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05 夢見心地

 トリノ家、リビング。テレビでは現在ニュースが放送されているが、見ている人はいない。


「おいしいね、この緑茶は……トリノ君のお母さんは相当腕がいいみたいだ」

「いや、抹茶」


 しみじみと抹茶を飲むジョイライドを、トリノの母親――児玉茜(こだまあかね)がニコニコしながら見つめている。


 トリノはジョイライドの隣の席で不機嫌を隠しもせずスマホをいじっている。


「で……ジョイライドちゃん? さん? はトリノちゃんの彼女さんなのかしら?」

「ぶっ!?」

「……汚いな」


 茜が「あらあら~、いよいよトリノちゃんにもモテ期が♪」と嬉しそうにしているが、吹き出した抹茶をタオルで拭くのに忙しいジョイライドに変わってトリノはそれを否定する。


「こんな人のどこがいいのさ」

「ええ? かわいいじゃない、ジョイライドちゃんは。学校で自慢したらうらやましがられるわよー」


 抹茶を飲むのを再開したジョイライドは嬉しそうに「どうもどうも」とお辞儀をする。


「で、夕食は?」


 分かってるけどさ、とトリノが茜へ半眼の視線を移す。


「カップ麺しかないのよねぇ。味噌と醤油と塩と豚骨とどれがいいかしら?」


 瞬く間に並べられたカップ麺の数々。茜はカップ麺マニアなので、トリノ家の食事のメインディッシュは基本的にカップ麺である。おやつもまた然り。


「並べるのはやっ……! まさかママさんも魔法が使えるとか……!?」

「さあね」


 トリノは家庭内で魔法について共有しているわけではない。トリノの魔法の事を知っているのは、おそらくジョイライドとディレクションだけだろう。


 迷いなく醤油ラーメンに熱湯を注いだトリノを見習い、ジョイライドも醤油ラーメンにお湯を少しこぼしながら注ぐ。


「ジョイライドちゃんは今日は泊まっていくのかしら?」

「うーん、まあそうなるかな。ワタシもトリノ君と一緒にいたいし?」


 上目遣いでトリノの顔を見上げたジョイライドの首に白い風が巻き着く。


「……けほっ、ごめんて」

「あらあら、いいじゃない。なんならお風呂も一緒に入っていいわよ?」

「そ、それは遠慮しとこうかな! さすがに!」




 深夜三時。街は静かに眠っているが、トリノの部屋だけはまだ明るかった。


「ダイレクトアタック」

「あー! トリノ君強すぎるんだよ! なにそれ、先攻一ターン目に勝負が決まるって!? えーい、ワタシのとデッキ交換しよう!」


 トリノとジョイライドは床に座ってカードゲームをしている。

 盤面は悲惨なもので、トリノ側は無傷なのにジョイライドは歴史的大敗を決めていた。


「はいはい、貸して。ふーん、速攻ね……いいよ」

「よーし、じゃあやってやる! マナチャージ……って、あれ? さっきのカードがない……」


 キーカードが手札にないため何もせずにトリノにターンを渡した、直後。

 彼らを、とても大きな地震が襲った。トリノが魔法を発動する暇もなく景色がガラガラと崩れ、視界が黒く塗り潰される。


 だが、すぐに魔法で瓦礫を吹き飛ばすと……そこは、先ほどまでいた自室ではなく、どこまでも続く平坦な海だった。トリノとジョイライドは、海の真上に敷かれたガラスの床に立っている。


「やあやあ、ようこそこの世界へ! 歓迎するアル!」


 トリノたちの視線の先に突然出現したのは、中華風の服装をした高校生くらいの女だった。

 その女が笑顔で両手をぱちんと叩くと、トリノの上下左右の周囲を囲むように灰色の四角形が宙に浮かぶ。それと同時にトリノの体に負荷がかかった。


「アタイは華礼詩音(かれいしおん)。世界で最も素晴らしい組織――『ストック・ロフィン』の第八席、『芸道』の詩音アル!」

「ご丁寧にどうも。僕はトリノ」


 詩音の自己紹介を受けトリノも返すと、ジョイライドも戸惑いながら口を開いた。


「わ、ワタシはジョイライドさ……その『ストック・ロフィン』というのは、アダムズと関係があるのかい?」


 その質問に、詩音は答えるかわりにいたずらっぽく人差し指を口に当てる。


「さあねぇ。あるかもしれない、アルね?」


 投げナイフを取り出したジョイライド。だが、すぐに詩音が再び魔法を発動し、ジョイライドの動きが制限される。


「……上下左右にしか動けない魔法か……」

「それだけじゃあないアル。この魔法は『フィニッシュ・オン・ハイ・ノート』。単純なゲームアルよ……チュートリアルから始めるアルね!」


 トリノとジョイライドの立っているやや右に、ゆっくりと桃色の左向き矢印が飛んでくる。


 タイミングを合わせてトリノがそちらへぴょんと飛ぶとその矢印はぽん、と音を立てて消えた。一方、警戒して矢印に触れなかったジョイライドの左腕にはざっくりと切り傷が入る。


「テンポよくノーツに触れればいいだけアル。だけど、ミスした時は……大ダメージアルよ?」

「っ……」


 それじゃあ本番スタートアル、と詩音が指を鳴らすのと同時、先ほどとは比べ物にならない速度で大量のノーツが飛んでくる!


 すばやく動くトリノはギリギリながらすべてのノーツに触れることができていたが、ジョイライドはなかなかうまくできず、次々と浅く無い傷が刻まれていく。


 一分ほどしてノーツが途切れた時には、既にジョイライドは満身創痍だった。


「はっはっは、傑作アルね! それじゃあ、続けるアルよ……ん?」


 トリノが目を閉じたまま規則的に左足をぱたぱた鳴らしている。


「まあいいアル。その余裕がいつまで続――ぐぅっ!?」


 大笑いしていた詩音の右手に大きな傷が入り、真っ赤な血が飛び散る。それはとどまることを知らず、次から次へとダメージは累積していった。


 危険を感じた詩音がゲームを中断すると、ようやく攻撃は停止した。


「なっ……な、何をしたアル!? ゲーム中は攻撃なんてできないはずアル……!」

「知ってるかな。ゲームってのは、なんでもModが作られるものなんだよ」


 貧血を起こし、頭が回らず状況が理解できない詩音にトリノが簡潔に現実を伝える。


「僕はあんたの魔法を改造した。僕がノーツを叩くたびにあんたへダメージが行くようにね」

「……!? そ、そんなことできるはずないアル……!」

「実際できてるんだけどね。じゃあ、寝ておいてもらおうか」


 ガラスの砕けるような音と共にトリノを囲む枠が破壊され、自由になる。


 詩音は後ずさろうとするも、滑って転んでしまった。それと同時に白い風が詩音の首筋へ巻き付き、意識を一瞬で刈り取る。


「……これでいいんでしょ? ディレクションに渡しといて」

「あ……そういえばそうだったね、忘れてたや」


 大海原は次第にフェードアウトをはじめ、すぐに元の自室の静けさが戻ってきた。

 さすがに固有名詞は本編内には出せないと思うのですが、トリノ君たちがやっていたのはデュエル・マスターズです。ジョイライドが使っていたのは【赤単レッドゾーン】、トリノ君が使うのは【ダーツデリート】です。トリノ君は割と運がいいのでめっちゃ勝てます。


 華礼詩音(かれいしおん)

 魔法『フィニッシュ・オン・ハイ・ノート』――対象に強制的に特定のゲームをプレイさせる。

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