生きる手立て
「リオ。ヒュプノスを、とって」
いつもこの子にはお願いをしてばかりだ。
リオは、膝の上から俺の頭を優しくベッドの上に置き、机の上にある魔薬を一粒取り出す。
「自分で取れ、って言わないんだね」
「ネムにやらせたら、何錠も飲んじゃうから」
「ふふ」
「何よ。なんかムカつく」
「だって、そうしたら、自然と死んじゃうのにね。殺したりしなくても」
俺はおかしくて、つい笑ってしまった。
リオはほっぺを膨らます。
「お父さんに、なんて言おうかな……」
「君が俺を殺せないことは、まだ言わないほうがいいと思う」
「……でも。ネムがお父さんを追い詰めれば、殺せって言ってくるよ、絶対」
「そうだね。だから、俺は君にナイフを当てられて、動けないことにする」
「……それじゃ、みんなが。助けに行かなくても大丈夫?」
「…………」
ここで本田を全力で倒しにいけば、倒し切れるかもしれない。
でも、殺してはいけない。
俺は、殺さない自信がなかった。
手加減していては、ヒュプノスの効果が切れてしまう。そうなれば負けは確定だ。全員殺されるだろう。ミーも、さやも、中原も……。
欲張りすぎなのだろうか?
全員を助けたい、という願い。
「いざとなれば、倒しにかかると思う」
「うん」
「下手をすれば、お父さんを殺してしまうかもしれない」
「…………」
「ギリギリまで様子を見るよ。でも、ダメだったら……ごめんね」
リオはヒュプノスを俺に手渡し、微笑んだ。
「ありがと。ネムってやっぱり、ちょっとカッコいいよね」
「初めて言われたよ、女の子にそんなこと。高校に通ってた頃ならなぁ」
「今からでも遅くないんじゃない?」
「……え」
俺は目をぱちくりしながらリオの顔を見つめ返した。
「それって」
「好き。かもw」
こんな時に、何を?
俺は顔が熱くなってしまった。
当然、真っ赤になっているだろう。リオにも気づかれたはずだ。
目をそらして、必死に誤魔化す方法を考えた。
「み、ミーや、さやと、張り合う気なんだw」
「あんなオバちゃん達に負けないよ。あたしが一番、ネムのこと、愛してる」
あい……っ!
俺は慌ててヒュプノスを飲み込む。
胸のドキドキが大きくなり過ぎて、もう破裂してしまいそうだったから。
────…………
何度も味わった感覚が、再び俺の意識を包む。
まだ命を宿していない、冷たいミッドナイトブルーの金属が、周囲を一段と暗く見せていた。
俺の意識は戦線に復帰した。再び具現化された俺のアバターは、まゆの下に立つ本田と、片膝をついて俺を見る中原を視認した。
「……リオ。返事をしろ」
「はい、お父さん」
「何度も呼びかけた。何をしていた?」
「少し抵抗されたの。でも大丈夫」
「そうか。よくやった」
俺は自分のアバターの状況を確認する。身体は依然として光っているが、周囲をほとばしっていた稲妻は消えていた。
「やる気なら、このままかかってきてもいいぞ。できるのならな」
「ふん……おたくの放った可愛い刺客が、今、俺の首にナイフを当ててるよ」
「くくく……」
本田はゆっくりと歩き、俺に近づいてくる。
「ただ殺すだけでは溜飲が下がらん。仲間たちが死にゆくところを、お前に見せてやらんとな。奴らの状況は、ゼウスで共有しているのだろう? 思い知ってからでなければな。お前が連れる低俗な大道芸人どもでは、国家たる我々が率いる選ばれた戦士たちには敵わないということを」
俺は中原に「大丈夫か?」と通信する。
目で俺を見て、ゼウスで「大丈夫です」と返信する中原。
どうやら本田は、ミーとさやが必死で繰り広げる闘争の結末を見るまで待つつもりのようだ。
時間がなくなれば、まゆの救出を開始しなければならない。
俺は、ノアとルナに尋ねた。
「まゆをギガント・アーマーから引き剥がすのには、どうすればいい?」
方法がわからないのだ。
まゆは、両手から吹き出す炎を、ほとんど最大火力と思われるほどの勢いで左右に噴射し続けている。甲高い音をたてながら放出される炎はポッド内で跳ね返り、まゆ自身も炎に飲み込まれているのだ。
仮に、この部屋の壁一面に広がる謎の巨大装置のスイッチ類を操作する必要があるなら、やっかいなことになる。
どうすればいいのか少しでも手掛かりが欲しかった。
が、
「……言えない」
ノアとルナは、俺の嫌な予感そのまんまの回答をする。
「くそっ!」
俺は、また自分の気持ちを制御できなくなってきた。
自分では「強い思い」を持っているつもりだった。だが、システム管理者の力を打ち破る『強い思いの力』の発動は、続いていなかった。
「思いの強さ」を自分自身で制御するのは無理なのだろうか。まゆと話ができたことは、奇跡だったのか。
いずれにせよ、今の段階においては、融合を安全に停止させ、まゆを無事に解放する方法は本田自身から聞き出さなければならないということだ。
しかし、それはほとんど不可能だと思われる。
奴は決して降参などしないだろう。
ここへ到着してからの短い時間でそれは理解した。奴は、クズども──つまり俺たち──に負けを認めるくらいなら、死を選んでもおかしくはない。
装置を壊したら、どうなる?
あのポッドの前面にある透明なドーム状のパーツを破壊し、まゆを無理やり引き剥がす。
そんなことをして、果たしてまゆは無事でいられるのだろうか。今、目の前で行われているのは、生ける金属と生きている人間との融合作業なのだ。
考えてみても、何も思い浮かばなかった。
俺はいったん考えるのをやめて、仲間たちの視覚映像スクリーンに意識を移す。
ミーの視覚は、相変わらずブレブレで何が映っているのかわからない。
ずっと動き続けているのだ。いくらイダテン様とはいえ、本当にとんでもない体力だ。ミーは、動き回って何とかリョウマの攻撃を凌いでいるから、時間稼ぎはできそうだ。
どちらかというと、戦況はさやのほうが厳しい気がした。
中原を、さやのところへ助けに行かせたい。
俺は中原へ、ゼウスを使って通信した。俺の指示に同意した中原は、本田に気付かれないように後ずさりしようとする。
最後まで気づかれずに去ることは当然できないだろうが、出口に近づくまで、バレなければいいのだ。
そう考えていた最中、中原は、半透明の壁に背中を押しつける形になった。
「……???」
「くくく……」
事態を把握できない中原と俺へ、重低音の効いた声が釘を刺す。
「どこへ行く、犬っころ。お前らはもう、この部屋から出ることもなく死ぬ運命にあるのだ」
半透明の壁が出口方向への経路を遮断し、知らず知らずのうちに、俺たちは退路を断たれていた。
ここは敵の本拠地。
ありとあらゆる場所に、こういう仕掛けが施されているはずだ。
そう──敵の待ち受けているところへ出向くということは、こういうことを意味しているのだ。
「おとなしく見ていろ。おすわりくらいできるようになったら、ここで飼ってやってもよい」
今はまだ、反撃を開始する時ではない。
俺は、おとなしく本田の指示に従い、仲間たちの映る視界映像スクリーンに意識を向けた。




