表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

83/88

最後まで睨め

 ナキが協力してくれて本当に良かった、と俺は胸を撫で下ろす。


 半径五メートル以内の、全ての存在を完全把握するだって?

 ならば、その範囲内では、次に成そうとするミーの動き──つまり筋肉の動きなども、動かすための電気信号が脳から発せられた瞬間に感知されることを意味する。

 

 ほとんど動いていないうちから先読みが可能となるのだ。クロスレンジにおいては、ほとんどナキの能力と変わらない威力を発揮するはずだ。


 その上、時を止める能力「エージェント」。真正面から対峙して敵う相手ではない。今だって、ミーとさやの二人がかり、プラス、ナキの能力を借りて同等──いや、劣勢なのだ。


「裏切り者のナキの能力で、私の力はわかったか?」


 塔屋のかげに隠れるミーへ、リリスはゆっくりと言葉を発する。その言葉には余裕とさげすみが宿っており、他者とのレベル差を十分に認識しているリリスの絶対的自信が現れていた。

 ミーは壁の影に張り付きリリスの声を聞きがなら、さやへゼウスを使って会話した。


「さや。頼んだで」

「おっけい、任せて!」


 さやの視界も時折確認していた俺は、さやが今、どこにいるかわかっていた。

 それは、ミーがいるのと同じビルの屋上にある、ほとんど壁のように積み上げられたエアコン室外機のかげ。

 塔屋のかげに隠れたミーを狙うリリスの、真後ろだった。


 このままさやがスターバレットで銃撃すれば、リリスの不意を突いて、真後ろ──奴の完全なる死角から攻撃することができるだろう。二人は、二手に分かれることによって、リリスの隙をうかがっていたのだった。


 俺の意識の中に存在する仮想映画館、高くそびえる視覚映像スクリーンには、灯りのほとんどない塔屋の壁と、超高層ビルの薄暗い屋上に積まれたいくつものエアコン室外機が同時に見えていた。

 リリスの姿はどこにも見えず、奴の声だけが、ミーとさやの視覚を通じて俺の脳へ直接送られてくる。

 

「ふ。えふ。えふっ」


 いつか聞いたことがある。

 初めてこいつとミーが戦った時に、こいつが漏らした愉悦の声。


「観念しろ。じきにもう一人の女も同じところへ送ってやる……」


 その声には、勝ちを確信した高揚感と抑え切れない加虐性癖が感じられた。


 奇襲のタイミングとしては申し分ない。俺は、手のひらに、じわっと汗が滲むのを感じていた。

 アバターのはずなのに、このように汗をかいたりする。人間が内面に抱く心理的緊張感すら、神のシステム「ゼウス」がアバターへ表現しているのだ。


 上がっていく心拍のリズムの間に、今度はミーの声が割り込んでくる。


「はは、冗談。お前如きにやられるイダテン様やないわ」

「お前がいかに速く動こうとも、私の近くに来れば──」


 二つの視覚映像スクリーンのうち、片方に変化が訪れる。


 リリスの口上を聞き終わることなく、室外機の影から飛び出た視線。さやは瞬時に具現化した光り輝く星屑の束をリリスに向かって投げつける。


 完全に視覚では見えていないはず。聴覚では多少ヒュンヒュンと風を切る音がしたかもしれないが、音が聞こえてから反応できるタイミングではない。

 それに、アブソリュート・センシングがスターバレットの群れを感知した時には、すでにリリスから五メートルの距離に致死の弾丸が迫っているのだから。


 いずれにしても、回避することは無理に違いない。俺は、汗ばんだ拳を握って、今度こそ勝利を確信していた。 

 

 その俺の視界の中で、またもや信じられないことが起こる。


 スターバレットの風切り音と同時に、リリスの姿はブレるような、まるでワープするかのような速さでかがんだかと思うと、さやの放った光弾群は這うように姿勢を低くしたリリスの僅か上を通り過ぎたのだ。


「バカなっ!!!」


 俺は叫んでいた。

 リリスはそのまま流れるような動作でさやに向かってサブマシンガンを向け、ダダダダダ、と連射音が鳴り────

 

 呻きと同時に、血飛沫が舞い散った。

 さやは攻撃のタイミングに集中していて、防御のことまで気が回っていなかったのだ。


 赤く染まったスクリーン。

 さやの視界は、屋上の床に向かってスローモーションのように下がっていく。

 


「うああああああ────っ!!!」



 暗い塔屋の壁しか映っていなかった視線は、光り輝く両翼を持った天使の背後をまっすぐに捉えていた。

 叫びながら飛び出したミーは、リリスに向かって一直線に斬りかかる。伏せるような姿勢のリリスは振り下ろされるミーの斬撃を剣で防御し、ギギ、と、つばぜり合いの音が響く。


 体重をかけたミーの斬撃に対して、片手での防御はさすがに分が悪かったのだろうか。

 剣撃で押されたリリスは、もう一方の手に持ったサブマシンガンの銃口をミーへ向ける。ミーは横方向に回転しながらそれを回避しようとしたが──

 

 フェイント。

 誘導動作に釣られたミーの腹部に、リリスの蹴りが深々と刺さる。


 二、三メートル飛ばされたミーは、蹴りのダメージで腹を抑えてひざまずいた。さっきは餌に使われたサブマシンガンの銃口が、今度こそ殺意を込められミーに向けられる。

 半径五メートル、神の領域内で行われるエイミングはいかなる回避行動も無駄なはず──


 ダダダダダ、と鳴る、命を奪う凶弾の音。

 俺は、リリスの心臓を止める心の準備もできないまま、事態の経過を見守ってしまった。

 

「ミー……さや……」


 弱々しく呟いた俺のアバターは、本田と中原の前で膝をつく。

 

「くくく……まあよく耐えた。クズにしてはな」


 息を切らせて絶望する俺へ、本田は優越感に浸った声を浴びせてきた。



 リリス。

 


 殺す。

 殺す、殺す、殺す、殺す、



 憎悪が心の八割以上を支配し、念仏のように唱える。

 その俺の意識に、奇妙なものが映っていた。ミーの視界の真正面に、リリスではない、何かが立ち塞がっていたのだ。

 


 なんだこれ?



 怪訝けげんに思ったと同時に、ミー自身が言った。


「……なんで? リョウマっ!」

「へへ。なんで……だろねぇ」


 血の流れた跡が残った両目は潰れたままだった。

 ヘッドギアのような装置を付けたリョウマ。その隙間からは彼の象徴とも言えるドレッド・ヘアがうかがえたから、俺にもすぐにこの人物がリョウマであると理解できた。

 ミーの視界に映るリョウマは、リリスに背を向けて両手を水平に広げ、ミーの前で仁王立ちしていたのだ。


 そのまま膝からゆっくりと崩れ落ち、

 リョウマは、パタン、と力なく前のめりに倒れる。


「裏切り者どもが! まとめて──」


 リリスが怒号を言い終える前────

 リョウマを見下ろすミーの視界の淵に、紅蓮のオーラが揺れ漂う。


 間合いは瞬時に潰された。

 ミーの剣はリリスの剣と激しく衝突し、乾いた金属音を散らす。


「無駄だ! このっ、」


 リリスの能力「エージェント」の発動を知らせる違和感が、身体中に波動をうつ。


 と、ミーの視界はまたもや宙。

 垂直に飛んだミーが見下ろしたところに、リリスが映る。


 おそらく、「エージェント」を回避するための案。さっきと同じ戦法だ。

 しかし同じとはいえ、突然行われた超人的な垂直ジャンプへ一秒以内に気付いて対処するのはそう簡単ではなかったようだ。ミーは、またもや絶対的な一秒間を回避する。


「だから何だ? お前ごときクズ────」

「ああああああ!!!」


 まっすぐに振り下ろされた唐竹が、防御した剣を押してリリスの額に傷をつけた。


 飛び散る自らの血液をものともせず、ミーの着地を待たずしてリリスは剣でミーを薙ぎ払い、そのまま弾き飛ばしてミーとの間合いを確保しようとする。


 ざざ、という着地音を立ててミーが体勢を立て直した時には、二人の間には五メートル以上の間合いが確保されていた。間髪入れずにサブマシンガンの凶音がうねりを上げる。

 これではさっきリョウマに助けられた時と同じ。まともに蜂の巣にされてしまう──



 俺が予測した最悪の結末は、ミーの繰り出す異次元の動きによって覆された。



 ステップを踏むミーは、ほんの一〇メートルも離れていない至近距離でリリスの連射銃撃を回避する。

 緩急をつけて左右に動き、時に水平回転しながら素早く相手の照準を翻弄する。戦いの動きにしては、まるでダンスのようにリズミカルで──。


「ノア、これ……」

「ああ。銃を前にしたワン・オン・ワン、バスケの動きそのものだ」


 ノアは、鳥肌のたった拳を握って目を輝かせていた。


 立て続けに放たれる攻撃を回避するごとに、ミーの視線はリリスの瞳を捉えていた。

 ミーの視界を通してその様子を見る俺は、やがて、ミーがやっていることを何となく感じ取る。

 

 これは、ナキとは違う、ミー独特の心眼なのだ。


 左右方向に展開されていた回避行動から、突然、ミーは最大値まで引き上げた初速によって、まるでワープするかのようにリリスへ向かって直線的に飛びかかる。

 と、ほとんど同時にリリスの三メートルほど手前で急停止。間合いは神の支配する絶対領域、アブソリュート・センシングの感知エリア内だ。


「くっ……この、」


 ミーは、とん、とリズムをとるような動きを入れる。


「雑魚がっ、──」


 口走ったののしりと同時にミーへと向けられた銃口。


 リリスの指が引き金を動かそうとする前に、黄金の瞳へと吸い付けられたミーの視線が反応する。

 銃撃音とどちらが早いか、ミーの身体はまるで竜巻のようにロールターンし、弾群を回避しながら曲線の軌跡を描いて稲妻のような超高速ドライブで敵の懐へ──


「ぐ……おっ」


 ほとんど一筋の光にしか見えない太刀筋へ辛うじて間に合った剣。

 しかし防御するリリスの呻きが聞こえた時には、ミーは次の斬撃を繰り出していた。キン、キンと鳴り響く金属音だけが、ミーの攻撃速度を俺に知らせる。


 見えないのだ。


 その速度域は、俺の知覚能力を超えていた。リリスの動きは目で追えるのに、ミーの剣撃速度についていけない。


 ミーの身体を覆う紅蓮の気体が、時を経るごとに濃くなっていく。

 ミーの攻撃をかわしきれないリリスの身体から血が飛び散っていく。

 神速の護法神は、神の領域・アブソリュートセンシングの感知速度を超えたのか。

 それとも、感知した情報に対応する身体速度が追いつかなかったのか。


 ミーは、リリスの反応速度を超えて剣を振り続ける。


「ふざけ……これ、で、終わりだぁ──っっっ!!!」


 圧倒的な連撃を受けながら叫んだリリスの言葉が意味するところを、俺は瞬時に理解した。


 四秒間の終わりが来る。

 

 垂直ジャンプでは、次こそ神の領域内で展開される絶対感知を逃れることはできないだろう。

 ビルの塔屋にでも退避しなければならない。一秒間を逃げ切る方策を……


「ミーちゃん、こっち!!!」


 光の盾に身を包んださやが叫ぶ。


 盾──。

 まさにそう表現するのが最適だと思った。

 表面はのっぺらな壁ではなく、中心を頂点として緩やかな流線型を描いている。


 ミーは、さやの後ろへ一足飛びで隠れた。

 光の壁の後ろにいるさやは、身体中から血を流し、ひざまずきながら、顔をしかめてエネルギーを絞り出す。

 

「死ねぇぇぇぇぇ!!!」


 身体中を走るエージェントの違和感とともに聞こえるリリスの叫び声と、絶え間なく続く連射銃撃の音。


 しかし全ての弾丸は変形スターバレットの前で四方八方に弾かれてゆく。照準を固定し一点突破を狙ったようだが、曲面を描く光の壁は、今度は穴一つ開くことなくリリスの攻撃を防御した。


「くらえっ、」


 さやの叫びで上空を向いたミーの視界に、まるで漆黒の夜空にちりばめられた星々のように光弾の群れが具現化していた。

 

 身をひるがえして美しい翼を羽ばたかせ、輝く光粉を撒き散らして地上三〇階を超える屋上の柵からビル外へと離脱するリリス。


 同時に、さやの「散弾銃ショットガン」が追撃する。リリスは屋上から出たあと、下方へ飛んでそれを回避しつつ、邪悪に輝く黄金の瞳で、雑魚と侮る二人を去り際に睨む。


「さや! いくでっ」


 即座にミーはさやを背負って、リリスの跡を追った。二人もまた屋上の柵を飛び越え、下方向を見据えて雄大な大都会の夜景の中から天使の光を探し出す。


「もう一発っっ、」


 散弾銃ショットガンの二連撃。

 無数に具現化された光球が、垂直下方、リリスへ向かって一斉に放たれた。


 エージェントを使い切ったらしいリリスは身体を捻りながら回避しようとしたが、嵐のような光弾の群れはとうとうリリスへまともに直撃した。

 身体の至る所を貫通し、奴の象徴とも言える両翼りょうよくは無数に穴が空いて、光り輝く翼に黒い斑点はんてんがいくつも現れたかのようだった。


 リリスは必死に翼を動かす。

 しかし、穴だらけになった翼は、もはや浮力を生み出せていなかった。


「さや! いっけええええっっ」

「あああああっ!!!」

「うおおおお!!!」


 重力加速度によってどんどん墜落速度を増す中、リリスは上空から接近するミーとさやへ銃撃を開始する。

 同じように、さやによって雨のような光の弾が撃ち下ろされ、無数の槍となってリリスに突き刺さる。

 一つでも急所にあたればすぐさま命を奪う弾丸が、数え切れないほどに両者の間で交錯した。


 血だらけになったリリスは首だけを落下方向へ向けて地上を視認する。

 再びミーとさやのほうへ向き直り、サブマシンガンの銃口を向けた。


 その表情に、俺はどこか違和感を感じとる。

 同じくして、さやは俺の抱いた疑問への解答を、誰にともなく呟いた。


「あいつ、死ぬ気だ」

「…………さや」


 ミーはさやに言った。


「後ろにスターバレットを噴射して、加速せぇ」

「……どうして? 防御に徹すれば、……」


 ミーのことだから、こんな時でもリリスを助けようとしているのだ、と俺は直感した。

 だから、「助ける必要なんてない」という意味で、さやが言葉を返したのだと思った。


 それが間違っていたことに気付く。


 さやは真の心眼によってリリスの心を読み取っていたはずだが、ミーもまた独自の心眼によってリリスの心を読み取っていたのだろう。

 さやは、きっと自分の考えと違ったことだけ口に出したのだ。その問いに対する答えを、ミーもまた口に出して言った。


「このまま地面に叩きつけられて死ぬなんて、不満やろからな」


 バオン、と音がして周囲が明るく光り、二人の視界はこれまで以上に加速した。

 まるで病に侵されたかのように、翼に無数の黒い斑点を浮き出させた天使がどんどん近づいてくる。


 常に鳴り響いていた致死の凶音が止む。

 サブマシンガンの弾が切れたようだ。リリスは銃を捨て、剣を両手で構えた。


 ミーが放つ超加速からの横薙ぎを、リリスは剣で防御する。

 

 が────


 剣は弾かれ、

 かつては自分のものであった刃がリリスの胸へ斜めに入る。



 黄金色に輝くリリスの瞳は、初めて見せるその表情によってか、限りなく美しかった。



 ミーとさやは返り血を浴び、

 視界には地面がもうすぐそこに迫っていた。


 大きな衝突音が、ほとんど同時に二つ鳴る。

 破壊されたアスファルトは粉塵をあげ、ミーとさやの視界映像は何も見えなくなった。


 ミーも、さやも、無視界の中で動くこともなく静止する。


 やがて煙幕が晴れていくと、

 大きな血の海の中央で、安らかな顔をして、路上で横たわるリリスが現れた。


 さやはミーの後ろ姿に視線を固定し、

 ミーは動かなくなったリリスに視線を固定する。


「アホが……どいつもこいつも、なんで最後まで、睨まへんのや」


 ミーは、さやの視界の中で、リリスを見下ろして、うつむいたまま立っていた。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ