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心の声(完)

 ヒヤッとした風が頬を撫でる感触で目を覚ます。

 何やら眩しく、まぶたをすぐには開けられない。


 目を擦り、薄目を開けてまわりを見渡すと、見覚えのある病院の、これまた見覚えのある病室。

 ぼんやりした脳が、状況の記憶を復元してくる。


 俺は、あの戦いの後、アバターごと消滅し、その後どうなったのか覚えていないのだ。

 というか、あの後の続きが今現在、ということだろう。つまりあの戦いの直後、誰かが俺を病院に運んでくれて、今ようやく目を覚ました、といったところか。


 俺の視界に入る範囲には、誰もいなかった。


 普通、こうやって入院なんてする場合、親が飛んできたりするものだと思っていたが、ここ最近俺は何回か病院送りになっているにもかかわらず、うちの親はついぞ一回も姿を表さなかった。

 その上、今回は一人もそばにいない。俺はなんだか悲しくなってきた。


 

 ああ、タバコが吸いて──……。



 ふと右に視線をやると、棚の上には俺がいつも吸っている銘柄のタバコが置かれていた。

 こんなことをしてくれるのは中原に違いない、と俺は嬉しくなり、タバコを手に取って立ち上がろうと考えたが──。


 待て待て。いつもこれで倒れ込んで、それからお約束のように嘔吐するのだ。だから今回は慎重に……。


「あ────っっ、ネムが起きたぁああああっ!!!」


 突然の叫びにベッドの上で飛び上がった俺は、その勢いで床へと転がる。

 フラフラしながらも必死になって立ち上がると、めまいが。続いて、



「おえええええっ」



「どうしました?」

「おっ、ネムが起きたやんか! えっ、ったなっ。何いきなり吐いてんの?」

「ミーちゃんはネムの心配もしないでそんなことしか言わないんだね。わたしは違うから! よかったぁ、心配したんだよ、ネムっ!」

「今更ぶりっ子すんなやボケっ」

「おばちゃんたちは黙ってよ、ネムが辛そうなんだから……」

「んだと、このガキ! 上等だよ、表出ろやコラっ」


 異常に言葉が汚くなったさやのセリフが特に印象に残ったが、俺はとりあえず吐き切ることだけを考えた。


      ◾️ ◾️ ◾️ 


 床掃除まで終えて一通り落ち着くと、俺は仲間たちから事情を聞く。それによると、こうだ。


 俺がアバターを消滅させた後、リオはすぐさま救急車を呼んだ。

 血圧が下がり、原因不明のショック状態であったことから救急隊は俺を搬送したが、しかし今回、俺は心肺停止にもならなかったらしい。


 それは、完全にリオのおかげだった。


 リオは、俺に三錠目のヒュプノスを飲ませた直後に俺にキスし、エリクサーの能力を注ぎ込み続けた。その結果、どうやらヒュプノスの副作用を一定程度は抑え込んだようだった。


 リオの能力は、キスをすることでエネルギーの注入を行うらしいが、そう考えると、あの遊園地で中原もキスされたの?

 ということで、俺はものすごく複雑な気分に陥る。中原みたいなおっさんくさい奴が付き合ってもないのにリオとキスしたのだと思うと、心がなんだかうつになる。


 同時に、「リオが俺にキスをした」という事実を知ったミーとさやは、即座に眉間にシワを刻み、この怖いもの知らずの女子高生を睨み続けていた。


「いくらあたしの能力でも、どうなるかはわからなかったんだ。あのトンデモ睡眠薬が一体どういう代物かわかんなかったしね! でも、成功してよかったぁ」


 リオは明るくこう言った。

 俺の命には代えられない、ということで、ミーとさやも、大人しく怒りを収めてくれた。


 

 本田はどうなったか?



 俺は奴に巨大落雷を喰らわせた直後、もう一つ命令を出した。

 それは、本田が雷を受けた後に、俺に注ぎ続けられるエリクサーの効力を、俺の「神の力」を通じて本田清十郎へも注がれるようにしたこと。

 

 目論見通り、本田は一命を取り留めた。


 ただ、かなりの重症であり、想定よりもギリギリだった。リオのエリクサーが一体どれほどの回復力を発揮するのか俺はよく知らなかったので、本田清十郎の生存も、なんなら俺自身の生存もが、祈るしかないような状況だったのだ。


 しかし、見事に成功してくれた。


 心の底から祈ったことがこうやって現実に叶うのは本当に初めてではないだろうかと思うくらい、俺は今までの人生で、願ったことは何一つ叶ってこなかった。もしそれが今日、この日のためであったというなら、今までの俺の人生も報われるというものだ。


「お父さんとは、また話すよ。目は覚ましたんだ」

「お父さんは、なんて言ってた?」

「『私の負けだ。好きにするがいい』だって」


 負けを認めても、考え方を変えたわけではないだろう。人は、これまでの人生で培った考えというものがあるのだから。


 順番に、一つずつ。

 今すぐは無理でも、根気よく続ければ、何がどうなるかなんてわからない。

 俺はリオに、そんな話をした。


 どうやらその言い方が説教くさかったらしく、


「それちょっとウザ。おっさんだわ完全に」

「じゃあ、もっと若々しい彼氏でも探したら」

「あ! そんなこと言うなんてヒドイ! ネム、あたしと付き合うって約束したじゃない!」


 そのセリフは当然聞き捨てならないミーとさやの二人。

 身を乗り出してリオへ詰め寄る。


「はあっ? あんた、いつそんな約束したっての?? ネム、本当っ!?」

「ふざけんなや! あたしが一番乗りやのにっ」

「愛に順番が関係あると思ってんの? だとしたら相当ボケてるねおばちゃんズは」

「「このっ」」


 何度か見たこの光景。

 三人は団子になって取っ組み合う。


「あの、そういえば、雪人くんは?」


 俺はそれを思い出して、この三人の争いを中断させる意味も込めて尋ねる。

 それには、リオが答えた。


「うん、もう大丈夫だと思う。雪人くんは、根治したと思うよ」


 俺は大きく息を吸い込み、身体の力が一気に抜けた。

 得意げにするリオを見つめ、さやは、


「まあ……こればっかりはお礼を言わなきゃね。ありがとう。本当に、ありがとう、リオ」


 目を潤ませたさやが素直にお礼を言ったからか、リオは顔を赤くして、


「そっ、そんなの当たり前! 人間として、ってやつよ」


 と言って目をそらす。

 雪人くんは、可愛いピンク髪の女子高生にいきなり初キスを奪われて、顔を真っ赤にして放心していたらしいが、命には代えられないから仕方がないだろう。



 まゆは、無事だろうか。



 ギガント・アーマーのポッドから助け出したのは覚えているが、何も異常なく無事に助けることができたのだろうか。


 俺が思いを馳せていると、病室の出入り口にまゆが姿を表す。


「まゆ! 無事だったんだね」


 俺の呼びかけに、まゆはにっこりと笑顔を作る。

 空虚としか言いようのなかった表情は今や温かく、幸せを内に秘めていた。


 まゆは、長野での非礼をみんなに詫び、自分と雪人くんを助けてくれたことに関するお礼を述べた。

 

 そんな話をしていると、さやがあることを話題に出す。


「ねえ。ネムがね、まゆのこといきなり『まゆ』って呼び出したんだけどね、あなたとの会話の中で、自然にそうなった、って言うんだよ。それって、本当?」


 俺の釈明を全く信じていなかったおばちゃんズ。二人同時に目を細めて俺を冷たい目で見つめる。


「うん……そうだね。でもね、私、あんなふうに、男の人に『まゆ』って呼ばれたの、初めてで」


 うつむいて頬を赤くしたまゆは、この後、俺が全く想定もしていなかったことをみんなの前で口走った。


「……あの。ちょっと、ネムのことで、さやに聞きたいことがあって」

「うん? 何?」


 さやは、おそらくまゆが俺のことを「ネム」と呼んだことに怪訝な顔をしつつ答えた。


「さやとネムは、付き合ってるの?」


 ん──……、と、さやは言いにくそうにしながら、


「まあ……そう言いたいとこだけど、まだなんだ」


 すると、まゆはしばらくモジモジと目線を泳がせていたが、やがてポッポと紅潮した顔を上げて、固い意志を込めた瞳で俺のことをキッと見る。


「じゃあ、私も彼女候補にしてもらおうかな、って」


「「「はああああああっっっっっ????」」」


 団子にもう一人が加わって、俺の目の前で取っ組み合いが始まった。


「痛い痛い痛い!」

「ええ加減にせえやっ」

「だから髪の毛引っ張んないでよ!」

「もう、さっさと諦めろっておばちゃんトリオはっ」


 もう少しで、スターバレットと、イダテンと、イグナイターが本気を出して病室で暴れそうだったので、俺は必死でこいつらへ叫んだ。


      ◾️ ◾️ ◾️


 屋上にある喫煙所で、俺はようやくタバコを吸う機会に恵まれた。

 まあ、吐くことなく歩行できるか慎重に確認してからしか吸えなかったから仕方がない。


 手すりに寄りかかって、屋上から見える景色を堪能する。

 吐いた煙が風に流され、俺の口から出た途端に、真横に流れていく。


 と、背中にポンと手が置かれ、隣に中原が現れた。


「お、一人か? お前はだいたいいつもミーと一緒に吸いにくるのに」

「まあ、そういう時もあるっすよ」


 中原はタバコに火をつける。こいつも手すりに寄りかかり、こいつが吐いた煙もまた、同じように真横に流れた。


 ワイワイと楽しい時間は、現実からの逃避の表れだったのかもしれない。

 俺は、確認しておかなければならないことを、中原へ尋ねる。


「なあ。警察は、どう動いたんだ?」


 まゆは、「イグナイター」としての能力を使って、グリムリーパーとして、きっと暗殺業務を担っていた。

 ミーは、いくらリリスの心を察したとはいえ、リリスを殺害した。

 俺だって、リョウマと戦ったとき、アーティファクトでない兵士たちの心臓を一瞬とはいえ止めた。その中には、もしかすると死亡した者もいたかもしれない。 


 その他にもいろいろある。

 本田のやったこと、リリスのやったこと、リョウマのやったことは、どう裁かれるのだろうか?


 俺は、空を見上げた。

 雲ひとつない晴天。今日はどうやら運がいいらしく、遠くのほうには富士山が見える。

 

「その前に、ひとついいですか」

「ああ」

「センパイが眠っている間に、国の人が来たんすよ」

「本田の仲間、ってことか?」

「ええ、まあそんなところです。それでね、その人が言うんすよ。俺たちは、もう今まで通りの生活には戻れない、って」

「はあ?」


 そんなこと、そいつらに決められることじゃない。

 イラっとしてつい中原に当たってしまいそうになった。

 感情をグッと飲み込んだ俺は、話の続きを促す。


「……で?」

「ギガント・アーマーのことや、グリムリーパーのことは、まだ一般には公表されていないことなんです。こんなことを極秘裏にやっていたなんて、表沙汰にはできない、って。だから、俺たちの罪を問うこともないそうです」


 お得意の隠蔽か。

 なんとなく、予想していたことではあった。

 

「で?」

「どうやら、外国からの工作員も、大勢日本に入って来ているらしくて。もちろん、それは『アーティファクト』ですよ」

「……はあ」


 話の先は、なんとなくわかった。

 俺は、次のタバコに火をつける。


「グリムリーパーじゃないですけど、こういう特殊能力者で構成されたチームの立ち上げが急務らしくて。そのチームは、グリムリーパーみたいに秘密裏に指令をこなす業務をやらされるらしいんですけどね。ただ、主たる目的はただ一つ、『日本国の防衛』だって。無造作に一般人の命を奪うようなことは絶対にやらせないから、ぜひ国のために働いてほしい、って」


 信じられるわけがない。

 本田だって、自分の正義に基づいて突き進んでいたんだ。


 誰もがみんな、自分は正義だと思ってる。

 中原に言ったそいつだって、きっと同じなんだ。


「それで? お前は、どう思うんだ」


 俺は、中原に意見を尋ねる。

 俺はこいつと、ずっと一緒にやってきた。だから、まずはこいつの意見を聞きたいと思ったのだ。


「俺、そのチームに入ってみようかと思います」


 意外な答えだった。


 中原は、正直、今回みたいなことをする国の奴らに対して不信感を抱き、怒っているのだと思ったから。

 だから俺は、こう尋ねる。

 

「どうしてだ?」

「もしかして、この力を使えば、もっと人を助けられるんじゃないか、って思って」

「…………」

「俺、このまま建築業を続けても別に構いません。でも、もっと、残りの人生を全て懸けてもいい何か……そんなのがあるんじゃないかって、ずっと悩んでたんです」

「この力が、たくさんの人の命を奪ってきたとしてもか?」

「新たなチームの隊長は、センパイにしようと考えてるそうです」

「はあっ!? 何、勝手に──」


 中原は真剣な顔だ。

 しかし同時に笑みも浮かべる。


「だからね……全部、お任せします。センパイが隊長をやる限り、俺は大丈夫だと思ってますから」


 風が吹き、髪が流れて視界を覆う。

 前髪を手でよけると、ロン毛の中原も同じ動作をしていた。


 俺は、手すりに体重を預けたまま、真正面に広がる大空を見つめる。

 そうしていると、国の奴らに対する不信感とは違う、何か別の気持ちが俺の中にあるのに気づく。

 

 この空の遥か先には大宇宙があって、俺たちの見たことのない世界が広がっている。

 そこへ大冒険をしにいく奴らは、もしかするとこういう気持ちなんだろうか。

 

 今の会社で仕事をしている間、ずっとクズだなんだと言われて続けてきた。

 でも、クズであろうがなかろうが、護らなければならない大事なものは、何がなんでも護らなければならない。

 アーティファクトとなって、今回の事件を乗り越えて、俺は自分にもそれができると証明できた。今の仕事だけを続けていたなら、経験することのなかった成長だろう。

 


 きっと……もっともっと、できるはず。


 

 俺は、首だけ動かして中原を見る。

 中原も、同じ姿勢で俺を見ていた。


「なあ。ミーとさやは、なんて言ってるんだ?」


 中原は、ニッと笑顔を作った。


「もう俺たちの意思は固まってます。だから、ミミさんとさやさんに、『絶対ネムを説得してこい!』って言われてて」


 俺は呆れてため息をついた。

 

 あんな危険な目に遭って、まだこんなことを続けようってのか?

 でも、確かに、こんな能力を持ったままだと得体の知れない奴らにこれからも狙われ続ける危険がある。それなら、国公認のチームとしてサポートを受けたほうが、むしろこいつらの身も安全なのかもしれない。

 俺たちは、もう、後戻りができないところまで来てしまったのか。


 こんなふうに迷った時、俺は最近、頭の中にいるこいつらに、相談することにしている。


「なあ、ノア、ルナ。お前らは、どう思うんだ?」


 意識の中の子供部屋。豪華絢爛な天蓋付きベッドに寝転ぶ二人は、オレンジジュースをストローで吸いながらこう答えた。


「僕たちの命は、お前と共にある」

「何を選んでも、ネムネムにずっとついていくよ」

 

 俺はタバコを消し、病室に戻ることにした。

 自分の心の中にある、奴らと共に人生を生きるための回答を胸にして。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


次作の励みになりますので、★で評価していただければ嬉しいです。

よろしくお願いします。

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