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リョウマの心

 俺は、自分のアバターに意識を戻し、目の前に立っている本田清十郎を睨みつけた。

 

「どうだよ。もう二人もお前の忠実なる部下はやられたぜ?」

「まあ、雑魚ではないようだな。だが、それもここまでだろう」

「余裕ぶっても焦ってんだろ?」

「くくく」


 不気味に笑う本田。

 俺は、まゆの横に表示されているカウントダウンを確認する。


 ──残り時間は八分。


 まゆの両手から吹き出る炎は当初よりも威力を増しているように見えた。

 ブアアア、と轟音を奏でる凄まじいほどの火炎放射は左右の内壁で跳ね返って、彼女の閉じ込められているポッド内を渦巻いている。

 焦点の定まらない細目をしているまゆは、下から煽られた髪の毛を逆立てたまま、両腕を水平に拘束され、真正面をじっと見つめている。


「完全融合までおよそ七分あまり。焦らなければならないのはどちらかな」


 本田は余裕を見せて俺を挑発してくるが、ミーとさやは、順調に敵を倒しているのだ。

 焦る必要はない。このままいけば、きっと間に合う。

 リオが協力してくれれば、きっとまゆの弟……雪人くんは助かる。

 時間内に全ての敵を倒し、まゆをギガント・アーマーから引き剥がすことさえできれば。


 俺は、焦る思いを抑えながら、意識をミーとさやの視界映像へと戻した。


      ◾️ ◾️ ◾️


 ミーに両目を潰されたリョウマは、メデューサの石化能力を使えなくなり、もはや戦闘不能の状態だった。

 十数名くらいいた兵士たちもさやの攻撃で全員負傷し、そのうえ、アーティファクトであるリョウマが倒されたことが影響したのか、戦意を喪失していた。


「さあ。まゆを助けに行こか」


 ミーの視界は出口を探す。

 大空間を見回すと、出入口は、ミーとさやが入ってきたものとは別に、もう一つあった。

 

「あの先に行ったほうが、ええかな? ナキとシンクロしてるんやったら、聞いてや」

「その前に、こいつどうする?」

「もうええ。ほっとこうや」

「一人一殺とか言ってたのに?」

「あれはあれ、これはこれ、や」

「キキキ……」


 床でうずくまるリョウマが、不敵な笑い声を出す。


 こいつは本当に蛇のようにしつこい。俺はいい加減イヤになってきた。

 きっと、ミーとさやもそうだったのだろう。うんざり感が声に表れていた。


「あのなあ、もう、ええ加減にやめとけって。なんなんや、お前」

「そうだよ。だからフラれるんじゃない? 君」

「うるさいな! 俺はモテるって言ってんだろ、この牛女とまな板!」


 床に転がり目の見えないリョウマにドカドカと蹴りを入れる二人。


「おらっ! しねっ」

「わたしのおもちゃなのよ、あなたは! おもちゃの分際でっ、」

「ああっ」


 ケツを蹴られて、謎にまんざらでもない声をあげるリョウマ。

 怖いことに、その様子を見て、どんどんテンションを上げて強く蹴っていくさや。


「ほらっ、もっと鳴きなさい!」

「はううっ!!!」


 いつの間にか、ミーは二人から距離をとって視界を細める。

 ただ、よく考えれば妙なことだと、俺は思った。


 俺たちが今やっているような生死をかけた戦いにおいては、敗北した場合、結果として殺害されても何らおかしくはない。

 であれば、リョウマがもし生き延びたいと願うなら、ここであのまま死んだふりでもしていた方が、よっぽど懸命な選択だっただろう。

 

 にもかかわらず、ミーとさやの前でこんなふうに起き上がる。

 まだ、勝算があるとでもいうのだろうか?


 えぐるようなさやの蹴りがんでから、リョウマはこう言った。


「お前らの道は、もう、一つしか残されていないんだよ」


 リョウマの言葉で、ミーとさやは自分たちが入ってきた出入口のほうを向く。

 最初に入ってきた出入口の手前に、透明な壁ができていた。その壁は扉の枠にキッチリと隙間なく張られていて、破壊しない限り向こう側へ行くことはできなさそうだ。


「その壁は硬いぜ? お前ら如きではどうにもなんねえよ」


 リョウマの言葉をまるっきり信用しない女子二人は、自分たちで証明してみることにしたようだ。

 さやは無数に具現化した光弾を発射する。

 ミーはワープするかのような速さで加速し、壁に斬りかかった。


 ガンガンガン、キャイイン、と響く硬い音。

 二人の攻撃を受けた壁は、キラリと光を反射する光沢を帯び、傷一つ付いていなかった。


「へえ。確かに、なかなか硬そうだね」

「うん。嘘ではないな」

「あのな。俺は今までお前らに、嘘はついてないだろ?」

「メガネで石化を防げるって言うた」

「お前ら、それが嘘だって証明してないだろ」

「う」

「『お前』って、誰に向かって言ってるの?」


 さやはもう一発、ケツを思いっきり蹴っ飛ばし、リョウマは「あっ」と歓声を上げた。


「メガネの件、もう二度と証明できないのが悲しいわ」

「本当だよ。おま……君たちなら、これまでで一番美しい石像になれたのに」


 やっぱ嘘じゃねえか、と言いながらリョウマのケツを蹴っ飛ばすさや。


 リョウマはケツをさすりながら、あぐらを組んで座り、ふう、と息を吐く。

 まるで生きているかのようにウネウネとうごめいていたドレッドは、今はもう元気なく垂れ下がっていた。

 

「まあいいけどな。ゼウスを使えば、カメラに映った映像を直接脳に転送できる。かわいい女の子の姿は、これからも、ちゃぁーんと拝めるし。石化能力が失われたのは残念だけどな」


 ミーとさやは顔を見合わせ、深いため息をつく。


「死んでも治らんな」

「もう行けよ。真弓のところへ行きたいなら、君らが唯一、進むことのできる道は、向こうだけさ」


 リョウマが指差したその出入口へ向かうことは、敵の罠にハマることと同義だ。

 だが、他に進める道もない。そもそも最初から、敵が待ち構えているとわかっていて、ここへ飛び込んだのだから。


「その先に、誰がいるかわかるか」

「……リリスやな」

「キキキ……幸運を、祈るぜ」


 リョウマは、あぐらのまま片手を挙げる。


「ふん。親分に殺されへんようにしぃや」


 ミーの視界に映るリョウマは、口を半開きにしていた。


「なあ。一つ教えてくれよ、みーちゃん」

「なんや」

「どうして、そんなふうに敵の心配をするんだ? どうして、敵の俺を殺さないんだ? 戦いの最中だって、劣勢だったくせに、最初からずっと俺のこと殺さない気でいただろ」


 ミーは天井を見上げる。

 さやの視界に映るミーは、どこか寂しそうな顔に見えた。


「寝覚めが悪いやろ。お前みたいな外道でも、死んだらな」


 キキキ、といつもの笑い声を漏らす。

 リョウマの目は血で溢れていたので、こいつの顔を見て表情を読み取るのはむずかしい状態だったと思う。

 だが、目を除いた部分で作られる表情は、どこか、波動の最期を思い出させた。


「ああ……どうせだったら、最初から君の仲間でも、よかったかも」

「まっぴらごめんや、ボケ」

「ふん。さあ、行け」


 ミーとさやは、リョウマをおいて出口のほうへと向かった。

 二人は、振り返ることもなく、スタスタと歩いていく。


「ミー、さや、後ろから撃たれるかもしれない。リョウマから目を離すな」

「大丈夫だよ」


 さやは、自信満々に答える。


「どうして?」

「心が、そう言ってる」


 さやは、ゼウスを使って、俺にだけ言った。


「ミーちゃんって、不思議だよね」

「え? どうして?」

「リョウマはね、最初はわたしに執着してたかもしれないけど、今は、わたしのことは何とも思ってないよ。でも、ミーちゃんのことは……」

「ミーのことは?」

「ううん、なんでもない」


 意味ありげなことを言っておいて、さやはここで言葉を止めた。

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