弔問
私がその灰色の街を訪れたのは何年ぶりだっただろう。
ずいぶん久しぶりだ。数十年ぶりかもしれぬ。
いや、しかし先週までここに住んでいたような記憶もある。
待てよ。私は自分の記憶を何度も反芻する。ここは初めて来た場所のはずだが。
懐かしいのか初めてなのか揺れ動く不安定な心持ちのまま、私はその色彩の乏しい通りを彷徨う。
暗く寂しいシャッター街を抜けると今度は毒々しい看板が軒を連ねる歓楽街…街の色合いも安定感を欠いている。共通するのは古くさい雰囲気と不景気な様子、そしてその懐かしさはむしろ私を不吉な気分にさせ続ける。
なんとも言えないどす黒い憂鬱を抱えたまま、そんな雑然とした商店街を抜けると突然視界が開け、モスク風の佇まいを思わせる大きな建物が現れた。金色の玉ねぎのような屋根が嘘のように輝いている。
『○○○○○子葬儀会場』
私の若いときのアイドルの名前が書かれた大きな立看板とその頃の初々しい笑みを浮かべた大きな写真が門に飾られている。
そうだ。不覚だった。
なぜそれを忘れていたのか。
私は彼女の死を知って最後の別れをするためにここに来たのだ。
参列者の長い行列の最後尾について私は俯く。
彼女こそ青春時代の一コマだ。
私は急に悲しみがこみ上げてきた。涙が零れる。
周囲は黙り込んだままで、灰色の列が静かに前へ歩んでいる。
葬儀会場に入ると意外なことにそこは図書館であった。
本好きの彼女が創立した施設であると入り口に説明書きがある。
無数の書架が高い天井まで伸び、膨大な数の蔵書がギッシリと上まで並べられている。
あの天井に近い場所の本はどうやって取るのだろう。高さは十数メートルに見えるのだが。
梯子を掛けるにしても高すぎて危ないように感じる。
この巨大な書架群、その中央にあるあの箱が多分彼女の棺なのだ。
誰に教えられるでもなく私にはそれがハッキリとわかった。オーラが違う。
中央の棺に近づくにしたがってあんなに大きかった本棚が縮んできた。どういうことだ。
私は目眩を感じる。自分の遠近感が狂っているのだろうか。
眼の高さあたりにある本を私は眺めた。
「ファティマール秘法の謎」
「ファティマール民族の浄化」
「次世代ファティマール」
分厚くて青い本のタイトルを妙な気分で見る。どれも同じようなタイトルだが『ファティマール』とは何だろう。表紙の写真には今はいないあの彼女が、元アイドルの微笑みを浮かべている。
可憐で美しい笑顔に私はうっとりと表紙を見つめた
「彼女はファティマール教のアイコンでした」
大きな声でどこからかアナウンスが入った。
そうか。彼女はファティマール教の信者だったのだな。そのファティマール教とは何なのか。
聞いたことがあるような無いような。
写真の彼女はインド映画の女優のように装飾品を身につけ、サリーを纏っていた
背景には美しいヘキサグラムが金色の地に濃紺で描かれている。
神秘主義の宗教だったのだろうか。妖しくもあるが、それも彼女らしいのかもしれない。
棺に近づくにつれ、本の意味や文字があやふやになる。
「妖精の解明公論キナクジー」
「最良の子小務神聖ローマ 超代替論」
「テ年と絵メロジー・アルファベント・差毎含意」
「えれへめさい証変へれ真意まは」
読むのが苦痛になってきて私は本棚から眼をそらした。
棺には彼女が昔のままの顔、本の表紙と同じ顔で横たわっている。
穏やかで美しいデスマスクだ。
歳を取らないという宗教というものがあるのだろうか。
どこからか聴こえてくるシタールの音色が彼女の美しい死に顔に似合っている。
「彼女の創設した学校の様子を見ますか」
どこからかまたアナウンスが聞こえる。
そうか、ここは学校の一部だったのか。
こんな図書館を備えた学校を作るなど大事業だろう。
私は素直に感心する。
多くの弔問客が見学をしていくことに決めたようで、灰色の行列は昇り階段の方向に流れていく。
私もそれに逆らわず2階へと上がる。
普通の学校のように見える作りの廊下と教室が見えた。
教室を覗くと中学生らしき年代の学生達が自習をしていた。
前側のドアの窓から私が覗くと、彼らがクスクスと笑う。
私も微笑みを返すが、何か不安な気持ちになる。彼らの笑みが何に向けられているのか、理解できないせいかもしれない。そう考えるとその笑みの『クスクス』が『ニヤニヤ』とか『ニタニタ』にしか見えなくなってきた。
「お入りください。子供達との触れ合いをお楽しみください」
またアナウンスに従って私達は前のドアから入っていく。
いつの間にか休憩時間となったようで、あちこちで談笑を楽しむ生徒たちが私を見た。
何とはなしに居心地の悪さを感じた。クスクスと押し殺したような笑い声が聞こえる。
気がつくと教室にいる弔問客は私一人だ。あれだけいた客はどこへ消えたのだろう。
私も慌てて外へ出ようと教室の後方にあるドアまで進んだ。
生徒用のロッカーが並ぶその隅に大きな段ボールで区切られている一角があった。
人が一人寝転んで入れるくらいのスペースで前後左右が塞がれている。
退出に邪魔だと感じた私がその一角を足でそっと横に退かす。
「あっ、すいません」
段ボールの区画の中から声が聞こえ、私は仰天する。
段ボールの区画からノソリと出てきたのは白いブリーフ一枚の老人だった。
どこかで見たようで初対面のようで、あるいは5年前に死んだ私の父親のようでもあった。
ちょうどこの街に来たときと同じような感想が浮かび、私はその老人をまじまじと見つめる。
「仕方ないのです。帰る場所もないのです」
何も聞いていないのに、老人が申し訳なさそうに正座している。
私が何をどう答えていいのか戸惑っている間に、生徒達がわらわらと寄ってきて老人の前の皿に弁当のオカズを少しずつ分けている。
「ありがとう、ありがとう」
彼は含羞むような微笑を浮かべて一人一人に小声で礼を言う。
私はいたたまれない気持ちになって教室を飛び出した。
「行くところがない方を預かっています」
「仕方ないのです」
「生徒達が協力して養っています」
どこからかアナウンスが響いた。
もう帰ろう。外来の人間が自分だけになっている。いてはいけない時間なのかもしれない。
だがボンヤリとここまで行列についてきてしまったせいで、帰りのルートがわからない。
あそこに階段がある。とにかく下へ降りていけばいいはずだ。
階段を降りようと踏み出すと、その踊り場に女生徒の一団がいる。
7~8人くらいだろうか、上級生が前に立って何かの練習の指示をしているようだ。
「もう一度」
踊り場でダンスの練習が始まっている。
動きの揃った綺麗なダンスだ。私は見蕩れた。
ダンスは美しかったが、階段は踊り場のところで途切れていた。
下へ行く階段は塞がれて赤いレンガの壁となっている。
ダンスリーダーの女生徒が長い髪を整えながら私を見た。
「すみません。邪魔でしょう。でも」
何も言わない私を彼女は気の毒そうに眺める。
「下に行く階段はないのです」
どう答えていいのかわからない私を前に、練習でかいたであろう汗を彼女が拭う。
どこか色気を感じる仕草だ。
「そもそも階段はあったのでしょうか。先生」
そしてフフフと微笑んだ。
私は先生だったのか。いや、そんなはずはない。私はここに弔問に来たのだ。
私は彼女に会釈して、また階段を上がり先ほどのフロアへと引き返す。
帰らなくてはいけない。ここには何か不思議な懐かしさと生温かい空気感がある。
今日のうちにここから出られないと二度と家に戻れないような気がする。
私の下腹部にたまらない不安と焦りが渦巻く。
もう一度教室に戻って、生徒の好奇の視線に逆らいつつ窓を開ける。
生徒が温い笑顔を見せながらニヤニヤと寄ってくる。
「降りるのですか。先生」
「難しいでしょう。先生」
「へめせげれへ。せ先ん生」
私は黙って外を見た。昇ってきたときのことを思い返せば当然ここは2階だ。
何とか外へ出ることが出来ないかと私は窓を開ける。
小雨が降っていた。
外を覗くと驚いたことに眼下には果てしなく窓が続いている。
地面が見えないほどの高所にあることがわかり、一度窓から外に出かかった足がすくむ。
なぜか自分が辿り着いてしまった場所に茫然とし、私はもう一度下を覗いた。
空気は澄んでいるが水分があり、靄も出ている。外は静かだ。
またクスクスと笑う男子生徒達の声が聞こえ、私は窓から出ることを断念した。
振り返る私の背後にいつの間にかあの白いブリーフの老人が立っていて、私は凍り付いた。
彼は心配そうな表情を浮かべていたが、逆に眼は面白そうに微笑んでいた。
さらにどうしたことか全身にオイルを塗ったようで、身体中がヌメヌメと輝いている。
私は心臓を直接掴まれたような恐怖心を感じ、再度教室を飛び出した。
飛び出した廊下に沢山の生徒が並んでいた。
私を見て憐れむような微笑みを浮かべている生徒もいる。
口々に私に何かを言うが意味がわからない。
「先日はめて回線がトス変わりませんそめ。先生い」
「とはいえ雷電ぼうがぞうだ彫金をケフェそうせ¥生」
「いくら列島センスの富むトムkt」
私は仕方なくそのすべてに頷く。意味もわからず頷く。
未だダンスの練習は終わっていないのだろう。
女性とのかけ声が聞こえる。踊り場の先は行き止まりに違いない。
もうここから出ることはないのかもしrない。
それは悲劇なのかもしれnいが、一番の問題は私自身がソれモンいいかと思ってしまっていることだ。
あの教室の後報フェで私も白いブリーフをはくの感。
悪いくな青。そrも悪く駅い
和達のpの考えをうkせん^
祖言う3迂遠アウyhグビ退園いふ9hgぶふ。
「おえあうえおああいあ」
読んでいただきありがとうございました。
ちょっと今までにない傾向のものを書いてみようと思い立ち、ウンウン唸りながら1時間で書き上げました。脳みその中にあった不吉成分をかなり始末したような気分です。
こう4いうnにお付きaiしていただいた肩に感ん謝しす。