救いの手
決意したはずの心に、迷いの色が混ざっていく。
すぐに「まずい」と思った。
殺し合いの最中に敵へ同情するなど、愚かなことなのだ。一瞬の油断が、俺たちの死を現実のものとしてしまうのだから。
「俺たちは悪くない、あの時の俺たちに他の選択肢はなかったんだ」と、俺は何度も自分に言い聞かせた。
しかし、直接手を下していないとはいえ、ナキの大切な人を、死に追いやってしまったことも事実。
俺たちに、罪はあるのだろうか……?
乱れる俺の意識へ、さやの言葉が入ってくる。
「……もし、ネムが殺されたなら、わたし、自分がどうなっちゃうかわからない。きっとあなたは、わたしが想像もつかないほどの悲しみの中にいるんでしょうね」
「その通りだよ。わかったなら、苦しんで死ね。今のお前はまだ足りない。自分たちのやったことを後悔しながら、苦しみながら死ななければならないんだ」
「愛する人を失う悲しみがわかるのに、どうしてまゆのことを止めないの?」
「ギガント・アーマーに命を吹き込むなんて、誰にでもできることじゃない。選ばれたお役目なんだ。まゆは幸せ者なんだよ」
「波動流は、国の命令に従って戦い、殉職したんでしょう。なら、それも立派なことだよね。それと、いったいどう違うの?」
「…………うるさい」
「親友なら、まゆが本当に幸せになれるように、助けてあげ──」
「うるさいっっっ!!!」
ダダダダダダ、と、神殿内部に反響し途切れることなく繋がるサブマシンガンの連射銃撃音。
足が負傷した影響でその場から動けないさやは、ナキとの間に光の盾を作る。
円盤状に具現化された盾の円周部分からはいくつもの光弾が飛び出し、防御と同時にナキを突き刺す矢となった。
ナキはすぐ横にあった柱に身を隠す。弾丸はナキをかすめ、血飛沫が舞い上がって床に落ちた。
ピン、と音が鳴り、濃い色の小さな金属塊がさやに向かって転がってくる。
手榴弾。さやは動けない。
「うああああああっ!!!」
さやの叫びに伴って、目の前に作った光の盾は一層強く光り、直視できないほどに輝いた。
ドオン、と身体を揺るがす爆裂音。
盾の光が暗くなったかと思うと、少し明るさを取り戻し、すぐにまた暗くなる。
これを短い時間で何度もチカチカと繰り返す。おそらく、手榴弾がバリアを削り、さやが復元した結果だ。
光の盾の向こう側は、爆弾が生み出す煙幕で満たされていた。
これでは、さっきと同じ状況だ。確かなことは言えないが、たぶんナキがさっきやったことは、さやの視界を奪っておいて、一点集中放火でバリアに風穴を開けたのだと思う。
このままでは、さっきの二の舞────。
俺がそう懸念した直後、さやが作り出す光の盾の周囲から、乱れ撃つような光弾の群れが何も見えない煙幕に向かって飛んでいく。
「ぐっ……!」
灰色だけしか見えない視界の遠くのほうで聞こえる呻き声。
さやの反撃は、ナキに命中したようだった。
ナキは心を読めるのだ。
なぜ、さやの反撃のタイミングがわからなかったのか?
手榴弾を投げる前もそうだった。タイミングを熟知していたなら、かすらせることもなく回避できたはず。なのに、ナキは被弾した。
「……やめろ。そのふざけた考えを消せ、クズ女がっ……」
嫌がるように、振り払うように言ったナキの言葉。
さやはナキに話し続ける。
「わたし、好きな人がいるの」
「だから何だ……」
「もしその人が殺されたなら、わたしはあなたと同じことをしたかもしれない」
「お前の好きな人とやらは、まだ殺されていないだろうが! 殺されてから言えクソッタレが、お前にオレの気持ちはわからない!」
「あなたのことを、助けたい」
「やめろ────っっっっ!!!」
片手で頭を抑え、苦痛に顔を歪めて柱のかげから飛び出すナキの姿が、さやの視界映像に現れた。
さやの視界の四方全ての縁から、中心に映るナキに向かって、まるで満天の星の如く具現化されたスターバレットが一直線に飛んでいく。
同時に、ナキも連射した。ヒュンヒュンという風切り音と、連続した銃撃音が混ざり合い、神殿中を満たして何度も何度も跳ね返らせる。
ナキは腕や足を撃ち抜かれ、飛び散る血液が高く飛ぶ。
銃撃戦は停止し、残音が聴覚情報として俺の脳を揺さぶった。
ナキはしばらく立っていたが、やがてゆっくりと傾き、横向けに倒れた。
しかしなおもサブマシンガンを手放さず、殺意を失うことなく、さやを睨む。
「殺せ」
「…………」
「やめろっ……」
さやは光のバリアを全て消し去り、足を引き摺りながらナキに近付く。
ダダダ、と短い連射音が鳴り、さやの大腿部を撃ち抜く。
さやはその場に倒れ、攻撃を受けた脚からは血が溢れ出た。
「死ねよ。もう、死ねっ……」
床に倒れたさやの視界は、ナキを見つめる。
さやは、這いながらも、ナキに近付こうとした。
視界の中で、徐々に近付くナキの表情を見て、俺はようやく理解した。
「やめろ……それ以上近付いたら撃つ」
それは警告だったのか。
さやはナキの言葉に従うことはなく、
しかし一切のバリアを張ることもなく、
自分に向けられた銃口に向かってゆっくりと近づき、
そっとナキを抱きしめる。
「そんな気持ちをオレにぶつけるな……いやだ」
「ごめんね。わたし、こうするしか」
優しくナキの後頭部に手を回す。
さやの胸に顔を埋めたナキは、震えた声でさやに応えた。
「なんだよ。なんでだよ」
「ごめんね」
ナキはサブマシンガンを握る指を解き、漏れ出す嗚咽だけが、静寂を携えた神殿にこだました。




