愛
一直線に、金剛神に向かっていく狼帝。
カイザーウルフの繰り出す殴打は銀色の軌跡を引いて、一秒間に何発か、というほどに連打された。ヘラクレスはそれを真正面から受け、引く素振りなど見せようともしない。
「おおおおおおおっ!!!」
中原が叫び、
「ぬううううんっっっ!!!」
本田は構えて迎え撃つ。
二人はクロスレンジで腰を落とした。
狼帝の纏うプラチナの打撃は本田の急所を的確に捉え、回転するように滑らかに操られた身体は次々と流れるように攻撃を放って、横っ腹に、鳩尾に、顔面に強打を叩き込んでいく。
ある打撃はいなされ、ある打撃は防御され、ある打撃はまともに入った。
逆に、金剛神の攻撃は、中原がほとんど防御した。
金色に輝く人神と銀色に輝く狼帝は、一切引くことなく打ち合い続ける。
中原は、本田を押していた。
じり、じりと、本田の立ち位置が後ろにズレる。
それに合わせて、一歩、一歩、足を擦りながら間合いを前へと詰めていく中原。
立ち位置の推移は緩やかだったが、二人の打撃は凄まじい速さで応酬されていた。金と銀のオーラが混ざり合う戦闘領域は、他の誰をも立ち入らせない、立ち入ることが不可能なほどの暴風圏と化している。
明らかに中原が押しているはずのこの状況で、俺の胸には不安が渦巻き、まるで棘のついた風が吹き荒れているようだった。
エレメンタルで攻撃した際に抱いた印象を思い出す限り、奴を行動不能にするまでダメージを与えるのは相当に困難だと思ったのだ。特に、制限時間があるこの状況では、いくら進化した能力・狼帝カイザーウルフとはいえ……。
ヒュプノスが必要だった。
しかし、その前に────
「リオ」
ゼウスでの呼びかけに対して、リオからの応えはなかった。
先ほど父親が発した言葉について、リオは以前から知らされていたのだろうか。
それとも……
しばらくの時を経て、リオが応える。
「ん」
声の様子で、心境を窺い知ることはできなかった。
どう話していいか、俺は迷った。
選択した言葉は、事実を確認することだった。
「知っていたか。お父さんが、言ったこと」
「……ねえ、ネム」
「うん」
「お父さんを、殺して」
「リオ」
「殺して」
リオの視界を、俺は確認する。
揺らいでよくわからなくなっていた。
真下を向いているであろう視界の先にあるのは、きっと俺の横顔。その真上から、ポタポタとこぼす。
「俺は、殺さずに倒す」
「殺してって言ってんの! 言うことを聞いて! ほら、あたしのことが大切ってのはやっぱり、」
「大切だから、聞けないんだ」
「うざ……」
布団をギュッと握るリオの声は震えていた。
リオはいい子だ。
本人は、父親に遊んでもらった思い出はない、なんて言っていたが。
俺は、ふと、疑問が思い浮かぶ。
「なあ。他のグリムリーパーは、システム管理者であるお父さんの力によって、ゼウス・システムとの通信が保護されていただろ。だから俺は、奴らの視界映像なんてハッキングできなかった。なのに、どうして君は、保護されていないんだ」
そんなものは本田清十郎の力によって、いくらでも自由にできたはずなのだ。なにせ、リオは副隊長なのだから。
「……あたしのこと、勝手に覗かないで、って言ったから」
リオの回答は、普通の高校生と何ら変わらないものだった。
こんな純粋な、悪の部隊の副隊長なんて、正直俺は笑ってしまいそうなくらいだ。
「お父さんは、君の要求を飲んだんだね」
「…………」
「きっと、君のことが大事なんだよ。俺と一緒さ」
「……でも、お母さんを殺した」
「そのことは、あとで話し合うんだ」
「そんなこと……」
「絶対に、生きて連れ帰る。だから、」
わずかに残ったエネルギーがアークとなって、眠った俺の本体、肉体の周りを駆け巡る。
リオはハッとし、上体を起こす。
俺の頬を濡らしていたリオの涙は、取り巻く電撃によって蒸発していった。
「ヒュプノスを飲ませてくれ」
「……もう三錠目だよ。あたしが許可するとでも思ってんの?」
「生きて帰るさ」
「嘘つき。二錠で心停止した奴が、何言ってんの?」
「三錠で死ぬなんて、誰が決めた?」
「それは……」
「誰も証明していない。君らと同じく、俺はアーティファクトだ」
眠る俺の横顔を背景にして、涙を拭き取る手が見える。
「…………じゃあ、約束して」
「なに?」
「生きて還ってきたら、あたしと付き合って」
「え! っと。こんな時に何言ってんの?」
「それがイヤなら、ヒュプノスは諦めることね」
全然ふざけている様子のないリオの声。
「えーと。あの……うん。あのね、」
「うんって言ったな! よーし……」
リオは、俺の顔を無造作にベッドへ転がし、ヒュプノスを手に取ったあと、俺の顔をじっと眺めた。
「どうした?」
「……なんて、そんなこと言っても、これで最後かもね」
リオは、ヒュプノスを自分の口へ入れる。
「おいっ! 何やって……」
俺が慌てるのにも構わず、リオの視界は俺の顔へと近づいて。
リオは、俺に口づけをしていた。
リオの視界は光に包まれていき、眩いばかりに輝いていく。
彼女の視界に映る俺の顔は、またもや揺らいでボヤけていき、俺たちを包む光の渦とともに、涙の粒は浮き上がっていった。




