07 休養期間
「災難だー」
ジョイライドがブロック塀からとことこと出てくると、気絶しているアライフをおそるおそる確認してから大きなため息をついた。
そしてその後にスマートフォンを取り出し、番号を入力して電話をかける。
「もしもし。ひとりやったよ。取りに来てくれるかい」
『ハイハイ』
どうやら電話の相手はディレクションのようだ。十秒もすると空の彼方から小型のドローンが飛んできて、アライフめがけてネットが展開される。
そしてネットがアライフを包み込むと、魔法で透明になってから元の方向へ戻っていった。さすがに昼の住宅街で人をひっさげたドローンを堂々飛ばすのはだめのようだ。
「ところで……ええと、トリノ君はどこへ行こうとしてるんだい?」
「友達のところ」
へえー、と少し意外そうな顔をしたジョイライドは、トリノが遊びに行くような友達の事を考えてみる。やはり類は友を呼ぶと言うから、変人なのだろうか。
「何その顔。友達がいちゃ悪いかな」
「そういうわけじゃないんだけど……ちょっと意外だなーって?」
「ふん」
どうやら少しトリノの機嫌を損ねてしまったらしい。トリノはジョイライドを置いてすたすたと早歩きを始めてしまった。
トリノ一行が三十分ほど歩いて辿り着いたのは、巨大な一流企業のオフィスが立ち並ぶビル街のうち、とりわけおんぼろで背も低いビルだ。立地からしても、雰囲気からしても人が住んでいるようには見えなかった。
「ほ……本当にここに人が住んでるのかい? 幽霊、とかじゃないよね?」
「人間だよ。実質幽霊みたいなもんだけど」
トリノがそう言いつつ錆びた螺旋階段をのぼり、三〇二号室の錆びた鍵穴に錆びた鍵を差し込む。
錆びに錆びているため鍵を回すのすら少し時間がかかった。トリノがドアを開けると、その中はとても薄暗い畳の部屋だった。
「こ、怖いなぁ……」
躊躇いも一切なく入っていくトリノに続いてジョイライドも部屋に入る。
すこし奥に入ると、ブラウン管テレビがついていて、その前に人が座っていた。
「久しいな」
その少女は、事前にトリノが言っていた通り幽霊のような雰囲気だった。
黒い髪はとても長く、両目を覆い隠している。服装は真っ白な浴衣もどき、額にははちまきのようなものをしている。そう、ちょうど幽霊がよくしているようなものだ。
「……ゆっ」
ジョイライドの膝ががくんと落ちる。
「幽霊いぃいいいいいい!」
部屋から出ていこうとするが、足が言うことを聞かずに動くことができない。それでもなんとか這いずって動こうとしたのを、トリノが掴んで元の位置へ引きずった。
「失礼だな。我はしっかり生きてる人間であるぞ」
「に、人間はそんな喋り方しない」
「喋り方がこれで何が悪いのだ。個性がないとつまらんであろう」
少女の口調はキャラ付けらしい。とはいえ、尊大な口調に見合う覇気も持ち合わせているようだった。……胡坐をかいてテレビを見つつみかんを食べる姿からは覇気は感じられなかったが。
「とこりょ……ところで、トリノ君はなんでここに?」
「いろいろあってね。簡単に言えば仕事かな」
部屋の隅にあったとても古いパソコンの電源を入れ、トリノがその前に座ると、思い出したように少女の方を向いた。
「ああ、そのひとは皇マリア。僕の元同僚さ」
「同僚……? それにしては、まだふたりとも中学生……あ、マリア君は高校生かな?」
ようやく落ち着いたジョイライドが隅にあった椅子に腰を下ろす。
――そして、それと同時にジョイライドの体に激しい電流が流れた。
「いっ!?」
その場に崩れ落ちるジョイライド。身動きが、取れない。
驚いた顔でなんとかジタバタしようとしているジョイライドへマリアが冷徹な視線を送る。
「ジョイライド。これから貴様を拘束させてもらおう」
「こう、そく……!?」
――トリノがパソコンから目を離さないまま左手をぱちんと鳴らすと、ジョイライドの右足に突如現れた金属の輪がはまる。それは鎖で部屋の隅に繋がれていた。
「本当にディレクションから何も聞いてないの? ……まあ、いいけどさ」
スマートフォンを取り出し、ディレクションに電話をかける。
『ん、なんだ?』
「これから僕はあんたに宣戦布告をさせてもらうとするよ。ジョイライドはこっちで拘束した」
現実の理解がいまいち追いついていないようで、数秒間電話の向こうで停止するディレクション。
『……まさか』
「あんたの作戦は手遅れだったわけさ。僕は数年前に、既に『思い出して』いる」
『……っ! わかった、ジョイライドの安全は確保されているんだろうな……?』
ちらりとジョイライドの方へ視線をやるトリノ。芋虫のようにじたばたと跳ねまわっているが、足枷のせいで部屋の隅から一定距離を離れられない。
「捕虜に手を出す気は今のところないね。交渉材料にはさせてもらうが……声でも聞くかい」
通話をスピーカーモードにして、ジョイライドに画面を見せる。
「……! どういうことだディレクション!? トリノ君は……何をするつもりなんだ!?」
『……トリノは――』
ディレクションが何かを言いかけたところで、トリノはスピーカーモードを解除して言葉を遮る。
「今は知る必要はない。ただひとつ言っておきたいのは――僕は、いや僕たちはこの世界を滅ぼすつもりでいる、ということだね」
マリアがスタンガンでジョイライドの意識を刈り取ると、トリノはマリアの方を向かずに「よろしく」とだけ言い、部屋を出て行った。
もう書き終わっていた話があったので投稿だけ。