エレメンタル
リオ?
俺は、ノアとルナに向かって復唱した。
そうだ、とだけ呟かれるノアとルナの返答。
「リオ。リオ! 答えろ、リオ!」
俺の問いに、応答はなかった。
リオは今、俺の部屋で、眠っている俺の身体の見張り番をしているはずだ。
俺とリオは、通常モードでもゼウスで連絡を取り合うことができる仲だ。だから本来、ゼウスで呼び掛ければすぐさま返答があるはずだった。
混乱が、俺の思考速度を鈍らせる。
というか、ほとんど止めてしまった。回復の兆しさえ感じられない。
「イグナイターよ。これが最後だ」
俺の意識を強制的に現実へと引き戻す本田。
奴はまゆを見上げ、重低音の効いた声で警告した。
ビクッと身体を震わせたまゆは肩で息をして、涙の溢れた瞳で俺を見ながら声を絞り出す。
「……わ、私、死ねない。まだ、死にたくないっ、」
まゆは錯乱していた。
まゆを縛り続けたであろう逆らいがたい威圧感を湛えた本田の声が命令する。
「融合を、始めろぉぁ!!!」
「う……わああああああっ!!!」
強く目を閉じたまゆの身体は輝く炎に包まれる。
左右に伸ばした手のひらから噴出した炎の筋は、両サイドに取り付けられるシンバルのような形をした円盤に吸い込まれていった。
炎によって下方から煽られた髪は逆立ち、ポッド内のあちこちで炎に混じってキラキラと光が見える。
音階を上げて火力を増していく炎はポッドの中で跳ね返り、みるみるうちにまゆの全身を覆っていく。流した涙は宙に浮かんで分散、蒸発していった。
ガオン、と大きな音をたて、ギガント・アーマー全体を揺るがしたのではないかと思えるほどの巨大振動が発生した。
壁一面に設置されたミッドナイトブルーの装置は、ありとあらゆるランプ類が脈動するように点滅を繰り返す。
「くくく……寝咲ぃ。完全融合までの時間は、イグナイターの横に表示された数値が示している」
本田の指差す先に、数字が表示されていた。
「一五分間だ。ほうら、無駄話をするだけで、あっという間に一分、二分は塵と消えるぞ?」
一五分間。
それが、まゆの命の時間。
まゆ。聞こえるか、まゆ!
まゆを包んでいる炎は、本物の炎とは異なるのだろうか。もしかすると、炎ではなく何らかのエネルギー体なのかもしれない。
まゆは焼け焦げることなく、まるで意識が異世界を漂っているかのように虚な目をしていた。
そのまゆの意識を、俺は現実世界へ引き戻そうとする。
「俺が、俺たちが、必ず助ける。だから、気をしっかり持て。ギガント・アーマーに、吸い込まれるな!」
まゆは、落とした涙の跡をつけたまま俺を見つめたあと、ゆっくりと目を閉じた。
すぐに表情が消えていく。
眠気を我慢する子供のように、うつらうつらと意識が途切れそうになるのを必死で我慢しようとするまゆ。
光り輝く炎に飲み込まれたまゆの手前で、本田の姿はほとんど影のようになっていた。
黒い瞳は、ゼウスにログインしているわけでもないのに、光を反射して不気味に煌めいていた。
「寝咲ぃ。お前が首謀者だな」
「ああ、そうだ」
「波動を殺し、リリスとナキを同時に退け、リョウマをねじ伏せたそうだな」
「雪人くんを治せ」
「そんなことをしなければならない義務が我々にあるのかね?」
オーバーに、両の手のひらを上に向けてリアクションする本田の様子に、俺の体温は上がり、理性は薄れていく。
「義務だって? 協力しなければ雪人くんを助けない、と言っただろ。脅しじゃないか」
「アーティファクトは国家機密だ。その能力を一般人に使うわけにはいかないな」
「ふざけるな! なら、なぜ条件付きなら使うんだ!」
「この要塞は、いずれ全ての国民を護ることになる。公共の福祉のためなら使うべきだ。そのための犠牲となれるのだから、むしろ光栄に思って欲しいところだがね」
この……クソが。
「セ、センパイ。気を付けてください。こいつ……防御力がハンパねえっす」
依然として本田の足で床へ釘付けにされている中原が通信してくる。
「安心しなさい。いくら強がりを言ったところでクズはクズ。君のことを過大評価はしない。ほおら、この一撃で、」
本田は、ずっとその場から動かずにいたので、俺たちはこいつが素早い移動をするという印象を持っていなかった。
それを見事に裏切られる。
言葉の途中で本田は不意をついてダッシュし、あっという間に俺との間合いを詰めた。
「ほおらっ!!!」
猛烈な勢いで迫る本田の拳。
俺は反射的に拳を前に突き出し、反撃を繰り出していた。
俺のアバターの腕は、本田の腕のすぐ横を通り過ぎ、本田の攻撃よりも先に、奴の顔面にたどり着く。
ゴキッ!
鈍い破壊音。
「がっ…………」
苦しそうな呻きをあげる本田が、床に膝をつく。
すぐさま顔をあげた奴は、歯を食いしばり、顔のありとあらゆる部分に憎しみのシワが刻まれていた。
俺は、自分の身体をまじまじと見回す。
奴の攻撃がわかる。
身体が勝手に動く。
握りしめた拳も、たぎる血も。単なるアバターのはずなのに、俺の身体はアドレナリンが支配したかのように、どんどん沸騰して力が蓄えられていく。
エネルギーで溢れる紅蓮の子供部屋から、ノアとルナが通告した。
「アストラル・プロジェクションが昇格した」
「能力名『精霊の化身/エレメンタル』。ネム、引くな。ここからだ!」
本田の繰り出す嵐のような殴打が、俺のアバターの頭部や腹部を破壊しようと襲いかかる。俺は防御の態勢をとり、敵の拳を自分の腕で弾いた。
なぜか、本田の攻撃が見える。
殴打も、蹴りも、次に動かそうとする筋肉の動きすら感じ取れる。
自分の繰り出す攻撃をひたすら回避され、防御された本田は懐疑的な表情を隠せず俺に問い正す。
「いったい何者だ……お前」
身体を包むように走る小さな龍の如き稲妻はバリバリと音を立てて渦巻き、怒りは、勝手に俺の口から言葉となって出ていった。
「融合を停止させて、今すぐまゆを解放しろ。まだ死にたくないならな」




