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許せない奴ら

 突如として中原の視界がブレた。

 上下左右に回転し、やがて、床スレスレで止まる。

 

「中原! 大丈夫か、攻撃を受けたのか??」


 反応はなかった。

 視界はボヤけ、ゆっくりと揺れている。

 

「げえっ」


 この呻き声はきっと中原が出したものだ。中原は、自分の状況を俺に説明できない。

 

「イグナイター。融合を開始しろ」

「や……め、ろ」

 

 仰向あおむけに倒れた中原の腹部に食い込む本田の足。それを、中原は両手で掴んで握りしめながら、精一杯の力を絞り出していた。


「俺たち、が……絶対に、助け、る。だから、早まる、な」


 腹を踏まれているせいで横隔膜がうまく機能していないのだろう。途切れ途切れに言葉を吐いていく中原。

 本田は、足元に転がるゴミを見るような目で、ほとんど独り言のように喋る。


「無駄だ。こいつは、絶対にやめたりしない。なあ、イグナイター? お前が弟の命を見捨てても自分が生きたいというなら話は別だが」


 中原の視界に映った田中さんは、今にも泣きそうな顔をして、視線はウロウロと定まっていなかった。


「……どういう、ことだ」

「病院へ行ったのなら、知っているだろう? こいつの弟は、もうすぐ死ぬ。だが、我々の力があれば、雪人くんの病気は根治させることができる。契約だよ。ギガント・アーマーの始動と引き換えに、雪人くんの命を助けるという、ね」


 血の温度が、上がった気がした。


 今の俺は、意識の中にだけ存在するアバター。血液など、循環しているわけはない。

 それなら、俺の本体──部屋で眠っている肉体に、変化が生じたのだろうか。

 わからない。だが、現実として俺は、手を強く握りしめるほどに体温が熱くなり、まるでマグマが身体中を流れているかのような感覚に陥った。



 神の名において、命ずる……



 中原に、田中さんを見続けろと命じる。

 俺は、田中さんとの通信を強く望んだ。


 応答しろと命じる。

 応答はなかった。


 応答しろ。

 今、できなくていつやるんだ?

 応答しろ……! 


「イグナイター。もう一度だけ言う。それで始めなければ、ここへ来たお前の親友の首も刎ねる」


 田中さん。……まゆ。まゆ!

 

 パリパリっ、と音が鳴る。

 チカチカしたアークが、中原の視界に見え始める。

 身体から染み出すようなまばゆい電撃が、俺のアバターの周囲を渦巻いた。

 

 仰向けに倒れながら本田を見上げる中原の視界の端に、一人の人間の姿が突如として現れる。

 それは、細かく飛び散る電撃をまとい、光に覆われた人間。

 

 誰だかわからない。

 いったい誰なのか、と疑問を抱いた俺は、自分自身の視界の目の前に、本田がいることに気がついた。


「……お前は、誰だ?」


 本田は、敵を射すくめる鋭い眼光でしっかりと俺を捉える。


 俺のアバターは、例の子供部屋から消え、本田の真正面に、対峙するように現れていた。しかも、本田には俺の姿が見えているようだ。

 今まで、こんなことはなかった。誰も俺のアバターの存在に気が付くことなどなかったのだ。


「寝咲ぃ……」

 

 目は細めたまま、嬉しそうに口角を上げていく本田。


 俺のことを敵が認識した上で、実際に向かい合うのは初めてだった。俺は、誰かの目を借りることなく、自分の目で、本田と正面から睨み合う。

 全身からは光が発せられ、稲妻はバリバリと音を立てながら俺の身体の周りを渦巻き続ける。


「まゆ。聞こえるか」

「……寝咲くん」


 まゆとの通信が開通する。ゼウスで繋がれた俺たちは、本田を挟んで、真正面から見つめ合った。

 

「融合しちゃダメだ」

「……無理だよ。私、雪人を助けなきゃ」

「君が死んだら、雪人くんはどうするんだ」

「雪人の病気は治る。あの子のことは、国が面倒を見てくれる」

「お姉さんが、自分の命と引き換えに自分を助けたなんて知ったら──」

「……うるさいよ。あなたに何がわかるの? 余計な口出しをする資格があるの?」


 まゆは眉間にシワを寄せ、歯を食いしばり、俺のことを睨みつけた。

 

 このままではダメだ。

 まゆは、俺の話に耳を傾けてくれない。どうすれば、彼女と心を通わすことができるだろうか。

 

 俺は、祈るような思いで思考をめぐらせる。


 雪人くん。

 彼には、一度挨拶をした。

 俺の意識の中へ彼を招待し、さやと一緒に笑い合った。


「俺、雪人くんに会ったんだ」

「…………」

「ゼウスを始めたおかげで、『レッドシューター』のチーム力が上がってすごく嬉しい、って喜んでたよ」

「……ふふ。あの子、あのゲームが生きがいだから」

「お姉ちゃんよりも上手くなった、って言ってた」

「それは嘘! まだ私のほうが上手いし」

「いつか、一緒に大会に出たいって言ってたよ」

「ええ。いつか……」


 まゆは、下唇を噛み締める。

 パリパリと、俺の身体の周りにほとばしる電撃の音だけが俺たちの耳に入ってくる。


「さやと一緒にいる俺を見て、雪人くんが言ったんだ。さやのことを、よろしくお願いします、って」

「…………」

「でも、さやは今、君を助けるために、ここにいる」


 まゆは、また目に涙を溜める。

 とうとうこぼれ落ち、拘束されて拭きとることもできない彼女の揺れる瞳から、頬を伝って光る筋ができた。

 

「お願いがあるの」

「…………」

「さやのこと、ここから連れ出してほしい」

「さやは、絶対に君のことを諦めない」

「ダメぇっ! 絶対に、ダメ! 嫌。私、あの子のこと……」

 

 まゆは、大声をあげる。

 ほとんど発狂するようなその叫びは、ゼウスが判断した、まゆの心の声の大きさだ。


「さやは、君のことを助けたいと言って、涙を流した」

「…………」

「俺たちは、さやの助けになるなら、なんでもする」

「無理だよ! 本田清十郎を見たでしょう。あいつの能力は『コンゴウリキ』、どんな敵の攻撃も通さず、どんなに硬い防御も打ち破る。絶対に、あなたたちじゃ勝てない!」

「やってみなけりゃ、わからないさ」

「わかる! あなたじゃ──」

「さやにも、雪人くんにも、まゆ、君が必要なんだ。だから俺は、絶対にこいつを倒す」


 まゆが言葉に詰まる。


「……でも、雪人が。奴らでないと、雪人を救えない」


 これだ。俺が許せないのは……

 

 まゆが、一体どれだけ涙を流したんだろう。

 さやが、どれだけ心を痛めたんだろう。

 人の心をいいように利用し、自分たちの目的を叶えること以外は踏みにじる。


「雪人くんを治せる奴は、俺が見つけ出してやる」

「でも、見つけても、こいつらが治してくれるわけ……」

「俺がなんとかする」

「そんなこと──、」

「俺は、君と雪人くんを助けることだけ考える。君も、生きることだけ考えろ」


 今できる、精一杯の思いを込めて、俺はまゆを見据える。

 まゆは俺から目をそらすことなく、流れた涙はそのままに、拘束された手首の先、指をゆっくり動かして、弱々しく握りしめた。


 ネックとなるのは、雪人くんを治せるかどうかだ。

 難病をわずらう雪人くんを治せるとしたら、おそらくアーティファクトではないか。

 俺は、そう思った。

 

 まゆと会話できるということは、俺の「思い」が強くなって、システム管理者の力を打ち破っている状態のはず。だから、今なら神の力でその能力者を暴くことができるだろう。

 能力者を俺たちで捕らえれば、そもそも、まゆが命をかける必要なんてないんだ。


 俺は、雪人くんの病気を治せる能力者を教えるよう、ゼウスへ命じた。


 俺の意識の中に映る、ノアとルナ。

 迷いを含んだ二人の顔。床に目線を落として言いにくそうにしていたが、やがて俺をしっかりと見据えて言った。


「能力者を伝える。能力名は『不死の霊薬/エリクサー』……使い手の名は、グリムリーパー副隊長『本田リオ』。知ってのとおり、彼女はずっと、君のそばにいるよ」

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