 

 対処は簡単でも、まるで無限に存在しているかの如く現れる亜龍と、出会ってしまえば為す術無くその力に飲み込まれる真龍。人間には真っ当に対抗する手段が無かった。故に、人々は数世帯で徒党を組み、役割を分担し、日々襲ってくる亜龍を追い払い、天災にも匹敵する驚異である真龍達から逃げ回るように生活していた。


「私は、何の為に生きているんだろう……」

 また、何とか生き残る事ができたキョウカは寂しげに自問する。


 呆然としていた、その時。

「っ!?」

 突如鋭い頭痛と気味の悪い悪寒に襲われる。


 ――だな何!? んがる起こんっだる!? !?!?!?

 思考が、無理矢理かき混ぜられたように混乱し正常な思考ができない。


「ぅああああああ!!!」


 叫び声をあげ、頭を強く振るい自分の頬を平手で叩く。

「まさか……」


 恐る恐る振り返ると……そこには、巨大な闇が頓挫していた。

 視界を覆い尽くすほどの巨大な身体は、夜の闇よりも不気味な黒みを帯びていて、うねるように蠢き続けている。管のような物が二つ、森の天井を突き抜け空の方へ伸びていていた。顔と思われる部位にはぼやけた光のような輝きを持つ双眸が埋もれている。


「真龍、『魂沌の龍(ケイオス)』……!!」


 それは、真龍の中でも最も恐れられている最悪の存在。

 神出鬼没に現れては人々の心を壊し、精神を殺す。


 キョウカは自分でも驚くほど大量の思考が脳内を駆け巡った。

 ――一体いつから!? いやそんなのどうでもいい!! 


 このままではまずい。真龍はそれ単体でとてつもない脅威であるのに、この地域の付近に四体の真龍の内三体も存在することになる。もしそれらが衝突してしまったら、どうなるの予想もつかない。


 ――早く町に戻って知らせないとっ……!

 しかし、キョウカはその自分の考えに疑問を持つ。


 ――知らせる? そんな義理が何処にある?

 そんな事より、今すぐに逃げ出せば自分だけはどうにか助かるかもしれない。


 ――あいつらが私に何をしてきた? 他の人間がどうなろうと私に関係があるか?

 自分の心が、暴走していくようだった。


 ――でも、私は……っ!

 頭を抱えもがき苦しむ。すると、空から『言葉のようなもの』が降ってきた。


『キミは、あなたは、お前は、人を、人間を、憎むか』

「な、え……」

 音であるのかも判らない。まるで、頭の中に直接割り込んで来るような言葉。

 キョウカは戸惑い、声がでない。


 魂沌の龍(ケイオス)は首をもたげ、鈍い瞳をキョウカの目の前に運んだ。

『憎い? 憎いの? 憎いか? 悲しい、悲しいよ、悲しいな? お前の心は、冷たいな』

「まさか、語りかけている……?」

『ああ、ああっ、あぅ……あああああああ』

 突如、ケイオスは激しく暴れ始めた。まるで、何かに苦しむように。

 その腕がキョウカを吹き飛ばす。


「がっ――ぅっ!?」

 巨木に強かに身体を打ち付け、キョウカは力なく項垂れた。剣を取りこぼし、乾いた金属音が虚しく響く。


 ――そんな……。

 何が起こっているのか判らない。ただ、一つだけ確かな事。それは、自分の命の灯火が潰えようとしているという事だけだ。


 ――私は、私の命とは何だったんだ……。

 視界が霞んでいく。意識が、消えていく。


 ――このまま、死ぬのか……。

 沼のような絶望が、キョウカを飲み込んでいく。


 ――虐げられ、否定され、何もなし得ず、何も残せず、それで終わるのか……。

 自分の人生に、何の意味があったのだろうか? 自分の命に、何の価値があったのだろうか? 何の為に産まれ、何の為に生かされ、何の為に死んでいくのか?


 ――……嫌だ。嫌だ、死にたくない。

 悔しい。ただ、そう思った。自分の生きた証。自分の生きた意味。それを何一つ残せず、人々に否定されたまま死ぬのは、悔しくて、惨めで、認めたくない。


 ――私は、まだ、生きたい。生きて、生きて生きて生きて、証明したいっ……。

 重たい右腕を這わせるように動かす。指先に、堅い棒状の物が触れる。


 ――私は生きていて良かったのだと、人々を、見返してやりたいっ……!

 それが剣なのか、枯れ枝なのかも判らない。それでも、乱暴に握り、力なく立ち上がる。


「何も、何もなし得ぬまま終わりたくはないっ!!」

 キョウカは、未だに悶える用に暴れる魂沌の龍(ケイオス)へ向かって、がむしゃらに駆けだした。例え無意味な一矢であろうとも、せめて何かを残したかった。


「ぅぁあああああああ」

 そして。

 力強く飛び上がったキョウカは魂沌の龍(ケイオス)のその身体に確かに剣を突き立てた。

 魂沌の龍(ケイオス)の真っ黒な肉体が飛び散り、波のようにキョウカを飲み込んだ。


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