他殺
「僕は昨日、お前の話を聞いてすぐに、部屋へ引っ込んだ。そして考えた。竜ニさんの死は不慮の事故じゃなくて、他殺だったんじゃないかと」
竜ニは、後頭部に衝撃を受けて、すぐに意識を失ったというのに、うつ伏せで倒れていた。
陸が帰宅して、死体を仰向けにさせてしまったから、駆けつけた救急隊員も医者も、そして薫と辰も、竜ニが後ろ向きに倒れたのだと思った。
陸は、パニックに近い状態になっていたので、事細かな説明など出来ず、従って皆の思い込みについて考えを巡らす余裕などなかった。
「あの日、お前が帰ってくるまで、家には妙と竜ニさんしかいなかった。となれば、犯人は妙しかいない。それに、医者から死因について聞いた時、あいつは何も言わなかった。『彼は最初、うつ伏せで倒れていたのだから、後頭部を打っていたなんて考えられない』とは思わなかったのだろうか。結局妙は、一言も口を挟まないまま、家に帰った」
陸の奥歯が、ガチガチ鳴る。何にせよ、妙が病院側の勘違いに言及しなかったのは、事実なのだ。
「でも妙は、知ってる通りあの体だ。人を殺せるはずがないのに、と頭を捻っていたら、いつの間にか朝になっていた」
犯人は妙以外に考えられないというのに、その妙が殺害が到底不可能な状態なのだ。辰は悶々としているうちに、気付けば夜を明かしていた。
「しかし、早朝トイレに行った帰りに妙の部屋を見た時、行き詰まっていた思考に、ひらめきが降りてきたんだ」
その時の喜びを表すように、両手を広げる。
「ドアが半開きになってたから、ちょっと覗いてみたんだ。あいつはベッドの上で手鏡を見てた。前髪をかきあげながら、額をじっと眺めていた。僕はハッと気付いた。妙は手も足もろくに操れないけど、頭なら動かせるじゃないか、と」
陸は、ゾゾーっと身震いした。部屋の温度が急に冷凍庫の中くらいにまで下がった気がした。
でも少年は、健気に食い下がった。姉を殺人犯だと決めつける辰に、「で、でもっ」と前のめりになった。
「偶然おでこをぶつけちゃっただけかもしれないじゃん。だって……考えられないよ。家族を何よりも大事に思ってた妙姉ちゃんが、竜ニさんを殺して、知らんふりをしてるなんて……」
陸は、辰の推理をどうしても信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「家族か……。妙は、竜ニさんのことを、そうは思ってなかったぞ。外出しなきゃならない時は、頑なに竜ニさん以外に付き添いを頼んでただろう?」
確かに妙姉ちゃん、竜ニさんにはちょっとした世話も頼まなかった。車椅子さえめったに触らせようとしなかった。
遠慮してるんだと思ってたけど、実は極力関わりたくない気持ちから、そうしてたのかもしれない……。
陸の顔は、もはや幽霊のように青白くなっていた。
辰は、それに頓着することなく、淀みなく恐ろしい推察を語っていく。
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